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原因は「村八分」ではなく噂?|【高橋ユキ】のこちら傍聴席③

 2013年7月21日、第23回参議院選挙投票日の夜。山口県周南市の山間部のある集落で火の手が上がった。

 市街地から16㌔しか離れていないものの、住んでいたのはわずか12人(当時)。半数以上が高齢者の、いわゆる限界集落だ。投票を終え、めいめいがくつろぐ夕飯時、仲睦まじい夫婦が住む家から煌々と炎が燃え上がったのである。これを目撃した村人が119番通報をして、ふたたび外に出てみると、高齢女性がひとりで暮らす別の家も、メラメラ燃えていることに気づいた。

 すぐさま消火活動が行われ、数時間後に火は鎮まった。夫婦の住む家から2人の、ひとり暮らしの高齢女性宅からは1人の遺体が発見された。

 離れた場所にある二軒の家が連続して燃えたことに村人たちは皆「何かおかしい」と違和感を覚えていたが、このときは皆、3人は火災で亡くなったのだと思っていた。

 ところが翌日、別の二軒の家から、それぞれ撲殺された遺体が発見されたことで「二軒の火災」が「5人の連続殺人と放火」に形を変える。昨晩燃えた家から発見された3人の遺体にも、殴られた跡があった。

 すぐに村の入り口に黄色いテープの規制線が貼られる。県警は村に住むひとりの男を重要参考人とにらみ、捜索を始めた。男は前日から自宅におらず、連絡もつかない状態だった。

 のどかな村で一度に5人が殺害されるという大事件が発生したことから、地元だけでなく東京からも多くの記者が詰めかけた。そんな彼らが何よりも注目したのは、男の家のガラス窓に掲げられた不気味な「貼り紙」だった。

 「つけびして 煙り喜ぶ 田舎者」

 犯行予告なのではないか?として、捜索中から「不審なメッセージ」「放火をほのめかす貼り紙」などと、マスコミに散々取り上げられていたそれは、いまもGoogleストリートビューで見ることができる。

 私が初めて取材のために集落を訪れたのは、それから3年半が経った頃。すでに男の裁判も進んでいた。

 事件は〝平成の八つ墓村〟などと称されていた。男は関東からのUターン後、集落の人たちから〈村八分〉にされていたのではないかという報道があったからだ。不気味な貼り紙の存在も相まってか〝Uターンした男が村人からのいじめを受けて復讐した〟といった情報がインターネット上に蔓延っており、それが事件の〝真相〟であるかのような状態となっていた。

 ところが取材してみると、まず男の家の貼り紙が、決意表明でもなければ、犯行予告でもなかったことがわかってくる。集落では過去に別の家でボヤ騒ぎがあり、その直後に貼られたものだったというのだ。

 そのうえ〈村八分〉の証拠や証言も出てこない。

 そんな取材をするうちに、集落の姿、そして集落における男の存在を知りたくなり、取材を重ね、まとめたものが単行本として2019年に刊行された。

 ……などと、さらっと書いてはいるが、取材を終えてから刊行まで、果てしない紆余曲折があった。正直、途中は、これが書籍になるとは全く思っていなかった。

 まず、原稿を書き上げてノンフィクション賞に応募するも、あっさり落選する。雑誌への掲載や書籍化を目指すことはできないだろうかと、顔見知りの編集者たちに原稿を読んでもらえないかと連絡しても、無視される日々が続いた。

 落ち込み、疲れ果てた末に思いついたのが、誰でも文章をインターネット上にアップできるサービス『note』の活用だった。長い原稿を6本の記事に分けて投稿し、またその一部は有料とした。

 ところがやっぱり、これも当初は、泣かず飛ばず。誰も買ってくれない日々が続き、ますます落ち込んでいた……のだが、SNSで突然、原稿の存在が広まり始める。反響を呼んだことから、複数の出版社から連絡をいただき、単行本となった。

 本書『つけびの村 山口連続殺人放火事件を追う』(小学館)は、その単行本『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』(晶文社)の刊行から3年を経て、少し小さいサイズで新たに刊行された文庫版だ。昨年、改めて集落を訪れ、そのときに見聞きしたことを新章として収録している。

 取材を進めるうちに、集落のなかに〈村八分〉ではなく〈噂〉があることに気づいた。その〈噂〉が、集落にとってどれほどの存在感を持ち、そして男にどう影響したのか……本書で私は〈噂〉を自分なりに考察した。

 〈噂〉はその集落だけにあるものではない。実生活だけでなくインターネット上にも、さまざまな〈噂〉が蔓延っている。するときは無自覚だが、されていると感じると、途端に怖くなる。それが噂だ。

 あなたは今日、誰の話す噂を信じただろうか。それが本当かどうか、確かめただろうか。そして、それを誰かに話しただろうか。

たかはし・ゆき 1974年生まれ。福岡県出身。2005年、女性4人で裁判傍聴グループ「霞っ子クラブ」を結成(現在は解散)。以後、刑事事件を中心にウェブや雑誌に執筆。近著に『逃げるが勝ち 脱走犯たちの告白』。

高橋ユキさんの『つけびの村』が文庫版になって小学館から発売されました。 追加取材のうえ新章を収録!

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