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「世界はジャズを求めてる」2021年6月第2週(6月10日)放送分スクリプト(出演 池上信次)#鎌倉FM

※ Spotifyのプレイリストです(扱いのあるものだけですけど)。聴きながらお読みください。


M1 テーマ曲:What the World Needs Now Is Love/Stan Getz


「世界はジャズを求めてる」

この番組は、週替わりのパーソナリティがJazzを中心とした様々な音楽とおしゃべりをお送りします。毎月第2週の担当は、ジャズ書籍編集者のワタクシ池上信次です。ワタクシの回は「20世紀ジャズ再発見」というタイトルで、毎回テーマを決めて特集を組んでお送りします。

今回の特集は、ピアニストのビル・エヴァンス。まずは1曲、ビル・エヴァンスといえば、この曲・この演奏。「ワルツ・フォー・デビイ」を聴いてください。

M-2「ワルツ・フォー・デビイ」


「ワルツ・フォー・デビイ」でした。この演奏は1961年6月25日、ニューヨークのヴィレッジ・ヴァンガードでのライヴ録音です。メンバーはビル・エヴァンス、ベースがスコット・ラファロ、ドラムスがポール・モチアン。今月2021年6月は、この演奏からちょうど60年にあたります。これを機に、今回はビル・エヴァンスの足跡を見直してみたいと思います。

ビル・エヴァンスは1929年8月16日生まれ、1980年9月15日没。51歳で亡くなっています。活動期間は約25年。しかし、その短い間にジャズ・ピアノのスタイル、とくにトリオ編成での演奏コンセプトを大きく変えました。いわゆるインタープレイ、相互作用というものですね。今日、ほとんどのジャズ・ピアノ・トリオはエヴァンス・トリオの影響を避けて通れないといってもいいくらいです。

エヴァンスが生涯、レギュラーで持ったグループは、ほぼピアノ・トリオでした。中でも大名演とされているのが、この「ワルツ・フォー・デビイ」を含むセッションです。60年経った現在でも高い人気があり、これがあるので「エヴァンスはピアノ・トリオ」という印象がたいへん強いのです。

しかし、1961年の録音ですから、キャリアとしてはまだ初期のころ。エヴァンスはこのあと20年ほど活動が続くわけで、じつは「その後」の活動も目覚ましいものがあるのですが、案外忘れられがちです。トリオの演奏は素晴らしいのですが、そのせいでエヴァンスの、語られるべきほかの魅力が隅に追いやられてしまうのは残念でなりません。ここからは、そんな「もうひとつのビル・エヴァンス」にスポットを当てたいと思います。

「もうひとつの」といいましたが、じつはぜんぜんひとつではありません。まずご紹介したいのが、オーケストラとの共演です。ピアノ・トリオとは対極にある編成といえますが、エヴァンスは6枚ものオーケストラとの共演アルバムを残しています。では、アルバム『シンバイオシス』から、「シンバイオシス:ファースト・ムーヴメント パート1」を聴いてください。

M-3 「シンバイオシス:ファースト・ムーヴメント パート1」


アルバム『シンバイオシス』から、「シンバイオシス:ファースト・ムーヴメント・パート1」でした。1974年の録音です。作曲とオーケストラ・アレンジはクラウス・オガーマン。ちょっと不気味なイントロにはじまって、こういうキメの多い楽曲は、ふだんのエヴァンスのジャズとはかなり趣が異なりますが、中盤からはトリオ演奏になって猛然とスイングしています。エヴァンスのトリオでこれほどドライヴしている演奏はあまりないのではないでしょうか。ふだんのエヴァンス・トリオでは聴けませんし、すごく作り込まれたアレンジとジャズのアドリブを合わせた構成は、時代的にはフュージョンのさきがけというふうにも聴けますね。

オーケストラとの共演からもう1曲。1965年の『ウィズ・シンフォニー・オーケストラ』から「タイム・リメンバード」を聴いてください。

M-4「タイム・リメンバード」


「タイム・リメンバード」でした。曲はエヴァンスのオリジナルで、エヴァンスは何度も録音している愛奏曲で、エヴァンスのドキュメンタリー映画のタイトルにもなっていますね。ぼくの持っている古いレコードには日本語で「想い出の時」というタイトルがついています。アレンジはこれまたクラウス・オガーマン。先ほどの「シンバイオシス」もそうですが、オケがエヴァンスのバックを演奏するのではなく、ピアノ・トリオとオケが一体化しているアレンジが素晴らしいと思います。

