見出し画像

【生業訴訟「第二陣」】原告たちが立腹 東電の過激なプレゼン(牧内昇平)

すでに十分賠償している!?


これはもはや、「とんでもない言い草だ」と言わざるを得ない。福島第一原発事故の責任を問う「生業訴訟」の法廷が、7月1日に福島地裁であった。そこで東電が開陳した主張(プレゼンテーション)が、あまりにも原告ら事故被害者の神経を逆なでする内容だったので紹介したい。読者の皆さんも違和感を持つのではないだろうか。

 まず初めに、生業訴訟とは何かをざっと振り返ろう。

 原告側がつけた正式名称は「生業を返せ、地域を返せ! 福島原発訴訟」だ。福島県内外に住む人びとが国と東電を相手取り、原発事故を起こした責任を追及している。福島地裁に初めて提訴したのは2013年3月11日。この「第一陣」の原告団は、2017年に国・東電の法的責任を認める判決を獲得。3年後の2020年9月末には、仙台高裁でも勝利判決を勝ち取った。この経過は、本誌2020年11月号に詳しく書いたので読んでもらいたい。

 実は、この裁判には「第二陣」もある。裁判が続く間に多くの人が原告団に新加入した。その人たちをまとめた「第二陣」原告団は、2016年12月に提訴。今も福島地裁で裁判が続いているのだ。

 ちなみに、第一、第二陣を合わせた原告団の合計は5000人超に達している。全国で起こされている原発事故被害者の集団訴訟の原告の人数は合計で1万2000人ほどと言われており、そのうち4割ほどが、この「生業訴訟」に集まっていることになる。

「賠償額は妥当だ」

 ここからが本題だ。紹介した第二陣訴訟の口頭弁論が7月1日に福島地裁で開かれた。この日の法廷ではあらためて原告(住民)、被告(国・東電)の双方が、自分たちの主張を展開する時間が用意された。

 その中で筆者が注目したのが、東電側の代理人が行ったプレゼンテーションの内容である。プレゼンは40~50分ほど続いた。全体を通じて「原発事故を起こした法的責任が国・東電にあるのか」という「責任論」の問題には触れず、「住民たちに十分な賠償が支払われているかどうか」という「損害論」についての主張だった。

 住民たちへの賠償の水準は、国の原子力損害賠償紛争審査会(原賠審)がつくった「中間指針」に基づいている。この指針に基づく賠償基準が適切かどうかが、生業訴訟をはじめとする原発事故訴訟の争点の一つである。このことについて、この日のプレゼンで東電が強調したのは「すでに十分賠償している」という一点だった。筆者が思わず「とんでもない!」と思ったポイントを三つ紹介する。

 ▼ポイント①「住民が裁判所に殺到していないのは、賠償額が妥当だから」

 東電代理人はこのような趣旨のことを主張した。(法廷では録音が禁止されており、以下は筆者の手書きメモによる記録と、関係者への取材に基づいている。一字一句正確な記述ではないことはご容赦願いたい)

 「原発事故の被害者は極めて多数にのぼり、166万人とも言われている。中間指針は、そうした被害者たちへの賠償が迅速に行われるために、裁判を伴わない自主的な紛争解決に資する指針として定められた」

 いちいち住民たちが裁判を起こしていたら大変だし、時間もかかるから中間指針がつくられた。それはその通りだ。問題は、指針が定めた賠償水準が被害実態に合っているかどうか、である。ここで東電は、納得いかない主張を繰り出してきた。

 「もしも、中間指針が被害の小さい人を前提に置き、最低水準の賠償額を定めたものなら、すでに多数の人が訴訟に発展しているはずである。だが、実際には、訴訟を起こしている被害者はごく少数である。訴訟の大量提起は回避されている。それは、中間指針が賠償の基準として機能してきた証拠である」

 分かりやすく言えば、「住民たちの多くが訴訟を起こしていないのだから、中間指針におおむね不満はないはずだ」と主張しているわけだ。
 これはいくらなんでも強引ではないか。一般の人が訴訟を起こすには大変なエネルギーが必要だ。原発事故を経験し、日々の暮らしを立て直すだけでも大変な中、訴訟を起こす体力・気力がある人ばかりとは限らない。しかも前述した通り、生業訴訟の原告団は5000人を超え、同種の訴訟をまとめれば、裁判を起こした人は1万人を超えると言われている。これは、少ない数なのだろうか。むしろ、これだけ多くの人たちが裁判を起こしてまで抗議していると考えるべきではないか。東電の主張は強引だと筆者は感じる。

 ▼ポイント②「東電は賠償を多めに支払っている」

 続いて東電の代理人は以下のような趣旨の発言をした。

 「被害の早期救済の観点から、損害の詳細を確認せず、被害者にとって有利な算定になるよう、高い水準での『定額賠償』を行った」

 そして、この主張を補強するために具体的な例を説明していった。たとえば、こんな内容だった。

 ――南相馬市原町区の被害者には「住居の補修清掃費用」として定額の30万円を支払った。しかし、実際この人が家の清掃のためにかかった費用は、洗剤の購入費だけだった。東電は、早期救済のために余計に賠償した。

