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【政経東北】国策の危うさ―巻頭言2022.9

 日本では原子力開発が「国策」として進められてきた。

 ところが、東京電力福島第一原発事故の避難者らが国と東電に損害賠償を求めて起こした集団訴訟の上告審判決で、最高裁は国の賠償責任を否定するという統一判断を示した。国の機関が2002年に「長期評価」で地震・津波が発生する可能性を指摘していたが、3・11の津波はその想定以上であり、仮に国が東電に対策を命じていても被害が生じなかったとは言えないので、国に国家賠償法上の責任はない――という判断だ。

 国が旗を振って整備を推進してきた原発が事故を起こし、多くの人に被害を与えたとしても、国の責任は問われない。こうなると、「国策を無条件に信頼していいのか」という話になる。

 現在福島県の浜通りで「国家プロジェクト」として進められているのが、福島イノベーション・コースト構想だ。震災・原発事故によって失われた浜通りの産業の回復を目的としており、ロボット、エネルギー、廃炉、農林水産等の分野の産業集積や人材育成、交流人口の拡大等に取り組んでいく。

 同構想の司令塔として新設されるのが「国際研究教育機構」で、国内の科学技術力、産業競争力を強化する狙いがあるとされる。県が8月中に候補地を選定し、国に提案、9月に正式決定となる予定で、8月26日現在、9市町村が立地候補に名乗りを上げている。同15日には早くも「浪江町への立地が有力」と地元紙で報道された。

 同機構ができることで復興の起爆剤となることを期待しているのだろうが、同構想自体、国が推し進める重点事業を切り貼りしている印象が強い。原発に代わって、今後何十年も浜通りの経済を支え、人口増加を後押しする存在となり得るのか。

 152頁の連載コラム「廃炉の流儀」(尾松亮氏)では、「新型原子炉の研究開発などが研究テーマに掲げられたらどうするのか」と問題提起しているが、8月24日には、政府が従来のエネルギー政策を転換し、将来的な電力の安定供給に向けて次世代原発の建設を検討する方針を明らかにした。尾松氏が言うように、同構想はその〝危うさ〟をはらんでいるということだ。同構想で挙げられている新産業は軍事研究と表裏一体、と危惧する声もある。

 仮に想定と違う計画が国策で進められたとして、県や市町村は「話が違う」と主張できるだろうか。中央官僚出身の内堀雅雄知事の言動を見ていると、その役割は期待できそうもない。      

 (志賀)



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