「碑文谷創さんのお話を聞く心ある葬送の会」を開催して
「まずはこれを読んでおいて」
後に新卒で入社するご縁をいただいた会社に採用試験も兼ねてインターンシップとして参加した際に手渡された一冊の分厚い本。
書籍名:葬儀概論
著者:碑文谷創
発行所:葬祭ディレクター技能審査協会
日本で唯一、葬送の歴史を古代から現在まで記述されているこの書籍は葬祭ディレクター技能審査のテキストとして作成された。
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当時の私の担当業務は一言で言えば喪主と葬儀社の仲介業。
とは言っても、右から左に情報を流す仕事では決してなかった。
インターネットやセミナーを中心に集客し、喪主や遺族から相談をじっくり受け、相談内容に叶う葬儀を行ってくれる担当者が所属する葬儀社を紹介し、できるかぎり葬儀現場にも足を運び、喪主や遺族と挨拶をして、葬儀社さんと意見交換を行い、社内で情報共有をして上司や仲間からのフィードバックをもらう。
ここまでがワンセットだった。
田舎育ちで都会の葬儀や生家の宗派以外の習慣は知らない中、早く仕事を覚えて相談者や取引先、会社のみんなの役に立ちたかった21歳の私にとって、『葬儀概論』はバイブルで、手元にないと不安になる必需品。
当時の私の鞄にはパソコンと『葬儀概論』が必ず入っていてほぼ毎日目を通していて、私の『葬儀概論』は付箋やマーカーだらけで本当にお世話になった一冊。
そして、『葬儀概論』は私だけではなく多くの葬儀担当者にとって必読書で、今もそれは変わらない。
この書籍を執筆した人が葬送ジャーナリスト「碑文谷創」さん。
その方と先日、若手葬儀担当者のみなさんの前でお話する幸運に恵まれた。
経緯と記録を残しておきたい。
葬送への心あるまなざし
私にとって碑文谷さんは「葬送に心あるまなざしを向けている方」。
書籍との出会いから7年後、幸運にもご本人にお会いするご縁をいただくまでも、お会いしてからもその印象は変わらない。私の中で暗い海を進んでいる心持ちになった時、安心を与えてくださる灯台のような方だ。
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バブル景気以降のセレモニー化した葬儀、人口の都市集中と高齢化に伴い終活という言葉が台頭。
ネットプラン葬儀の登場、異業種参入やM&Aも盛んになり、葬儀現場を一度も見たことない人が経営者になったり、新規参入が止まらない。
終活○○といった資格ビジネスが増えて、現場を知らない人が間違った情報を流して生活者を混乱させているのもいただけない。
また、これは昔からの問題だけれど、葬送の現場と向き合う姿勢がとてもあるように思えない葬儀社や石材店、宗教者などの対応や彼らの不仲も結果的に遺族に不利益を与えている。
文字にするだけでうんざりするけれど、残念ながらこんな状況は珍しくもなく、慢性化し、悪化している。
1996年の碑文谷さんの『葬儀概論』の出版以降、葬祭ディレクター技能審査の定着、明朗会計化などにより悪く見られがちな葬送の業界は「葬祭サービス」として一定のレベルに押し上げられた。
特に都市部の何もわからない喪主や遺族が安心して故人を弔えるようになりつつあり、光明が見えていたのに、じわじわと資本至上主義的な動きが活性化。資本力を持った会社が喪主・遺族や業界のためよりも自分たちのことだけを考えているようにしか見えない動きで結果的に質の低下を招いている。
遺族からすると「自分たちが望む葬儀がどこに行けばわかるのか?」「どこに行けば安心して納骨とお参りができるお墓があるのか?」がますます分かりにくい状況になってきていることに怒りを覚える。
巧みなマーケティングやセールストーク、業界のわかりにくさから、葬儀ではなく、遺体処理をしてしまったという後悔を抱き、傷ついている喪主や遺族もいる。
この状況に怒り、負の構造に巻き込まれないように独自のルートを築いて喪主と遺族に寄り添った弔いができるよう、懸命に遺族を支えている葬儀社や石材店、宗教者は存在するし、私は基本的に彼らとしか仕事をしていない。
それでも全体数で見ると残念ながら決して多くない。
弔いを支えるはずの業界が自分たちの都合で弔いを阻害するなんてそんな馬鹿なことあっていいわけがないのに。
