恋人は少しブス14

　Mさんが迎えに来る閉店時間の夜９時までが待ち遠しかったかって？それは少し違う。
　確かにその数時間の間にタンブラーを２つ割った。気もそぞろだった事は認める。しかしマニュキュアの手を重ねられた時の興奮と同じくらいの戸惑いの心境で僕の気持ちはなかなか再生されないグルグルにみたいだった。

　深夜映画にMさんと2人で…

　僕は大の映画好き。その東宝系の映画館、新宿プラザ劇場？(だったと思う)でやっている深夜映画、通称オールナイト上映、とはどういうものなのかもちろん知っていた。

　オールナイト上映とは文字通り夜中じゅう映画を上映するという意味。大体22:00くらいから明け方4:00くらいまで映画がかかる。今は特に小ぶりの劇場が減ってしまった事や風営法とかの影響？もあってかオールナイト上映というのはあまり耳にしなくなりましたね。ある事はあるみたいですけどね。

　終電を逃したあまりお金のないサラリーマンがビールとタバコを手に前の座席の背もたれに足など乗せてみているといった状況、と言えばその場所が大体どんな雰囲気かご想像頂けると思いますが。そんな所にいい女と2人で…

　深夜映画に一緒に行ってくれない？とMさんに誘われて条件反射的に行きますと応えてしまったが、沸騰していたはずの湯が徐々に冷めてくるみたいに冷静な自分の心が目覚めてくる。乾いてひび割れたみたいなその心の隙間から自問の声が漏れ聞こえ始める。それがたまらなく苦い。ニガイしズキズキ痛い。いや、この時点ではチクチクって感じだったかもしれない。だってまだMさんの手のひらと少し長い爪の先端の感触が充分過ぎるくらい僕をしびれさせていたから。でも。

　オイ、童貞野郎、(隙間からの声)

　何のこと？

　とぼけんなよ、深夜映画ってのはきっかけだ
っつーの

　何だよそれ？

　なかなか笑わせるじゃない、わかってるくせに

　…..

　点点点の意味は、隙間から聞こえる声がまさに僕の胸の中をまるでアボガドの果肉をスプーンでえぐり取る様に何もかもさらけ出してしまうみたいな真似をするので言葉を失ってしまった、という状態を表している。

　ごもっとも。隙間クンの言う通り。今夜Mさんと歌舞伎町のオールナイト上映に行くという事はPに対する背信行為、つまり裏切りだ。十分わかってらぁ、頭では…..

　ところが僕の体も心もまだ十分にMさんの手の感触の記憶に痺れ続けている。だから素直に隙間チームに参加できない。つまり僕はまだまだ痺れ側の人間なのだ。

　だってさぁ、映画観るだけだし…

　ノンノンノン

　何それ？

　ズバリ言おう、今夜キミはMさんとキスぐらいはしたい
　と考えてるんだろ？　どうだい、シビレことミスター
　罪悪感

　ウ…..

　ところが事実はそんなにお気軽な一晩ではなかった。

　後で知った事だが僕が心で隙間と言い合っていた同じ頃Mさんは行きつけの美容院にいた。どんな様子だったかは知るよしもないが、爪を磨き牙をとぎ、もしかするとストレッチかなんかしてウォーミングアップでもしていたのかもしれない。

　僕は生き餌、というかMさんにとってはすでに焼きたてのデザートって感じだったのかなぁ。

　この言葉もまだ存在していなかったかもしれないけど要するにMさんはそう声高に自ら名乗ったりはしていないが、中身というかその生き方は、ザ肉食系女子、なのだった。多分。それに僕もその事にまるで気づけていなかった訳ではもちろんない。
　なもので心は十分にやましい。心臓を自爆させたい(ジハードの様に)と思うほどの後ろめたさ。オレにだってPに対する強い思いがあるんだ。バカにするなよ隙間チーム！

　しかし…..

　僕の心と体は丁度よくベイクドされてそろそろ迎えにくるMさんにとって絶好のタイミングでバニラアイスを添えられた状態の間抜けなほど甘いチーズケーキみたいなものになり果てていたのでありました。アレ？アップルパイかな？どちらにしても、嗚呼…..
　　　　　　　　　　　　　　　　つづく。