見出し画像

ショートショート: アゲイン

中学3年生の夏、私はオーストラリアに留学することになった。ホストファミリーのいるその街は、ケアンズからさらに小型飛行機を乗り継ぐ緑豊かなところだった。

「この辺りは本当に美しい自然に恵まれている」と、その家の主人であるお医者さんが言った。彼はもともとアボリジニ(オーストラリアの先住民)で、今は医師としてこちらに移り住んでいるのだという。

彼の奥さんのマリアもとても優しくて素敵な人だった。私の母よりひとつ年上で、すぐに仲良くなった。
その家の子は2人。

上の子は8才、下の弟はまだ5歳で、私によくなついてくれた。オーストラリアで生まれ育った彼らは大自然が似合う優しい子たちだ。私のことは頼れる姉のように慕ってくれて家族のようにして暮らした。

3週間ほど滞在した頃、ある朝早くに目が覚めると、家じゅうどこを探しても家族の姿がなく、静まりかえっていた。

私は慌てて外へ飛び出した。ダーリング川が裏に流れる庭先で弟が鳥にパンの耳をあげていた。

私は慌てていたせいで、つい日本語で
「おはよう、みんないないからびっくりしちゃった。今日は早いね」と言うと、弟は私に向かって「オハヨー!待ってたよ」と言った。返答が日本語だった。その時、弟は日本に住んでいたことがあるというのだ。

驚いたことに弟の話を聞くうちに、なんとその言葉の意味や使い方までもわかって話していた。どう考えても夢とは思えない。これはいったいどういうことなのか……? しばらく考え込んでしまったけれど、答えなど出るはずもなかった。

それから1年ほどして日本に帰ることになった。弟とは離れたくないと思った。でも、両親との約束もあり、どうしても帰らなければならなかった。

だから最後に手紙を書いた。

「あなたのおかげで、英語の勉強ができました。ありがとう。またいつか会える日が来るといいね」

しかし返事はなかった。

帰国してからもずっと気になっていた。あの不思議な体験は何だったのか……。

そして10年以上経った今、再び同じ場所を訪れる機会があり、あの時の場所に行った。


そこで出会ったのが、当時5才だった少年。
今日もまた、あのときと同じように鳥たちにパンの耳をあげているところだった。私が声をかけると、彼は振り返ってこう言った。

「えっ?来てたの?
 やっぱりね。僕はまた、会えると思ってました」

私は一瞬何を言われたかわからずドキッとした。

だって彼があまりに大人びていたし、顔立ちはもちろんのこと、物腰までしっかりしていて背筋を伸ばし堂々としていたから。それに何よりも目を見張ったのは、その瞳の色だった。彼の目はまるでエメラルドグリーンのような色をしていたのだ。こんな綺麗な瞳だったんだね…

「今のはいったいどんな意味ですか? 」
彼は私の目を真っ直ぐ見つめ、微笑みながら言った。

それは僕たちが遠い、遠い昔に出会っていて、川のほとりで生まれ変わったら、今度は、結婚しようねと約束した話ですよ──と。

最後まで読んでいただき ありがとうございます 気に入っていただけたら、サポートもよろしくお願いします。