学歴と仕事

大学で勉強したことと全く違う職業に就く、というのは、日本ではよくあることだ。なんでだろう。常々疑問に思っている。

私は夫が外国人(スウェーデン人)なのですが、「日本人はなんで大学で勉強したことと全く関係ない仕事に就くの?」と言われたことがあり、やっぱりこれは世界共通の現象ではないのだな、と考えさせられた。

もちろん直接的なつながりはなくても教養って大事だし、それが後々生きてくることも多々あるけれど、大学を出てから改めてやりたいことを習い出す、学びだす、というような遠回り人生は全く効率的ではない。

何しろ大学は四年間もあるのだから、目標が明確になった状態で入学したほうが良いに決まっている。在学中に将来の目標を見つける、なんていうのでは遅い。

当時の私は絵本作家になれたらいいな、なんていう夢を漠然と抱いていて、絵が得意というわけでもないのに某美大になんとか滑り込んだ。絵画教室の先生の勧めで、絵がうまくなくても論文やテストを頑張れば入れてくれる学部を受けたのだ。美大でもそんな学部があるのですよ。

しかし。めでたく入れたまでは良かったものの、今になって、大学で何勉強してたの?と聞かれても、まったく答えられない。決してサボッていたわけではない。課題は真面目にこなしていたし、ほとんど休まなかったし、大学からは返還不要の奨学金までもらっていたことがある。二年くらい。成績も優か良だった。見た目上は全く問題なかった。

なのに、だ。今の私の手元には何も残っていない。

就活は散々で、卒業間近になってなんとか一社、広告代理店の内定を取り、コピーライターの見習い(ここですでに美大卒なのにデザイナーではない)として雇ってもらえることになった。好きでちょちょっと書いていた詩とか、撮りためていた写真を持っていったら入れてくれたのだ。

しかし、ここでもまた信じられないことに、一ヶ月チョイで辞めてしまったのだ。電通の下請けのような会社だったのだが、毎日終電やらタクシー帰りの上、いかにも「業界」な会社の雰囲気が耐えられなかったのかも知れない。あまりに昔すぎるし、幼稚だったので、当時の気持ちはよく思い出せないが。

亡くなってしまった電通の若い社員の方がいたけど、そんなに辛いんだったら辞められなかったの?とも思うのだが、東大→電通という輝かしい経歴は、そう簡単に捨てられるものではなさそうだし、真面目な性格だったりするとそれだけ悩みも深くなりそう…

ともあれ、小心者で石橋を叩いて渡る風に見えるらしい割にどこかしら芯のない私は、フニャっとしたまま退職し、同居していた姉が見かねて勧めるままに求人誌に載っていた事務職に応募し、三年ほど勤めた。美大を出たのだから、という変なプライドが捨てられず、海外の絵本や美しい大型本を輸入している会社で働いたこともあるが、やっていた仕事は別に美術とは関係ない業務だった。

大学を出た意味は…?というのが、いつ何時も私の負い目だ。夫とも、その辺の会話になりそうになると私は決まって不機嫌になる。一方彼は、「大学では○○を勉強して、今は●●を仕事としています。」という風に単純明快だ。そこがまた癪に障る。あなたも日本生まれ、日本育ちだったら、そんな風に簡単にはいかなかったでしょうよ、などと腹の底で卑屈に思う。

もちろん、私と同じ学部を出ていても、大手出版社のデザイナーになっていたり、大学の准教授(多分)になっていたりと活躍している人もたくさんいて、今のこの状況はひとえに私のボンクラさ加減が原因なのだから、日本の教育がどうだとか、親がどうだとか言っても始まらない。負け犬の遠吠えだ。

だけど、もし。もしも。中学とか高校、いや、小学校のうちから、「あなたは何になりたいの?」とか、「〜が得意なのね」とか、「大学を卒業したら、その日から自分で稼いで生きていくのよ」(←これが一番効くかも!)というような声がけをして欲しかった。そういう危機感が足りなかった。

大学の頃、スーパーで呑気にレジ打ちなんかしていた自分に目を覚ませと言ってやりたい。学生さんは、バイトするなら少しでも興味のあることにした方がいいです。絶対。

今の私はといえば、息子(一人っ子)が小学生になったので、何かできるかしら…と慄きながら、塾講師の求人などを眺めているところ。またまた私はどこへ向かおうとしているのでしょうか。

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