つきのせいや

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13「まつり」

加奈を、レクリエーション室のトランポリンで遊ばせながら、 重田とのやり取りを思い出していた。 管理人室を前に、また、あの人と顔をあわせないといけないのかと、 憂鬱な気分でノックをくりかえす。 「はーい どなたぁ」 裏返ったような重田の声に、佐和子は思わず眉根を寄せた。 「持田です。 突然すいません レクリエーション室のトランポリンを、、」 言いおわらないうちに、佐和子は目を丸くした。 加奈と重田がハイタッチをしながら 親しげに会話をはじめたからだった。 あっけにと

    • 12「じぞうせんせい」

      どれくらいたったのだろう。 座り込んだままで泣いていた佐和子は、 よろよろと立ち上がった。 「ここをぬけないと」 どうやって? 周囲には、なにもない。 あるのはあの水辺たけだ。 こめかみを揉みながら、うろうろと室内を歩き回る。 ここは、あるものが消え、ないものが現れる。 私の靴! はいていた靴を思い起こす。 姪との待ち合わせ場所に急ぐため、いったんはいた靴が いまひとつ気に入らなくて、履き替えたんだった。 確か、、グリーンのサンダル。 ヒールからサンダルにはきかえたはずだ

      • 11「再びなつみ」

        叔母の意識が戻らいまま数週間が過ぎた。 学校帰りの夏美は、そのままバイトに出かけ、 帰りに友人と気晴らしのカラオケを楽しんでいた。 叔母の容態は、安定している。 脳の損傷も軽く、なぜ意識が戻らない状態なのか不明のまま いたずらに時間だけが過ぎていく。 夏美は、好きなアーティストのヒット曲を歌いながら、 叔母の回復を祈っていた。 「はい、なっちゃんにプレゼント」 私の叔母との最も古い記憶は、彼女からの贈り物で はじまる。 誕生日、クリスマス、ひな祭りにお正月イベントごとに

        • 10「つげのくし」

          投げつけられたつげのくしを、佐和子はじっと見据えていた。 祖母は、私が15歳のころに亡くなった。 元々弱っていた心臓の状態が悪くなり、 床についている日が多くなっていった祖母が、 いよいよ入院となった日のことだ。 祖母の部屋まで呼び出された佐和子は、 またいつもの説教かな、と、少しうんざりとした気分のまま、 和室の引き戸をひいた。 布団の横で正座をしている祖母は、ずいぶん痩せてしまった。 薄いはおりものをかけた両肩が骨ばんでいる。 佐和子は、心のなかでまた説教かなと、うん

        13「まつり」

          9「さわこと番人」

          管理人との初顔合わせで腰がぬけて立てなくなった佐和子を、 職員が部屋へおくり届けてからしばらくして、 少し外の空気を吸いたくなった佐和子は、思い切って 館内から出ることにした。 外へ出るには、ICカードに似た形態のカードを 専用の機械にかざす。 入館も同様だ。 首にかけたカードを、少し緊張しながらかざすとあっけなく ゲートが開き、佐和子は、自分の靴がないことを忘れて 室内履きを脱ぐと、裸足で外へと踏み出した。 閻魔丁の外には、ほかに建物らしきものは見当たらない。 ただた

          9「さわこと番人」

          8「管理人」

          ノックの音で目が覚めた。 佐和子は、なまりのように重く感じる上半身を起こして、 ドアへ向かった。 「どなたですか?」 職員なのか誰なのか。 「お食事です」 女性職員がワゴンに乗せられた軽食が運ばれてきた。 オムレツと簡単なサラダに紅茶とパン。 佐和子の好きなものばかりだ。 「ありがとうございます。 いただきます」 トレイを受け取りながら、抑揚のない声で礼を伝える。 「持田様。 お食事の後こちらの施設の案内をしますので 支度しておいてください」 「必要な着替えは

          8「管理人」

          7「祖母」

          仏間からリンを鳴らす音がする。 祖母のタツが正座からこちらへ体ごと向きをかえながら、 閉口一番に 「さわこ、ちょっとここお座り」 と、言って手招きをする。 またはじまった、、 おばあちゃんの話、長くなるな。。 下手に口ごたえしようものなら、さらに説教が長くなるのは 目にみえている。 佐和子は、おとなしく、祖母と向かい合うようにして腰をおろす。 「ええか、ご先祖さんには、毎日感謝せんなあかんえ。 今日もいちにちごはんを食べることがでけて、 なにごともなく過ごせるんは、

