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Uru『神様からのギフト、奇跡の歌声』(後編)人生を変えるJ-POP[第36回]

たったひとりのアーティスト、たったひとつの曲に出会うことで、人生が変わってしまうことがあります。まさにこの筆者は、たったひとりのアーティストに出会ったことで音楽評論家になりました。音楽には、それだけの力があるのです。歌手の歌声に特化した分析・評論を得意とする音楽評論家、久道りょうが、J-POPのアーティストを毎回取り上げながら、その声、曲、人となり等の魅力についてとことん語る連載です。

今回扱うのは、透明感溢れる歌声で多くの人を魅了する女性シンガーUruです。彼女は個人に関する情報が全て非公開になっているため、ここでは、デビューから現在までの活躍と「奇跡の歌声」と呼ばれる彼女の歌声の魅力について書いていきたいと思います。

前編はこちら)


その印象的な動画に心惹かれて

2016年にメジャーデビューをし、その歌声で多くのリスナーを魅了し続けるUruですが、私自身が彼女の存在を知ったのは2018年頃のことでした。

すでに彼女はメジャーデビューを果たした後ですが、私のようにクラシックの世界で長年生きてきたような人間では、新しい人達の歌声を知るきっかけは、それほど多くありません。

2018年と言えば、私自身はJ-POPのアーティストの評論記事を本格的に書き始めた頃でした。たまたま、中島みゆきの『糸』の聴き比べ検証の記事を作っていたときに、さまざまな有名なアーティストの動画と共に上がってきたのが、彼女の歌った『糸』の動画でした。

モノクロの画面に半分しか映らない顔。背景には、白い壁と植木鉢や蝋燭などの軽いインテリア。そんな空間の中、彼女の細く透き通った声が響いていきます。何の飾りもなく、ただ歌声が響く空間。そんな印象的な動画が私の興味を惹きつけました。

それで私は彼女のチャンネルに行き、数々の動画を見たことを覚えています。『やさしさで溢れるように』(JUJU)『奏(かなで)』(スキマスイッチ)『First Love』(宇多田ヒカル)などのような楽曲に混じって『Wherever you are』(ONE OK ROCK)や『粉雪』(レミオロメン)さらには『メロディー』(玉置浩二)など、あらゆるジャンルの楽曲をカバーしていました。

これらの楽曲を彼女は、ピアノの伴奏だけで歌っていきます。そのため、彼女の歌声が前面にクローズアップされるものとなり、彼女の歌の実力がそのまま反映される作りになっているのです。

そのモノクロの世界観と彼女の歌声が非常に印象的で、私の中にはUruという名前と彼女の存在が強く残りました。

音質鑑定からわかった特徴とは

「奇跡の歌声」と呼ばれる彼女の歌声ですが、私が得意とする声の分析から、彼女の歌声を音質鑑定すると以下のような特徴が浮かび上がってきます。

  • 全体的に澄んだ響き。

  • 透明性の高い音質でその特徴は低音域から高音域まで変化しない。

  • 声の幅は細くもなく太くもない、中ぐらいの幅を持つ。

  • ビブラートはほとんどなく、ストレートの響きをしている。

  • 響きに混濁はなく、それはファルセットになっても変わらない。

  • 声の中心に芯のある響きを持ち、散らばっておらず、1点に集中している。

  • 真っ直ぐの響きで、響きがフラフラと揺らぐことはない。

  • 低音域から高音域まで使える幅広い音域を持っている。特に中音域のアルトの中性的な音質は非常に魅力的。

10年前といまを比較してみると…

このように彼女の歌声の1番の特徴は、やはり「透明性」というところにあると言えるでしょう。

この「透明性」というものは、声帯の未成熟な年代(10代)では多くの人が持つ特徴でもあります。

声帯という器官が肉体的に完成されていないために、粘膜は非常に薄く伸縮を繰り返していくのが若い頃の声帯の特徴です。

そうやって薄く柔軟に伸縮する声帯から発する声は、非常に透明性の高い声になり、響きに混濁がありません。よく子どもの声が真っ直ぐの1本の線のような響きになるのは、声帯の粘膜が非常に柔らかく薄いためでもあります。

しかし、この声帯の粘膜は年齢を重ねるごとに分厚くなっていきます。加齢が声帯粘膜という筋肉の一種に影響を与え、筋肉が硬くなるに従って、声帯の粘膜の動きも悪くなります。

即ち、分厚く伸縮の悪いものになっていくのです。そのため、加齢と共に高い声が出づらくなったり、響きに透明性が失われて、太い響きの声になったり、という現象が多くの人に起こります。