クラウス・オガーマンは、エヴァンスだけでなく、多くの「ジャズ・ウィズ・オーケストラ」を手がけています。アントニオ・カルロス・ジョビンや、ウェス・モンゴメリー、ジョージ・ベンソン、マイケル・ブレッカーや、ダイアナ・クラールなどオガーマンがオーケストレーションを手がけたアルバムはどれも傑作ぞろいです。

そしてエヴァンスの、さらにもうひとつの姿。それは、エレクトリック・ピアノ。アコースティック・ピアノの求道者みたいなイメージがありますので、「エヴァンスがエレクトリック・ピアノを弾いている」と聞いて驚く方もいるかもしれません。じつはエヴァンスは1969年以降、死去の前年まで、エレクトリック・ピアノを使ったアルバムはなんと7枚もリリースしているのです。そのほかにもCDボーナス・トラックや未発表集アルバムで、死去後にも多くの演奏が発表されています。エヴァンスにとってエレピ演奏は珍しいものではないどころか、「よく使う楽器」だったのです。

では、エヴァンスのエレクトリック・ピアノを使った演奏を1曲。曲は「ユー・アー・オール・ザ・シングス」。

M-5「ユー・アー・オール・ザ・シングス」


「ユー・アー・オール・ザ・シングス」でした。エヴァンスのオリジナルとなっていますが、タイトルからわかるように、実態はスタンダード曲の「オール・ザ・シングス・ユー・アー」のテーマなしです。エディ・ゴメスとのデュオで、アルバム『イントゥイション』のセッションの別ヴァージョンです。(『フロム・ザ・70s』収録)。アコースティック・ピアノでソロをとったあと、左手はアコースティックのまま、右手はエレピでソロをとって、ソロのもうひとつの山を作っています。エヴァンスは69年からエレクトリック・ピアノを使い始めているので、この時点で5年ほどたっています。この74年にはエレクトリック・ピアノは楽器としてはすでに珍しいものありませんでしたが、このようなモダン・ジャズのフォーマットで、エヴァンスのようにエレクトリック・ピアノを積極的に使っていた人は多くはなかったと思います。

エレピでもう1曲聴いてください。「トマト・キッス」。

M-6「トマト・キッス」


「トマト・キッス」でした。アルバム『アフィニティ』から。1978年の録音です。作曲とフルートとソプラノ・サックスはラリー・シュナイダー。オーヴァーダビングですね。トゥーツ・シールマンスのハーモニカ、マーク・ジョンソンのベース、エリオット・ジグムンドのドラムス、そしてエヴァンスのエレクトリック・ピアノ。

これはもう「フュージョン」ですね。目隠しテストしたら、チック・コリアと答えちゃいそうです。チック・コリアの『フレンズ』に似てるんですけど、『フレンズ』は78年1月録音、エヴァンスは同じ年の10月末、さらにそのチック・コリアのメンバーは、エヴァンス・トリオ脱退直後のベーシスト、エディ・ゴメスなので、もしかしたら意識していたのかもしれません。エヴァンスは「孤高のジャズ・ピアニスト」である一方、じつは時代にも敏感に反応していたんですね。

さて、ビル・エヴァンスはたいへん人気があるので、死去後に多くの発掘ライヴ音源や未発表音源がリリースされてきました。ついこないだもCDが出ましたよね。そんな状況ですから、公式に録音されたレコードの音源は全部CD化されつくしたかと思いきや、じつはCDになってない音源がまだあるんです。その数は、……1曲。なぜか1曲だけ残っています。1963年録音、曲名は「北京の55日」。アルバムでは、映画音楽カヴァーのオムニバス『トワイライト・オブ・オナー』に収録されている演奏です。オーケストラの共演ですから、これもエヴァンスの意外な一面といえるでしょう。えー、エヴァンス最後の未CD化音源、「北京の55日」を聴いてください。

M-7「北京の55日」(※未CD化レコードより/サブスクにもありません)

