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『空生講徒然草36』

「進路は東ぞな」
 そう、のじが命じた。蛙と猫と私はツーカーなのだ。便利でいい。私は多弁なほうではない。多弁なの頭の中だけだ。
 南魚沼市を横切り、このまま峠越えをする。福島との県境の田子倉ダムは雪深い。ここは冬になると冬季閉鎖される。秋夜だ、肌寒い。こんな時にはヘルメットが欲しくなる。我々一同はノーヘルだ。事故の心配はゼロなのだ。ゴーグルをしなくとも、虫が目に飛び込んでくることもない。ほとんど、自動運転のようなものだ。眠っていてもいい。シマさんはバラクラマを被っていてあったかそうだ。すると、青猫タルトが『?』から降りてきて、私の胸元にもぐりこんできた。私をあたためようとしているのか。それとも、タルト自身が寒かったのかのか。どちらだろうか。
「どっちもぞよ」
 そう、のじが言った。便利な通訳だ。
 私の身体はぬくぬくしてきた。「みやおう」とタルトが啼いた。同意見なのだろう。
「そうであるぞな」
 緑蛙のじの語尾のつかい方はわからない。『ぞよ』と『ぞな』を気分によって使いわけているのだろう。
「そうであるの、ぞよぞな」と、のじは答えた。知恵者である事は間違いないだろう。よい旅連れが出来た。ユーモアもある。とても、私のほうが位が高いとは思えない。私にはまるで自覚はない。御師も千日も過ぎればそれなりの位となるのだろう。

 只見線には高架はない。だから、道路で峠を越えよう。下道を走ると妙なものを拾う可能性がある。ここは、峠道だ。バイク事故でなくなった者も多い。成仏していない魂があるだろう。魂抜けして走らなければならない。これは簡単なのだ。気づかないふりをして走ればいいのだ。ただ、問題はシマさんだ。シマさんは心優しいところがある。上手く、魂抜けして走ってくれるだろうか。
「任してくれぞな」と言ったのじはシマさんの頭の上で印を結んだ。すると、前方の道いっぱいに光が差した。「ようは亜奴らは陰ぞな。陰なぞ光で吹き飛ばせばいいのぞよ」
 目くらましか。のじ、そんな事もできるとは。これは助かる。峠道を越えれば電線があるはずだ。
 田子倉ダムの峠道に一本の曲がりくねる光の路が出来ていた。


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