声劇:鉄の乙女

時は戦時、ベローゼ王国は女神の住む地と言われる聖地△△をかの忌まわしき敵国から取り戻すための戦いを続けていた。
戦場に一際大きな怒号が響き渡る。
「我こそは! アイゼン・フォン・シュバリエ! ベローゼ王国に栄光を! かの賊国に滅びを!」
彼女の叫びに呼応するように自軍の士気は上がり、敵軍の前線は勢を失う。ああ、彼女こそが戦場の女神アイゼン・フォン・シュバリエである。

「ただいま、帰ったぞ」
アイゼン様が帰られた。他の召使たちと同じように、私も頭を下げてアイゼン様を迎える。
「此度の戦、敵軍被害甚大、自軍の消耗は極めて軽微! ○○王国の勝利は目前です!」
アイゼン様はひざまずき、堂々とした声で、父母に報告を上げる。下がってよいぞ、という言葉でアイゼン様は立ち上がり自室に戻ろうとする。世話係である私は彼女の後ろを追いかけた。

「ふう……」
アイゼン様の甲冑を外す手伝いをする。兜の外れたアイゼン様の顔は、鋭い武人の目をしている。金色に輝く髪がすっと肩にかかる。甲冑をすべて外し終えたアイゼン様は酷くやつれたように見えた。疲れ切っているアイゼン様の肩の上に、私は優しく手をおく。
「ひやっ……」
「おや、アイゼン様……。どうなされました?」
「いきなり体に触れるな! 驚くだろう……」
「そうですか。しかし体のメンテナンスも召使の役割ですゆえ」
「大丈夫だ! 私は疲れてなどいない!」
「そうでございますか。ではやめにいたしましょう」
「いや、続けてくれ」
「はい?」
「大丈夫だとは言ったが、やめろとは言っていない。続けてくれ」
「なるほど……かしこまりました」
毎日のように肩をもみ続けているとわかることがある。彼女の肩の張りが日に日に強くなっていることに。
「アイゼン様、差し出がましいことをお聞きしてもよろしいでしょうか」
「なんだ?」
「先ほど父上と母上にあげた報告……あれは嘘偽りなきものなのでしょうか」
「……なにが言いたい」
「近頃、我が国は快進撃を続けていると聞きます。しかしそれとは裏腹に、市街地では物流が滞り、僻地では賊が横行していると聞きます」
「戦時中だ。国の自治に回す金がないのだ。どこの国だってそれは同じだろう」
「確かにそのとおりやもしれません。ですが、私の耳はごまかせませんよ」
「どういうことだ」
「アイゼン様。失礼を承知で申し上げます。父母への報告の際、なぜあなたの声は震えていたのですか」
彼女の肩がわななく。
「……戦場でたくさんの仲間が、死んでいった。同じ釜の飯を食った仲間たちがだ。アンドレは弓に打たれて死んだ。ドミニクは腕を切られ、血を流して死んだ。いくら我が鼓舞しようとも戦力の差は埋まらなかった。ああ、貴様の言う通りだ。父母への報告は虚偽だ。我が国は負けている。だが、それを者どもに知られてはいけない。もちろん貴様にもだったのだが……」
彼女の肩のわななきが大きくなる。
「我は戦場の女神だなんだともてはやされているが、皆のためにしてやれることなど何もない。自分が女性であることが恨めしい。武功も上げられず、ただただ馬鹿みたいに進め進めと喚き散らすだけ。何が戦場の女神だ。こんな滑稽なことがあるか? 死んでいった仲間に顔向けができない。これならいっそ、敵陣に突貫し、この身を散らすのがお似合いだ」
彼女の武人の目が崩れ、大粒の涙がこぼれ始める。
私は彼女の正面に回って、両肩をがっしりとつかむ。
「な……なんだ?」
「アイゼン様。我々は知っています。あなたが戦場で倒れる兵士を憂う優しい心をお持ちの方だということを。あなたは死んではならない方だ。この国は負けつつあれど、あなたのような人を失っては戦の負けを待たず国は滅んでしまう。あなたは戦場だけでなく、この国の女神でもあるのです。そして、私の心の女神でも……」
「え、それは、どういう……」
「誓ってください。負けてもいい。必ず、生きてr帰ってくると。私はこの国の民失格だ。ですがこの国よりも、それ以上に、あなたのことが大切なのです」
「……誓うことはできない。国に忠誠を誓った身。それ以外の者に誓いを立てることはできない。だが、我は……大切だと言ってくれた、貴様の言葉には応えたい」
 彼女は顔を両手で覆い、涙のあふれる顔を隠す。
「おそらく次が最後の戦いになる。出陣の時は、あなたに見送ってもらいたい。わたしの最期の戦いの前に、手をつないでほしい。あなたの手の暖かさを戦場に持っていく。あなたはわたしが戦場で死なないように、繋いでくれた両手で祈っていてほしい」
私は震える彼女の体を、抱きしめた。強く強く、彼女が泣き止むまで抱きしめた。

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