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源流を楽しんじゃえ

時間の流れは過去から未来に流れていると思っていた。なんの疑いもなく。
過去から積み重ねてきたことが、今、そして未来を形成するんだと思っていた。

時間の流れは、未来から過去へと流れているらしい。

その方がつじつまが合うらしい。
確かにそう考えてみたら、何かがスコンとお腹の中に落ちた気がした。

ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず   (方丈記)

川の水の流れを想像すると分かりやすいそうだ。
確かに川の水の流れは時間に例えられるよね。うん。

私が想像したのは、
川で洗濯をしていたお婆さんが拾った大きな大きな桃。
どんぶらこ、どんぶらこ、と流れてきた大きな大きな桃はどこから流れてきたのだろう…なんて説明なくても川上から流れてきて、川下に流れていくのが簡単に想像できる。

「川の中に立ち、まだ届いてない桃が流れてきて、その桃が私を通り過ぎて流れていく」という景色を見ている自分を想像してみた。
この場合、私は桃を目で追いながら、川上川下のどっちからどっちへと顔を動かしているのだろう。

さらに想像してみた。
川の流れが強いほど、私は足下しか見なくなる。そして、安定する場所を見つけてしまうと、そこから動けなくなる。

「今の私だなー。動くのにすげ〜勇気がいるもん」と認めたら、
時間の流れは未来から過去へと流れている感覚がなんとなく分かった。

目標が大事なんじゃない。
夢とか希望とかみたいな漠然とした塊りを、ちゃぽんと川上に投げてしまえばいいよ、そして流れてきたそれをキャッチすれば良いんだよ、とある動画で男の人が言っていた。
ホントその通りだと納得した(笑)

源流は、小っ恥ずかしいくらいの夢や希望でいいんだろう。
ちっちゃな源流は、気付いたら大岩をも砕く流れになって、大海へと続く。
海の大きさをの分だけ世界中に源流があるんだろうか…。

私も源流を作れば、あの大きな海に流れていくのだろうか。
もしお婆さんが大きな大きな桃を掴み損ねていたら、桃太郎の桃はやっぱり海へと流れていったのだろうか(笑)

私は世の中から不定愁訴や慢性の痛みで悩む人がいなくなればいいと思っています。










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