見出し画像

【義母と娘のブルース】【桜沢鈴】なかなかのイナカ 奥会津移住日記⑪

「ならぬことはならぬもの」でしょ!?


 会津若松の「スナックの皮を被ったキャバクラのような所」でアルバイト初日を終えた翌日の昼ごろ、ママから電話があった。とある男性客との〝同伴〟の指令が下ったのだ。同伴とはお客様と飲食店で晩御飯を食べてから一緒に出勤することで、食事中も時給が出るというボーナスタイム(?)だ。珍しい大阪出身の私とご飯を食べたいと言っているそうだ。

 同伴のお作法も何もわからないままに私はその日の夕方、出勤前に男性客と会い食事をした。

 会津のとても美味しい居酒屋らしいが緊張で味がわからなかった。

 ふと、質問をされた。「俺って何歳に見える?」。これは良くあるあの、お酒の席で良く交わされるあの、定番の質問だ。

 60代後半に見えたので、だいぶ若く「50代後半ですか?」と返すと男性はガクーっと肩を落とした。どうやら40代だと言われたかったようだ。「それは無理があるやろ」と関西弁で返しそうになったが、同時に「しまった!」と思った。サービス業をしているのにお客様を喜ばせることができなかったのだ。悔やまれる。

 さらに失敗は続く。男性客から連絡先を聞かれた。躊躇したが、ママが教えなさいと合図してきたので、渋々連絡先を教えた。

 そこからまあ大変な事になった。その日から時間もかまわず大量のメッセージが送られてくる。

 最初は短くも返信していたのだが、漫画を描く時間と精神が削られてきたので、返信しない事にした。すると男性客はストーカーっぽく変貌していき、一日中メッセージの連打と無言電話が始まった。

 これは本当に心が参った。

 ママに相談すると、「私から叱っておく」と言ってくれて事態は収まったが、働き始めてから1週間ですでに私の心はボロボロだった。

 さらに2週間目、やたらと〝お触り〟してくる男性客がいた。「そういう事はもっと時給の高い店でやってくれ」と思いつつママの方を見る。ママは助けてくれなかった。私にうまく捌くスキルがなかったのも悪いが、お店の治安を守るのがママの役目ではないのか。そして会津の一部の男性客よ、駅前に「ならぬことはならぬもの」という標語を掲げたこの街に生まれたあなたにとって、この行為は「ならぬもの」ではないのか?大きな声で問うてみたかった。

 このスナックで働く事が大きなストレスになっていたのか、3週間目に入る頃、高熱を出して3日間寝込んでしまった。それから持病の喘息も悪化し、店に行くとタバコの煙や喉を冷やす衣装のせいで咳が止まらなくなった。これはもうダメだと、お店に辞表を出した。私のスナックアルバイトは1カ月でリタイアとなったのである。

 自省も含め散々な思い出だけが残った……そんな気がする。しかしとても素敵なお客様もおられた。静かにそっとお酒を味わい、たわいもない話を女性や隣の客と楽しんで、そっと帰って行かれる。そんなお客様が来た時、私は心のそこからホッとして、楽しく働くことができた。アルバイト最後の日には、敬意と感謝を持って握手をさせていただいた。色々な人がいる。

 なんだかんだでとても勉強になりました。ありがとう会津の夜。


さくらざわ・りん 大阪府出身。漫画家。7年前に会津若松市に移住し、現在は奥会津で暮らす。代表作『義母と娘のブルース』はドラマ化されて大ヒットした。



政経東北の通販やってます↓

よろしければサポートお願いします!!