あなたの背中を見て

世界一にならない限り、選手はみんな、
誰かの背中を見て走ります。

いや、世界一になった人だって、最初から
ずっと一番、なんてことはあり得ません

人はみんな、親やライバルなど、
誰かの背中を見て、強くなるのです。
きっと、前を走る人がどんな人かよって、
見える景色も少し違ってくるのでしょう。

卜部蘭選手にも、そんな存在がありました。
国内に、身近に、世界に。
それぞれから学び、感じることがありました。

「まだいける」と思わせてくれた人

念願の舞台に、1500m日本人女子として初出場。
自己ベストを出すも予選敗退となった卜部選手。

そのレースは、全力を出し切った感じがあり、
流れに乗ればもっと行けそうな感じもする、
そんな内容で終わりました。

一方で、世間の話題をさらったのが、
田中希実選手（豊田自動織機TC）。
積極的な走りで、決勝へ進出。大会中に
日本記録を何度も塗り替える、大活躍でした。

彼女の走りを見て、もうかなわないな、
と思うのも個人の自由。
しかし、卜部選手が感じたのは、
未来への可能性でした。

「純粋に（決勝まで）行けるんだ、と思わせてもらいました。それが大きかったですね。田中選手が８位入賞したのは、日本でもそういうレースが経験できる、ということ」

「1500mを見た方からも、駆引きなどを見るのが楽しいと言ってもらえた。自分も自己ベストを更新して、タイムを縮めていけば、みなさんに中距離を楽しんでもらえるんじゃないかな、と感じました。自分も力を付けて、あの場で戦いたいと思えたのが大きいです」

それは良いとらえ方ですね。そう言うと彼女は、
「はい、いい刺激をいただきました」と
笑顔で答えます。

パワーをもらった存在

ここまで同じチームの一員として
目標を共にしてきた、新谷仁美選手もまた、
彼女に背中で語ってきた人です。

現地で応援した新谷選手への想いは、
一言では言い表せません。

「最後の合宿もご一緒させていただいて、それまでの過程も見てきて、色々なものを背負って走られているのを感じていました。本人の言葉など含め、様々な葛藤があったと思います」

「スタート時に10000ｍ日本代表の選手同士がグータッチされていて。あれは多分、新谷さんからされたんじゃないかなと思っているんです。自身でもすごいものを背負いながらスタートラインに立っているのに、周りのことも考えて、あの場に立たれているんだなと思いました」

卜部選手のレース後も「ベストすごいよ」と
連絡をくれた新谷選手。その言葉に、卜部選手も
「パワーをいただきました」と話します。

「コロナ禍で行われた今大会は、アスリートの声が求められる中、みんながなかなか言えなかったことを、新谷さんは発言されていました。彼女にとってプラスになる意見も、マイナスになる意見も、いっぱい届いたと思います。それでもスタートラインに立つ姿を見て、私含めて、結果だけじゃない多くのものを新谷さんからもらったんじゃないかと思うんです」

「他の競技も、その選手の背景をひとつずつ知ると、メダルとか順位とは別のベクトルで、感じる価値がある。そう新谷さんの姿を見て感じました」と、チームメイトに寄り添いました。

1番になりたい人が集まる大運動会

短い時間の中、たくさん学びがあった今大会。
卜部選手にとって、どんな経験になったのか。
そう聞くと「終わって運動会の駆けっこを
思い出した」と彼女は語り始めます。

「今はエチオピア勢がどうとか、ケニア勢がどう、アメリカが…とか言われるじゃないですか。でも、そういうの関係なく、自分がもっと速くなりたいなと、純粋に思った。みんなが最後の最後まで集中している姿を見て、一人の選手として速くなりたい。1番を獲りたい、駆けっこで１番になりたいとか。そんな想いが強くなった"世界の運動会”でした」

その場には、それぞれのバックボーンを背負った
選手たちが、より速く走るためだけに集まっていました。

1500mで2位になったローラ・ミューア選手は、
準決勝の招集所で、最後の最後まで
ジョギングして調整していました。
その1秒も無駄にしない姿からも
感じたものがあります。

「みんながそういう思いをもって挑んでいる場所だからこそ。本当にいろんな選手を見て、純粋に自分も極めたい、自分のベストを尽くすために一本一本やっていきたい。本当に初心に帰りました。そして終わった後はみんなで称え合う、その姿からもスポーツの良さを感じましたね」

そう、大会から学びえたものを、
卜部選手は表現します。

➡VOL.3に続く

文：守本和宏／ナノ・アソシエーション
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