加齢というのは、歌手にとっては1番の強敵であり、如何に加齢の影響を少なくして歌い続けるかということが、大きな課題と言えるでしょう。

そういうことから、若い頃(10代から20代前半)には、透明性の高い歌声を持っていた人でも、30代になるにつれて、その透明性が歌声から消えていく、という現象はよくある話なのです。

Uruは年齢を公表していません。しかし、YouTubeチャンネルの公開から10年ということを考えると、おそらく30代前半なのではないかと考えます。彼女の数多く上がっているYouTube動画を見てみると分かることですが、10年前の歌声と現在の歌声には、ほぼ変化が見られないのです。

透明性という点に於いては、ほぼ変化がなく、さらに、以前の動画の歌声はヘッドボイスになると、少し歌声がふらついたり、不安定な響きをしているのが、現在では、その部分も非常に安定した歌声になって、さらに透明的で綺麗な響きをしているのがわかります。

すなわち、彼女の歌声はこの10年、ほぼ変わっていないということが言えるのです。これが、彼女の歌声が「奇跡の歌声」と呼ばれる1つの要因になっているのかもしれません。

最大の魅力は、透明性を保ち続けられる歌声

彼女の歌声というのは、ブリージングボイスと言って、ブレスを意図的に歌声に混ぜて歌う手法によって、多分に透明性が保たれているのではないかと感じます。

それが、彼女の中では定着し、自然な形で発声されているのではないでしょうか。

さらに彼女のブリージングボイスが他の歌手と違うところがあります。ブリージングボイスで歌うと、多くの場合は、もっと息漏れしたような太いソフトな響きの歌声になることが多いです。

真ん中の部分に響きの芯はあるが、周囲を息漏れした響きが取り囲んでいて、透明性が失われがちになるのです。

しかし、彼女の場合は、混ぜたブレスを全て歌声の響きに変えることをしているように感じられます。そのため、芯の部分の響きがさらに透明的になり、響きが一点に集まることで、混濁のない真っ直ぐな歌声になっているということが言えるでしょう。

こういう歌声のタイプは、年齢を重ねても響きの混濁や歌声の幅が太くなったりする現象は起きにくく、このまま透明性を保って歌い続けていくことができると考えます。これがUru最大の魅力ですね。

この真っ直ぐで透明性の高い歌声というものを彼女が今後もずっと持ち続けていくことが出来るとしたなら、それこそ、「奇跡の歌声」と言えるでしょう。

また、バラード曲の多い彼女ですが、YouTubeに上げている動画の中には、ONE OK LOCKのロック曲など、力強い楽曲も多数含まれています。

彼女が歌うと、真っ直ぐな響きの歌声が一本の線で力強く伸びていきます。そのため、歌声の透明性はさらに高まり、響きが中性的なものになって、非常に魅力的になるのです。

今後、彼女が自分の歌声の特性を深く理解し、使いこなしていくことで、さまざまなジャンルの楽曲に挑戦していくことができるようになり、さらに歌姫として進化し続けることで、歌手としての幅が広がるでしょう。

魅力的な歌声は、神様からのギフトなのです。声は、その人その人に与えられた神様からの贈り物であり、同じ声を持っている人は、この世にはいません。すなわち、唯一無二のものなのです。

そのギフトをどのように生かし切るかは、彼女自身にかかっています。彼女が今後もその歌声を大切にしながら、さらに多くのジャンルに挑戦し、歌手として大きく成長していくことを楽しみにしたいと思います。


久道りょう
J-POP音楽評論家。堺市出身。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン元理事、日本ポピュラー音楽学会会員。大阪音楽大学声楽学部卒、大阪文学学校専科修了。大学在学中より、ボーカルグループに所属し、クラシックからポップス、歌謡曲、シャンソン、映画音楽などあらゆる分野の楽曲を歌う。
結婚を機に演奏活動から指導活動へシフトし、歌の指導実績は延べ約1万人以上。ある歌手のファンになり、人生で初めて書いたレビューが、コンテストで一位を獲得したことがきっかけで文筆活動に入る。作家を目指して大阪文学学校に入学し、文章表現の基礎を徹底的に学ぶ。その後、本格的に書き始めたJ-POP音楽レビューは、自らのステージ経験から、歌手の歌声の分析と評論を得意としている。また声を聴くだけで、その人の性格や性質、思考・行動パターンなどまで視えてしまうという特技の「声鑑定」は500人以上を鑑定して、好評を博している。
[受賞歴]
2010年10月 韓国におけるレビューコンテスト第一位
同年11月 中国Baidu主催レビューコンテスト優秀作品受賞