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文化だったはずの葬送が産業化し、「人の死があるから弔いがある」という当たり前のことを忘れているようにすら見える業界の動きに私は現在進行系で辟易している。
そんな私にとって、業界が自分の理想とするところとは離れていく時に「何が大事なんだろうか?」と必ず確認するのが碑文谷さんの書籍や雑誌、ブログだ。
どこを読んでも「葬送への心あるまなざし」があるといつも思う。
碑文谷さんはいつも史実やデータを集めて的確にまとめ、現場の確認やインタビューを行い、「人の死」との向き合い方を優しい心でもって示してくださっている。強い想いがあるからこそ、間違っていることは間違っている、大切なことは大切だと明言される。
業界がこんな状況だからこそ碑文谷さんに質問をして、お話を聞かせていただきたい。
ずっと持っていた願望を勇気を出してご本人に厚かましくもお願いをしたところ快諾いただけて本当にありがたかった。
せっかくの機会、私一人で聞くにはもったいない。
それを私が心ある葬儀社だと思っている「登戸の杜」の片桐さんに相談したところ、心ある若手葬儀担当者のみなさんに声をかけてくださった。
所属する組織が異なる数名の葬儀担当者の方々に集まっていただき、「碑文谷創さんのお話を聞く心ある葬送の会」を開催するに至った。
葬送業界のレジェンド
会を開催するにあたり、碑文谷さんには資料をご用意いただかずに私が質問するスタイルでいきたいと思っていて、事前に碑文谷さんに相談したところ「あなたに全てお任せします」と言っていただけてとても嬉しかった反面かなり身が引き締まった。
これまで碑文谷さんがご厚意で送ってくださった資料や書物、碑文谷さんが編集長を務めておられた雑誌「SOGI」の中で私の心に残っていた文章などを改めて読み返した。
日本の葬送の歴史についてまとまった書籍がない中、調べ上げて歴史をまとめ『葬儀概論』を執筆、葬祭ディレクター技能審査の立ち上げから運営に長年携わって葬儀社の質の向上に大きく貢献され、その後の葬送業界の礎となる取り組みの支援(エンバーミング、樹木葬、永代供養墓、グリーフワークなど)を経てこられた碑文谷さん。
改めて文字通りレジェンドだと痛感し、功績が大きすぎてどこからまとめたものかとかなり悩んだけれど、まずは素直に私が聞きたいことを聞こう。とある意味開き直って、碑文谷さんの年表と葬送業界の年表、質問したいことをまとめて当日を迎えた。
自分で企画しておいて、碑文谷さんに私なんかが質問をしてそれを若手の葬儀担当者さんが聞いているなんていいのだろうか?と思ったけれど始まってみると夢中で碑文谷さんの話を聞き、質問をして、参加者の悩みに碑文谷さんに答えていただいていたらあっという間の2時間だった。
「原点にもどれました」
「会社の方向性や遺族の意向にこれでいいのかと悩むことが多いけれど大切なことを忘れないように向き合っていきたいと思えた」
「残念な宗教者との向き合い方で悩んでいたけど心持ちが楽になった」
「碑文谷さんにお会いできて感激です」
若手の参加者のみなさんが笑顔で感想を述べて帰っていかれたのが本当に嬉しかった。
「葬送に心あるまなざし」を次世代につなぐ
世代や働く場所は異なっても志を同じくする人たちと集まって碑文谷さんのお話を聞ける贅沢な時間になったことに感謝するばかり。
私の会社の創業者や私の師匠が葬送業界に身を置く者として、碑文谷さんに信頼していただき、大切な視点を教えていただいてきて、私はそれを受け継げてとても幸運だし有り難いとおもっている。
一方で、とても大切なことなのに一定の世代に留まっているような気がしていたので次の世代に生の碑文谷さんのお話を聞かせていただくことに大きな意味があったと思えた。
今後も碑文谷さんのお話を、碑文谷さんに会ったことがないみなさんを中心に聞かせていただくことで、「葬送に心あるまなざし」が一人でも多くの方に受け継がれていって、立場や組織が異なっても故人と遺族に心をもって向き合う人が増えていく一助であれたらと思う。
また、会を開催して弔いの現場は宗教者、特に僧侶のふるまいで葬儀社さんのモチベーションや喪主と遺族の満足度も大きく異なると改めて強く感じた。宗教者向けの発信もしていきたい。
などと思っていたらさっそく僧侶の方からも企画のご希望をいただいているので、連続企画にしていけたらと企画中。
快くご協力くださった碑文谷さんに心から感謝。