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『すうっとしたい』

私は、暑がりという訳ではないのだけれど、なんとなく『すうっとしたい』病がある。ハッカ油缶(500ml)を、きらしたことがない。
季節にかかわらず、『すうっとしたい』から、ま冬でも部屋のカーテンに希釈したハッカ液をスプレーしている。とくに、今年のながい夏には大活躍してくれた。湯船に、何滴たらしたことか、その清涼感の虜なのだ。

事のはじまりは、子どもの頃から今につづく『うるおわれたい』病からだろう。ま夏でもポケットのなかにはリップクリームが常にあったし、鞄には、メンソレータム缶も常備されていた。
カサカサしたら、リップクリーム。膝小僧を擦りむいたらメンソレータム。そうして暮らしてきた。

『うるおわれたい』病と『すうっとしたい』病が、私の持病だ。どちらか一方が失われると、もう一方で代用できなくもないのだが。両方なくなったりすれば、私の精神はどうなってしまうかわからない。うるおいと清涼感をもとめて、どこまでもさまようだろう。苔むす岩に千代に八千代に吸い付いて離れない中年男のニュースが流れたら、それは私だろう。

そして、私は鼻炎持ちで一年年中鼻づまり気味だ。この文章を読むみなさんだけに、私の秘密を教えよう。
私は人目を憚りながらも、鼻にリップクリームを突っ込んでいるのだ(そうだぁ)。とうぜんそれは、くちびるにも使われるものだ(どうだぁ)。ここまで、キッパリ告白した者はなかなかいない。けれど、私の推理ではこの『すうっとしたい』病と『うるおわれたい』病の患者はこの世界に幾億もの人がいると睨んでいる。私だけであるはずがない。私には幾億人の「そうだぁ、どうだぁ」と言うキッパリとした声が聞こえている。

私は、密かに今みなさんに向けて「おまえもだろ」と指をさしている。だが、告白する必要はない。私がみなさんの身代わりになった。これで終わったのだ。惜しむらくは、鼻入れ専用メンソレータムリップが無いことだ(たぶん)。ロート製薬様には取り急ぎ開発に着手していただきたい。
「右のポッケにぁくちびる用~左のポッケにゃ鼻入れ用~」、こんな世界を私は夢見ている。

もうひとつ告白しよう。我が家の『すうっとしたい』病と『うるおわれたい』病の患者は私だけではない。
革ジャンと革ブーツをはじめとした、あらゆる皮革製品が、この持病の患者だ。革財布や革キーケースが「すうっとしたい、うるおわれたい」と、私に語りかけてくる。冬にむけて、また、メンソレータム缶が終わった。革ジャンと革ブーツと革グローブだけで、20からあるのだから。
そういうわけで、やたらハッカ臭い中年男がいたら、それは私かも知れないし。おなじ持病の患者で間違いないだろう。なにせ幾億人の患者がいるのだから。

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