 ――富岡町のある被害者に対して「家財賠償」として300万円超を支払った。家財は買ってから時間が経てば価値が下がるが、すべての家財は購入から1年以内という前提で損害額を出した。さらに、この人には避難先での家財購入費用も支払っている。重複した賠償である。

 このような形で東電は、「これまでいかに多めに支払ってきたか」を法廷で主張した。 しかし、この点については「特別払い過ぎた人だけを例に出していないか」という疑問がわく。そもそも賠償を求めるための書類づくりはとても煩雑だという声を、被災した方からしばしば聞く。実際には、適切に支払われていない人、賠償を請求しそびれてしまっている人の方が多いのではないかと、筆者は考える。

 事故賠償は、発災から10年が経過した今年3月以降に順次、時効を迎える。東電は「柔軟に対応する」方針を示しているが、請求漏れが心配されていることは本誌編集部も繰り返し書いてきた。東電の法廷での主張は、こうした実態を正視しないものだと言えるだろう。

 ▼ポイント③「中通りなど自主的避難等対象区域に実際の法益侵害はない」

 最後に指摘したいのがこの点だ。福島市などの中通りやいわき市の大半など、避難指示が出なかった「自主的避難等対象区域」の住民への賠償について、東電側はおおむね以下のような見解を示した。

 「この地域の空間放射線量は国の基準(年間20㍉シ ーベルト)を大きく下回っており、放射線による健康への影響はなかった。行政も市報などでその安全性を広報しており、実際ほとんどの住民は避難せずに日常生活を送
っていた」

 東電はこの主張を補強する材料として、いわき市内の保育園や学校が2011年の春から入園式などの行事を行っていたことなどを例に挙げ、いかに当時の暮らしが「普通」だったかを主張した。そのうえで、こう結論づけた。

 「自主的避難等対象区域の人びとに実際の法益侵害はなかったが、訴訟を回避するために賠償を行った。たとえば、この地域に住む父母と子2人の4人家族が避難した場合、合計168万円を支払っている(妊婦は別)。この金額は、福島県の勤労者世帯の可処分所得の4~5カ月分である」

 この地域に住む人びとは、低線量被ばくのストレス下での生活を余儀なくされた。そのため中間指針は、住民の「精神的損害」などに対して一定の賠償が必要と認定している。東電はそうした損害の存在をどう考えているのか。賠償額を可処分所得の平均と比較することにも、筆者は強い違和感を覚えた。

ざわつく法廷

 その日の裁判を傍聴するため、法廷には多くの原告たちが集まっていた。東電の「過激な」プレゼン内容に、それまで静かだった法廷内は少しざわついた。フーッと大きなため息をついたり、チッと舌打ちしたり。終了間際には、傍聴席の隅っこから「やっぱり東電はつぶさなきゃだめだ」という小さなつぶやきも聞こえてきたほどだ。

 法廷内では普段、静かにしなければいけない。法廷の秩序を保つためで、傍聴人が不規則発言をした場合、警備員につまみ出されることもある。トラブルになるのを防ぐため、原告側の弁護士は裁判前に「法廷では発言を控えてください」と呼びかけていた。そうしたこともあり、傍聴席の原告団はギリギリまで気持ちをこらえていたのだと思う。それでも「やっぱり東電はつぶさなきゃ」というつぶやきが漏れ聞こえてきた。それほど東電の主張に怒りを感じた、ということだろう。

 この日の弁論が終わった後、原告団の中島孝団長はこう言い放った。
 「まったく、ふざけんなって感じだよな。東電は中間指針をねじ曲げて自分に都合よく使い回している。『迅速な救済のための最低限の基準』という中間指針の性格を棚に上げ、裁判の原告が少ないのは賠償に満足しているからだと言い逃れしている。東電の狡猾な体質が、法廷で露呈したな」

2入廷前にマイクを握る中島団長

入廷前にマイクを握る中島孝原告団長

 東電ホールディングスの広報担当者に「この日の主張内容はさすがにおかしくないか」と問い合わせてみた。しかし、広報担当者は賠償の一般論は答えるものの、法廷での主張については「会社の方針として裁判外でのコメントは差し控えている」という回答だった。  
 生業訴訟・第二陣の次回法廷は、10月26日の予定だ。東電の主張に原告側がどのように反論するか、注目したい。

「第一陣」は最高裁へ

 ここで、今後の展開を確認しておこう。

 記事の冒頭で書いたように、生業訴訟の「第一陣」は福島地裁(2017年)、仙台高裁(2020年)と連続して勝訴し、原発事故を起こした「国の法的責任」を司法に認めさせている。この裁判は現在、最高裁に進んでいる。ここで高裁判決を覆されることがなければ、東電だけでなく「国の責任」も確定することになるため、要注目だ。

