見出し画像

短編 悪魔崇拝布教活動

  クラシックの名盤に手を出したら、それ以外の音楽に戻れなくなる。
と、うそぶいたのはその時勤めていた、会社の先輩だった。

  その人は、京都人で口が上手で、酒好きでかつ可愛げもある敏腕営業マンだった。
そして、彼のシグネチャーは、超が付くほどの女好き。

朝一、営業車に一緒に乗ったら、鞄から髭剃シェーバーを出してバックミラーで剃り始める。
「女のとこから来てん。」と呟き、俺が笑う。
「マジっすか、どこの子なんですか?」
「あの受付の子や。」
「えー、めっちゃ可愛いじゃないっすか。」
「そんでまたエロいねん。」

というような逸話が死ぬほどある。
いつも違う女の家から出社するから、どこに住んでいるかも謎だし、 酒が入っても基本変わらないが、複数人で飲んでいるとふらっとどこかに消える、つかみどころのない人だった。

  取引先のクライアントと話すときは、太鼓持ちであり、ときにその人の親友みたいな空気も出し、先方が望めば朝まで酒を付き合う。
いや、ほんまに勉強になります。といって、場末のスナックで軍歌を歌う。俺はそれを横目で見ていて、人生の凄みをみた。こうはなれないし、なりたくないな。とも思った。

つまり究極この人の本当が知れないし、とことんまで腹を割った話は一生できないと思った。
そして若かった俺はそれをそのままぶつけてみたりした。

「林田さん、大丈夫ですか。メンタルもちますか?どこかで自分を出せてるんですか。」

今考えたら後輩のくせに随分失礼な質問だと思う。

林田さんは、

「せやなぁ、俺ほんまは中古車の営業とかしたいわ。映画とか全然興味ないし。この会社入っても全然好きになれへん。

でもな、ドキュメンタリーのディレクターさんの四元さん、いるやろ。
あの人にな、クラシックのCD借りたらはまってもうて、最近はクラシックしか聴かへんようになってな。
あの人天才やで。薦めてくるもの全部バチってはまんねん。

最近、土手でマーラーの五番聞いて、ビール飲みながら泣いてんねん、俺。」

と呟いた。後にも先にも林田さんの本当を見れた一瞬だった。

  クラシックの曲にあまりリフレインがない理由は、キリスト教では、繰り返しの音は、悪魔を呼ぶため、当時のパトロンが好まなかった、という都市伝説を俺は後から四元さんから聞いた。
なるほど、確かにワンリフのクラシックなど聞いたことがないから、なんとなく納得した。

あれから十数年、俺も少しだけクラシックを聴けるようになった。
でも、まだ林田さんのように、マーラーの五番で泣けない。

リフレインが悪魔の音楽だとしたら、俺はズブズブの悪魔崇拝教だ。それにリリックをのせていく。そして毎日ギターで最高のリフを探している。クソ修行だ。

だとしたら街のキッズはみんなダミアンだな(※)

(※)inspired from S.L.A.C.K

悪魔崇拝経典に、2021年にドロップされたこの曲は、この夏2万回聴いた俺にとったら既にクラシック。
マジでとろけてほしい。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?