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【政経東北】不作為の罪|巻頭言2023.9

 8月24日午後1時すぎ、福島第一原発に溜まる汚染水を浄化処理した水(いわゆるALPS処理水)の海洋放出が実施された。岸田文雄首相らが事前に東京電力幹部や漁業者団体と面会し、同22日の関係閣僚等会議で決定された。福島県民、国民、世界の人々の問題のはずが、「政府・東電と漁業関係者の問題」に矮小化され、強行された格好だ。

 本誌では編集部に加え、原発問題に詳しい執筆者に依頼し、海洋放出に反対する記事を掲載してきた。

 原発事故で発生した放射性物質を含む廃棄物(汚染水)を、希釈するとはいえ、故意に海洋に放出することは許されない。廃棄物の海洋投棄について定めたロンドン条約・議定書では生物資源・海洋生物に害を与える廃棄物の投棄が禁じられている。

 トリチウム以外の放射性物質を浄化処理したというが、すべてを除去できるわけではない。もっと言えば、同発電所敷地内のタンクに保管されている水の7割はまだ浄化処理が行われておらず、核種ごとの放射性物質の量など全容は明かされていない。国内外の原子力施設ではトリチウムを含む水を海洋放出しているが、それとは同列に扱えまい。

 東電は海洋放出の期間を原発の廃止措置が完了する2051年までとしており、最低でも30年近くタンクは残り続ける。燃料デブリ回収にも時間がかかる。「海洋放出すれば復興につながる」という政府・東電の主張はまやかしに過ぎない。いわゆる風評被害、海外からの猛反発なども懸念材料だ。

 これだけマイナス要素があるのに、政府・東電は放射性物質の除去技術開発や陸上保管継続などの代替案、汚染水発生を食い止める恒久遮水壁設置に全力で取り組まず、「海洋放出ありき」の姿勢を崩さなかった。それを許したのは、原子力規制委員会の会議の傍聴やパブリックコメントでの意見表明に無関心で、圧力をかけられなかった国民だ。海洋放出の準備が着々と進む中、野党や労働組合、各種団体の存在感も希薄だった。もちろん、本誌を含むメディアの責任も重い。本誌で「フクイチ核災害は継続中」を連載している春橋哲史さんは「自ら不戦敗を選びつつある主権者」(本誌6月号)と表現した。

 原発被災県の長である内堀雅雄知事が先頭に立って政府・東電に明確に意見を述べれば流れが大きく変わったかもしれない。しかし、内堀知事は定例記者会見で当たり障りのない意見を述べるばかりで、国・東電に言われるがまま海洋放出を容認した。その不作為の罪は重い。県民にとって頼れる存在がいないというのは不幸なことである。(志賀)


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