 ちなみに、生業訴訟が仙台高裁で勝って以来、同じ種類の訴訟は東京高裁で2件の判決が出ている。事故で福島から群馬に避難した住民たちが原告になった、いわゆる「群馬訴訟」は、東京高裁で国の責任が否定された。一方、千葉に避難した住民による「千葉訴訟」は、高裁が国の責任を認める判決を出した。つまり国の責任をめぐる訴訟は住民側の2勝1敗で、最高裁に判断が持ち込まれているわけだ。

 国の責任が認められるかどうかは、今後の政策決定に重要な意味を持つ。放射線被ばくの健康影響調査や帰還困難区域の除染の見通しにも、もちろん影響を及ぼすだろうが、差し当たって注目したいのは、福島第一原発から生じる汚染水の海洋放出をめぐる議論である。

 海洋放出をめぐっては、県内の市町村議会には「反対」の意見書を採択しているところも多い。県漁連など業界団体からも反対の声が上がっている。そんな中で海洋放出の方針を決めたのは、日本政府だ。しかし、その決定を下した政府自体が事故に法的責任があるとしたら、どうだろうか。

 加害者がなぜ、事故の後始末の方法を一方的に決めるのか。「勝手に決めるな!」と、反発の動きが強まるのは自然の成り行きと思われる。

 というわけで、生業訴訟をはじめとする原発事故訴訟の行方は、2年後に予定されている海洋放出の問題をも左右するとみられる。今後の展開から目が離せない。

原告たちの思い

 7月1日の法廷だが、東電のプレゼンが原告団の反発を買った一方、同じく被告側である国は、自らの主張を展開しなかった。何を狙っているのか、不可解である。

 一方の原告側プレゼンの中心は、事故の被害を受けた住民2人の意見陳述だった。

 そのうちの一人、伊達市月舘町に住む高橋敏明さん(67)の陳述を紹介したい。

 「高橋家は400年以上前から、月舘町で農業を営み、おいしい水や風土を利用して米や野菜を作ってきました」

4法廷で意見陳述を行った高橋さん

法廷で意見陳述を行った高橋敏明さん

 黒いスーツ姿で裁判長の前のイスに座った高橋さんは、これまでの半生を淡々と語り出した。1953年生まれ。家業の農業は妻が主に担い、高橋さんは会社勤めをしながら週末に田畑を手伝っていた。息子2人は独立し、実母と妻、当時20代後半だった娘と一緒に住んでいた。

 原発事故が起き、自宅から直線で300㍍ほどしか離れていない飯舘村は全村避難したが、高橋さんの地区に避難指示は出なかった。

 「隣の飯舘村が避難を指示されるほど汚染されているのですから、私たちが住む土地も同じように汚染されているのではないか、避難した方がいいのではないかと、住民の中で騒ぎが起こりました。放射性物質の影響は未知数であり、今後どのような健康被害が出るか分からないという不安が今もあります」

 一家の中では20代の娘が最も強く不安を感じた。家じゅうの窓のサッシを目張りし、外で飼っていた犬と猫を室内に入れて、家の中に閉じこもるようになった。

 福島市内に住んでいた長男は、2011年の秋に実家へ戻る予定だった。一緒に農業を営むため、田んぼを整備し、倉庫を直して準備を進めていた。ところが原発事故後、長男は「セシウムが入ったものを売ることはできない」と考え、実家に帰ることを諦めざるを得なかった。田んぼはみるみるうちに荒れ、イノシシが土を掘り起こし、モグラの穴だらけになった。高橋さん一家は、米作りをやめた。

 「原発事故で、すべてが台無しになりました。帰ってくるはずだった長男も帰ってこなくなり、私たち家族の生活や将来は狂わされました。国や東京電力には、きちんと責任を取ってほしいと思います。差別なく、被害実態に応じた明確な対策や賠償をしてほしいです」

 国と東電は、被害者たちと真摯に向き合わなければならない。言い逃ればかりのプレゼンでは、なんの解決にもならない。


原告側弁護団事務局長
馬奈木厳太郎弁護士のコメント
 今回のプレゼンで東電が強調したのは二点。一つは中間指針そのものが損害に十分に見合うものであり、中間指針を上回る損害はないということ。二つ目は、いわゆる自主的避難等対象区域に関する中間指針での賠償の意味合い。東電の理解によれば、自主的避難等対象区域には法的な意味での損害はなく、中間指針が賠償を認めたのは政策的な配慮によるものだというもの。
 生業訴訟の判決は、一定の区域の人に共通して認められる損害はいくらなのかという観点から示されるので、判決は原告になっていない人についても損害があることを認めたことになる。したがって、中間指針の見直しにつながる契機を含むものなので、東電としては、中間指針が見直されるのを絶対に阻止したいという考えから、こうした主張をしている。
 しかし、中間指針が被害実態に見合っていないのは、被害者からすれば自明のことであり、生業訴訟の判決の確定を待たずに、指針の見直しは直ちに行われるべきである。

3原告側弁護団の馬奈木弁護士



まきうち・しょうへい。40歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。

画像1

個人サイト「ウネリウネラ」


政経東北の通販やってます↓


よろしければサポートお願いします!!