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あなたへ向けた日記 No.15

妻と、息子へ

明日は…と言っても、もう日を越しているから、今日だ。今日は、引っ越し日だ。

夢の…かどうかは分からない。けど。マイホーム。マンションのことをマイホームと呼ぶかどうかは議論が分かれるようだけど、俺たちにとっては、マイホーム。それでいい。

今住んでいるところは、とてもじゃないが子連れで住めるような広さではない。少し大きめの一人暮らし用。二人暮らしにしたって、余裕のある広さではなかった。

そこに、2人で越してきて。当時はまだ籍も入れていなかった。恋人同士で、結婚を前提に同棲したわけだけど…いやいや、大変だったね。今思えば。

育ってきた環境も違う、価値観も違う2人が、家族として一緒に住むっていうのはこういうことなんだな、と実感した。いや、実感したつもりなだけだったのかもしれないけど。

家事のやり方一つとっても、食器の洗い方はこう、洗濯物の干し方はこう、掃除の仕方はこう。君がそんなに几帳面な性格ではないことは知っている。けど目についてしまうと、自分のやり方と違っていれば、口を出したくなることも知っている。それをめぐって言い合いになったりもした。お互い、生きるのに必死だった。

お互い引きずるタイプでもないから、翌日の朝にはケロッと朝ごはん。「コーヒー飲む?」「うん、ありがと。アイスで」「アイスがおいしくなってきたよねえ」って、たわいもない話で笑い合う。これはこれで幸せだよな、と思った。本当だよ。

本当に幸せだった。大変なことばかりではない。むしろ幸せなことの方が多かったんだろうと思う。母親から作ってもらうご飯はもちろん美味しかったけど、奥さんに作ってもらうご飯も、それはまあ美味しかった。とっても。

そのうち、子供ができた。妊娠を希望していたから、毎月、生理がきたかどうか聞くのが日課だった。ダメだった。と言う君はちょっと焦っていたようだけど、おれは焦らないように努めた。それが吉と出たのかどうかは分からないけど。おれが焦っちゃあ、君は申し訳なくなっちゃうんじゃないかって思って。

でも、それもまた、今思えばいい思い出。検査薬で陽性が出たと聞いた時のことは、今でも思い出せる。涙が出るほど嬉しかった。あまり喜びすぎると君にプレッシャーかなと思いつつ、笑みを隠せないほど嬉しかった。君が寝た後、1人で酒を飲みながら泣いた。本当だよ。すごく嬉しかった。

子宮筋腫があるせいで頻繁にお腹が痛くなるのを心配しながらも、おれはあまり心配してる様子を見せないように努めた。おれ以上にきっと君の方が心配で、精神的にも辛いだろうと思って。時々見せる弱音が、すごく気になった。

筋腫のせいで私が痛いだけならいいのだけど、お腹の中で赤ちゃんが苦しんでないか、どこか悪いんじゃないかと気に病む辛さは、きっと男には一生わからないのだろう。

お腹の中で赤ちゃんが動いているのを初めて触った時、病院でエコーを見た時、それは言葉で言い表せないほどの、感動だった。その子は男の子だった。これがおちんちんですよ、って二つの丸い影のようなものを見せられた時、なんだか嬉しいような誇らしいような、不思議な気持ちになった。この子がおれの息子だ。顔もまだよくわからないけど、もう可愛い。世界一可愛い。

きっと、出産するまではすごく不安だったろう。帝王切開だったから、君は前日から入院していた。入院の前日、つまり出産の前々日のご飯は忘れもしない、鍋だった。普段は豚バラ肉は高いから買わないが、その日は奮発して買った。別に大した値段ではないのだけど、まあ、贅沢気分。こういうのでいちいち楽しめるのが、安上がり夫婦のいいところだ。

大丈夫だと思うけど、もし万が一の時は…と、君は保険証券や印鑑の場所をあらためて教えてくれた。それを見て、泣きそうになった。僕は3人家族になれると思って勝手に浮かれていたが、君はもっと不安でいっぱいだった。気がつかなくてすまなかった。その翌日は1人だったから、不安と興奮とで、何も気にせず泣いていた。

生まれてきた子は、なんとまあ、こんなに愛おしいものだとは思わなかった。「目に入れても痛くない」とはよく言ったものだ、と思う。比喩としては完璧。目に入れるなんて絶対痛いけど、それすら痛くないと言いたくなる。本当に、世界一可愛い子だった。

今の家に2人で住んだのは5年。そのうち3人暮らしは2年半。その間、おれは育ってきた環境の違う人となんとかやっていく術を覚え、簡単なご飯なら作れるようになり、洗濯物を干す時に気をつけるべき点について学んで、赤ちゃんの抱っこの仕方、ミルクの作り方、お風呂の入れ方、イヤイヤ期の子供との接し方は難しいということを覚えた。

また、息子は寝たきりだったのが少しずつ笑うようになり、あーあーと一生懸命話しかけてくれるようになり、重い頭を持ち上げ、ハイハイするようになり、つかまり立ち、そして歩いたり走ったり。今は歌を歌ったり踊ったり、パズルをやったり、いろんなことができるようになった。

この狭い家で、2人で、または3人で、過ごしてきた時間は、一生のうちに占める割合としては多い方ではないだろうけど、おれはこの5年間、そして2年半を、決して忘れないと思う。

これからは、もう少し広いお家で、ゆとりを持って暮らそう。楽しみだ。本当に、楽しみにしている。

奥さんへ。このせまい家で、毎日ご飯を作ってくれてありがとう。楽しかったし、これからもきっと、楽しい日々になることと思う。本当にありがとう。心から、感謝している。

息子へ。こんなせまい家だけど、毎日、新鮮な気づきや感動をくれてありがとう。お前の、まさに喜怒哀楽っていう顔を見てると、毎日飽きないし、可愛くて愛おしくて仕方がない。お前の成長をずっと見守っていたい。これからもずっと。ずっとずっと。

全世界に、最高のお嫁さんと息子だと自慢したい気持ちだ。
愛してる。

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