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ちゃんみな『日本と韓国、世界を音楽の力強いメッセージで繋いでいくトリリンガルラッパー』(前編)人生を変えるJ-POP[第45回]

たったひとりのアーティスト、たったひとつの曲に出会うことで、人生が変わってしまうことがあります。まさにこの筆者は、たったひとりのアーティストに出会ったことで音楽評論家になりました。音楽には、それだけの力があるのです。歌手の歌声に特化した分析・評論を得意とする音楽評論家、久道りょうが、J-POPのアーティストを毎回取り上げながら、その声、曲、人となり等の魅力についてとことん語る連載です。

今回は、日本人の父親と韓国人の母親を持つラッパー、ちゃんみなを扱います。彼女は、高校生でデビューをした経歴の持ち主で、独特の音楽のセンスを持つ人です。彼女がデビューしてきた経緯や、その後のグローバルな活躍など、「練馬のビヨンセ」と呼ばれる彼女の魅力について書いていきたいと思います。


生活を一変させた、ラップ音楽との出合い

ちゃんみなは、今年26歳。韓国で生まれました。3歳ごろまで韓国で育ち、その後は父親の仕事の都合で、日本、韓国、アメリカを行き来するような生活を送ったとのこと。

母親がバレリーナだったこともあって、3歳の頃には、バレエやピアノやバイオリンなどを習い、クラシック音楽に馴染む生活だったようです。
小学生の時に日本に戻り、日本の小学校に通いますが、最初は日本語が苦手で、いじめも経験しています。その為か、結構、引きこもった生活をしていたとか。()(

そんな彼女の生活を一変させたのが、10歳のときに見た韓国のBIGBANGのPV『Haru Haru』だったと言います。それがラップ音楽との出合いでした。

「映画1本観たぐらいの衝撃だった」という彼女は、その後、バレエをやめ、ヒップホップダンスを習いに行くようになり、やがて、自分でも歌詞を書くようになります。

高校生になってから、本格的にラップに向き合うようになり、2016年4月、高校生ラッパーの日本一を決めるフリースタイルバトルの甲子園「第9回 BAZOOKA!!!高校生RAP選手権」に出場。圧倒的なパフォーマンスを披露し注目されました。

高校在学中の2016 年4月に配信リリースし、 iTunes HIP HOPチャート1位を獲得している『未成年 feat. めっし』を始め、YouTubeの再生回数130万超えの『Princess』のNEWミックス音源などを収録した1stアルバム「未成年」の収録曲『FXXKER』を2017年2月に先行配信し、メジャーデビュー。

作詞作曲だけでなく、トラック制作やダンスの振り付けなどの全てをセルフ・プロデュースするアーティストです。

楽曲『LADY』や『CHOCOLATE』は、iTunes HIP HOP / RAPチャート1位、LINE MUSICで1位を獲得し、『CHOCOLATE』はYouTubeでのMV再生回数が1,500万回を超えています。2018年9月、ワーナーミュージック・ジャパンへ移籍しました。

2019年には、日本語、英語、韓国語での歌唱に初挑戦した『I'm a Pop』を発売。同年11月には、キャリア初となる東阪ホールツアーを開催したところ、チケットは即完売。

2020年2月、コンセプトEP 『note-book –Me.-』『note-book –u.-』を2作同時に発売し、YouTubeでの総再生回数、TikTokでのハッシュタグ視聴回数は、ともに1億回を超えました。また、2年連続でROCK IN JAPAN、3年連続でSUMMER SONICへの出演など、国内外問わず、同年代から圧倒的な支持を受けています。

音源ラップとフリースタイルラップ

彼女は、日本語、韓国語、英語の3カ国語を操るトリリンガルで、その美的センスと共に独特のオリジナル性が高く評価されています。

彼女が出てきた2016年頃は、日本では、フリースタイルのラップブームの最中。選手権もフリースタイルで競い合うバトルラップ戦でしたが、元々、彼女は、「フリースタイルはそんなに好きじゃない」とのこと。ラップの世界で名前を売っていくのに必要だと思ったので、選手権に出たそうですが、元来は、音源ラッパー。