          6「しんせいかつ」

          505号室。 白いドアにアンティークな真鍮のドアノブ。 ビジネスホテルの一室のようなシンプルなつくりだ。 「ここが持田様のお部屋になります。 持田様の行先きが決定するまでに、最長で49日間。 とは、いえ、ここには時間の概念が存在しませんから、 意味はないですけれど、まあ、目安として」 そういえば、時計がない。 窓から見える景色は暗くもなく、明るすぎることもない、 曖昧なお天気のままだ。 ここへ連れてこられてからどれくらいたったのか、 感覚ですらつかめないでいる。 「こち

          6「しんせいかつ」

          5「戸惑い」

          資料室とプレートされた無機質なドアの前に設置された 長椅子に、佐和子は長い間座っていた。 涙をぬぐう気力すらないまま、ドット柄のハンカチを 握りしめていた。 「おばちゃん なんで泣いてるん?」 佐和子は飛び上がりそうに驚いた。 いつの間にか幼い少女がすぐ隣にいて、 自分に話かけてきたのだ。 驚いて、なにも言えないでいる佐和子の隣に少女はかまわず人なつっこい 笑顔を浮かべて、座った。 少女は、白いフリルが裾にあしらわれた可愛らしいパジャマを着ている。 頭には、ニットの手編

          5「戸惑い」

          4「記憶」

          塩ビタイルの床をきゅっきゅっと小気味よく鳴らしながら 夏美は病室へと向かう。 夏の暑い盛りにカフェで待ち合わせていた叔母が倒れたと 店内にいた夏美に連絡が入ったのは、待ち合わせの時刻から 10分ほど過ぎた頃だった。 搬送先の病院からの連絡で、 市内にある総合病院へとあわててかけつけたのだった。 初療室での緊迫した空気感に、夏美の不安も増すばかりだった。 脱水症と熱中症にくわえて脳内に出血の疑いありとの診断である。 あれからもう、ひと月は経っている。 今、叔母は静かに眠ってい

          3「閻魔丁」

          「さあ、今からあなたが行くところへ案内いたします」 白い着物の女は、りんとした眼差しをむけたまま、 有無を言わせぬ語気の強さとともに佐和子の手をとった。 「行くところってどこですかっ ちょっと、離してください! なんなんですか? だいたいさっきからわけのわからないことばっかり言って 私はまだ死んでないとかふざけないでください」 「ちょっとあなたおかしいんじゃにいですか?!」 気持ちが少し落ち着いたところで今度は 猛烈に腹が立って仕方がなかった。 いったいなんだというのだ エ

          3「閻魔丁」

          2「狭間の世界の番人」

          しばらく呆然と立ち尽くしていた佐和子は、 暗闇に目が慣れてくるにしたがい次第に落ち着きを取り戻していった。 ここは? いったい、なにが起きているの? 舌がのどにはりついたように乾いたまま 声が足せないでいた。 どうやら水辺らしい 湿地なのか足元が少しぬかるんでいる。 あたりに人の気配はなく、頭はにぶく痛い。 目を閉じて、息を吸い込む。 せき込みながら、何度か深く息をすることを試みた。 やっと、息ができる。。 そのときだ 「持田佐和子様ですね」 不意にかかる背後からの

          2「狭間の世界の番人」

          1「おわりのはじまり」

          ここへ来て、どれくらいの月日がたったのか、、 熱くもなく、冷たくもない水から、そっと指をぬいて ちいさくため息をついた。 あれは、、夏の昼下がり、、佐和子は、ゆっくりと、 記憶の糸をたどりはじめた。 額から吹きだすたまのような汗をぬぐいながら、 佐和子は何度目かのため息をついた。 「エレベーターに閉じ込められるなんて、、」 乗り合わせた人はなく、不安をかき消すように、 佐和子はひとりごちた。 何度も緊急ボタンを押しているのだが、なんの反応もない。 エレベーターそのものが

          1「おわりのはじまり」

          小説・えんまの帳

          ー序章ー むかし おばあちゃんがよく言ってたことがある。 嘘をついたら、「えんま様に舌を引っこ抜かれるよ」って。 私は、そんなもの信じなかった。 信じたら、ほんとうに舌をひっこぬかれて、恐ろしい目にあうって、 思っていたからだ。 ここへ来てもうどれくらいの月日がたつのだろう、、 私の記憶もだんだんに薄れていく。 やがてすべてを忘れてこの風景に溶け込む 日がくるのだろう ここは、とても静かな場だ なにもないただ美しい水面が広がっている 私は、そっと手をのばしてなまあたたか

          小説・えんまの帳