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『小説空生講徒然雲31』

 龍ヶ窪の水のなかをぐいぐい進み、見玉尊みたまのみことの見玉を潜り抜けたら巨大生物が現れた。ゴジラか。おうい、さっきの、水中の、熱い、あなた様ではないか。
 じろり、と御師の私を見ている。「見玉尊さん、わたしたち、ずぶ濡れなの、なんとかならない?」、さすがのシマさんもバラクラマを脱いで、ぞうきんみたいに絞っていた。そして、とうぜんだが、目の前に鎮座ましますは見玉尊だった。
 見玉尊は、口を開けた。「もわあっ」とした熱気が我々一行を包むように秋の夜長に吹き荒れた。木木が驚いている。思いは届くようだ。頭上の青猫たるとが、身震いした。私だけ雨降りになったようだ。傘のないメイとサツキの気分だ。目の前には巨大な『見玉尊』がいる。
「まあ、歯がきれい。きっと龍ヶ窪の水のおかげね」、とシマさんがつぶやいた。『見玉尊』もまんざらでもない様子だ。「ふむふむ」と言った気がした。そうかも知れない。龍ヶ窪の水と見玉不動尊をいったりきたりしているのだ。水もがぶがぶ飲んでいるだろう。『歯』というより、刃のような龍歯だ。噛まれたら一生の自慢になるな。死ぬが。見玉尊が、またじろりと私を見た。「またまたまた、冗談で御座いますよ」、念のため、一応声に出してみた。「ふむ」と確実に言った。
 見玉尊は私たち一行を見定めているようだ。私も癖で見玉尊を見定めている。と、「みやおう」と青猫に制された、気がした。生意気な行為なのだろう。詮索は止めよう。無になろう。無になるのがいちばんだ。立ったまま寝ようかな。できれば座りたいな。でも、まだ生乾きだ。しかし、龍ヶ窪の水は生乾きでも匂わないはずだ。そうだろう?。と、青猫を見やった。
「ふむ、そうだ」と、返事をしたのは見玉尊だった。





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