私も今回、彼女のことを調べていくうちに「音源ラップ」と「フリースタイルラップ」があることを知りました。

フリースタイルラップは、その場で即興で歌詞を作って歌うのに対し、音源ラップは、あらかじめ、テーマを決めていたり、音源があったりする中でラップの歌詞をつけていくようです。そういう違いがあったから、彼女のラップを聴いたとき、随分、音楽的だと私は思ったのかもしれません。

ラップと言えば、メロディーがそれほどなく、ただ喋っている、という印象を持っていたのは、フリースタイルのラップを聞いていたせいですね。ですから、ずいぶん違うと感じたんだと思います。

彼女の場合は、オリジナル性が高く評価されているところや「世界で通用するアーティストを目指しているつもりだし、自分の故郷でもある韓国を意識して音楽活動をしてきました」という彼女のアーティストとして一本筋が通っているところが、ラッパーとして抜きん出ているところだと思います。(

中学3年生の頃には、結構やんちゃをしていたという彼女は、いじめに遭ったり、やんちゃしていた頃の感情をそのままラップの歌詞に落とし込んでいきます。その感情がラップを作る原動力とも言います。

そんな彼女が綴る歌詞のことばは、多くの女性に勇気や希望を与えてきたと言えるでしょう。

2021年4月にリリースした『美人』という楽曲は、「美」というものがテーマになっていますが、そこには、彼女自身が高校生の時に、ラップ選手権に出場した後、世間が彼女の容姿についての下した評価からの経験が元になっていると言います。

「美」って、そもそもなんだろう?

高校在学中に「BAZOOKA!!!高校生RAP選手権」に出場し、その後、『未成年 feat. めっし』のような楽曲をリリースするようになると、彼女のYouTubeやSNSに、彼女の見た目への批判コメントが多くつくようになります。

母親がバレリーナで、幼少期から「美」というものを非常に意識する世界、たとえば、容姿が美しい人がバレエでもセンターを取っていく、というような状況を見て育ってきた彼女は、やがて、外見よりも内面の「美」というようなものにフォーカスするようになっていました。ところが、そのような彼女が培ってきた価値観は、批判コメントによって見事に打ち砕かれるという経験をしたのではないかと想像するのです。

その後、彼女は、ダイエットをしたり、美を意識したりする中で、16キロほど痩せ、メイクなどにも気を配るようになると、今度は、彼女の容姿に対して、「綺麗」「カッコいい」というような絶賛のコメントがつくようになったのです。

まるで正反対の手のひら返しのような評価を経験する中で、彼女は、「美」というものは、主観的で相対的なもの、「人が作った美学」に左右されず、自分自身が好きな自分を見つけることが「美」という考えに落ち着いていきます。その気持ちを歌詞に落とし込み、『美人』という楽曲を作ったようなのです。(

楽曲は、多くの女性達に対するメッセージであり、背中を押すものであると同時に、過去の彼女自身を肯定するものであり、彼女自身を救うものでもある、と言えるでしょう。

後編では、彼女独特の美的センスに裏打ちされたミュージック・ビデオ の魅力や、ラッパーでありながら、非常にレベルの高いボーカル力を発揮する歌声の魅力について書いていきたいと思います。


久道りょう
J-POP音楽評論家。堺市出身。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン元理事、日本ポピュラー音楽学会会員。大阪音楽大学声楽学部卒、大阪文学学校専科修了。大学在学中より、ボーカルグループに所属し、クラシックからポップス、歌謡曲、シャンソン、映画音楽などあらゆる分野の楽曲を歌う。
結婚を機に演奏活動から指導活動へシフトし、歌の指導実績は延べ約1万人以上。ある歌手のファンになり、人生で初めて書いたレビューが、コンテストで一位を獲得したことがきっかけで文筆活動に入る。作家を目指して大阪文学学校に入学し、文章表現の基礎を徹底的に学ぶ。その後、本格的に書き始めたJ-POP音楽レビューは、自らのステージ経験から、歌手の歌声の分析と評論を得意としている。また声を聴くだけで、その人の性格や性質、思考・行動パターンなどまで視えてしまうという特技の「声鑑定」は500人以上を鑑定して、好評を博している。
[受賞歴]
2010年10月 韓国におけるレビューコンテスト第一位
同年11月 中国Baidu主催レビューコンテスト優秀作品受賞