「北京の55日」でした。1963年録音で、アレンジはこれもまたクラウス・オガーマン。まあ、この演奏はムード・ミュージックの範疇に入るものかもしれませんが、フィーチャー具合からして、たんなるスタジオ仕事というものではありませんね。収録されているのはオムニバス・アルバムと紹介しましたが、じつは今かけたのはシングル盤でした。シングル盤まで出ていたのです。エヴァンスのシングル盤はおそらくほとんど出ていないと思いますので、もしかするとこの方向で売り出そうと画策していのかも、というのは考え過ぎですかね。ちなみに、これと同じときのセッションは、エヴァンス名義のアルバム『プレイズ・ザ・テーマ・フロム・ザ・VIPズ・アンド・アザー・グレイト・ソングス』で、こちらはCD化されています。このCD化の際、ボーナストラックで収録されると予告されたんですけど、結局CDには入りませんでした。

えー、ちょっとマニアックになりすぎましたね。さて、次もトリオではない、エヴァンスを聴いてください。これもまたエヴァンスの「もうひとつの顔」です。曲は「ベムシャ・スウィング」。

M-8「ベムシャ・スウィング」


「ベムシャ・スウィング」でした。セロニアス・モンクの作曲。収録アルバムは1963年録音の『自己との対話』。えー、エヴァンスと、エヴァンスそっくりに弾くふたりのピアニスト、ではなくエヴァンスのオーヴァーダビングなんですね。3重録音。エヴァンスの個性が3倍濃縮されているというわけです。エヴァンスはこの1963年の『自己との対話』というアルバムを最初に、なんと合計3作も作っているのです。バッキング・プラス・ソロという構成ではなく、きっちりとアレンジして役割分担した上で、たっぷりソロも弾くという、バンドともまたソロとも違うサウンドになっています。

ジャズで、ピアノのオーヴァーダビングというと1950年代の半ばにレニー・トリスターノが実験的にやったものがあるくらいで、ジャズでそれに本格的に取り組んでいたのはエヴァンスが初めてでしょう。というか、エヴァンスのあとも聴いたことがありません。

ちなみにこの『自己との対話』はグラミー賞を受賞しているのですが、それはエヴァンス「最初の」グラミー賞でした。その実験精神が認められたとすれば、世の中的には、トリオよりこちらのほうが大きなインパクトがあった、ということなのかもしれません。

ここまでこうして聴いてくると、ピアノ・トリオはエヴァンスのごくごく一部でしかないことがよく感じられるのではないでしょうか。エヴァンスはたいへん多作家でしたが、ただ多いということはなく、これは、つねに新しい試みを続けた結果とみることができるでしょう。

次はエヴァンスのソロ・ピアノを聴いてください。エヴァンスはソロ・ピアノ・アルバムも何枚も残しています。これはクインテットでのアルバム・セッションのときに録音されたソロで、1979年8月、死去の1年前に録音された、エヴァンス最後のスタジオ録音です。さまざまな試みを経て、生前最後の、といってもそれは予想できなかったものですが、結果として最後のソロ・ピアノの録音です。それまでのエヴァンスのキャリアがすべて積み上げられたソロ演奏ということですね。曲はエヴァンスのオリジナル「ウィ・ウィル・ミート・アゲイン」。

M-9「ウィ・ウィル・ミート・アゲイン」


「ウィ・ウィル・ミート・アゲイン」でした。

今日はビル・エヴァンスの、ピアノ・トリオの陰に隠れている名演奏にスポットを当てました。最後はこれまた異色の演奏でお別れです。テナー・サックスのスタン・ゲッツとの共演です。ドラムスは当時ジョン・コルトレーン・カルテットのエルヴィン・ジョーンズ。ベースはマイルス・デイヴィス・クインテットのロン・カーター。ゲッツは同じレーベルだったからとしても、バックがなぜこのふたりだったのかは謎ですが、エヴァンス史上もっとも重量級のリズム・セクションと共演した、エヴァンスのもっともパワフルな演奏のひとつです。1964年録音の「ナイト・アンド・デイ」を聴いてください。

M-10「ナイト・アンド・デイ」


世界はジャズを求めてる。今週のお相手は、ジャズ書籍編集者の池上信次でした。では、また。

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