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【原発処理水】許されない《なし崩し放出》

代替案を無視する国・東電の不作為

 東京電力福島第一原発敷地内に溜まり続ける処理水。このままでは貯蔵タンクの用地がなくなることから、海洋放出が既定路線となっており、近いうちに政府が正式決定する見通しだ。なし崩しで海洋放出することは許されない。

 処理水とは、福島第一原発で汚染水を多核種除去設備(ALPS)などで浄化処理した水のこと。ALPSでは放射性トリチウム(半減期12・3年)が取り除けないため、貯蔵タンクに処理水が溜められている。その量は約123万㌧に上り、トリチウムの総量は約860兆ベクレルに及ぶ。

 汚染水はいまも1日約170㌧ペースで発生しており、このまま増えれば2022年夏ごろにタンク用地が不足する見込み。準備期間を考慮し、今年夏ごろがタイムリミットとされてきた。

 トリチウムは海や川にも普通に分布しており、放射線エネルギーも極めて弱いため、平常時の原発では法定告示濃度(トリチウムは1㍑当たり6万ベクレル)以下に希釈して海洋放出されていた。福島第一原発の汚染水抑制策として実施されているサブドレンや地下水バイパスでも運用目標(1㍑当たり1500ベクレル以下)に準じて希釈せず海洋放出が行われている。原発周辺の海水の放射線量など変化は見られていない。

 一方で、「有機結合型トリチウムとなり、体内に長くとどまることで健康への影響が出る」など危険視する説もあり、不安の声が根強い。

 そのため、処理水の処分方法やそれに伴ういわゆる風評被害への対策について、経済産業省資源エネルギー庁の「多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会」で3年以上議論が行われ、公聴会なども経て、今年2月に報告書が提出された。

 その内容は「実績がある海洋放出、大気への水蒸気放出が技術的・コスト的にも現実的。特に国内の原発で行われていた海洋放出は確実に実施できる」というもの。そのうえで、「風評被害対策としてこの間効果のあった情報発信強化、GAPなど第三者認証の活用、新規販路開拓による県産品の棚の常設化、県産品販促イベントの実施などに努めるべき」とした。

 この報告書を受けて、国は3月中旬から浜通りの市町村議会で検討状況を説明し、業界団体関係者や浜通りの首長らへの意見聴取を7回にわたり実施してきた。

 原発立地町である双葉町や大熊町の町長・町議会などは処理水の早期処分を求めたが、来年4月からの本格操業を目指す福島県漁連や全漁連などは海洋放出に反対したほか、慎重な判断やトリチウムに関する情報発信の強化、具体的な風評対策の提示を要望する声が多かった。

 そうした中、7回目の意見聴取終了から1週間経った10月15日ごろから「10月中に海洋放出決定」との報道が相次いだ。経産省をトップとする廃炉・汚染水対策チームの会合で話し合いが行われ、反対意見に配慮する形で月内決定は見送られたが、そろそろ決めてしまいたいと考えているようだ。

 しかし、処理水問題をウオッチしてきた本誌としては、海洋放出を行うべきではないと考える。

 まず、いくら処理されているとは言え、原発事故により一企業が発生させた「放射性廃棄物」を国のお墨付きで環境中に放出していいのか、という問題が挙げられる。

 県内自治体の議会では22市町村が処理水の放出に反対し、県議会や19市町村が風評対策や国民理解の醸成を求め、意見書採択・決議している。意見聴取と併せて行われたパブリックコメントには4011件(複数回答もカウントすると8000件)が寄せられ、処理水の安全性への懸念は約2700件に上った。前出・小委員会の公聴会でも、意見表明者の大半が反対の意思を示した。これでなぜ海洋放出の方針を決定しようという動きに至ったのか理解できない。

 「科学的に見てトリチウムによる健康被害は起こりえない」と考え、風評被害を恐れずすぐに海洋放出すべきと主張する人は一定数いる。しかし、現時点でも福島県産の農産品は出荷量が震災・原発事故前の水準まで回復しておらず、価格も全国平均を下回る品目が多い。そうした中、処理水が放出されれば福島県に対する〝汚染〟のイメージは決定的なものになり、回復の機会を逸する。ただでさえ高齢化・後継者不足などの問題を抱えている一次産業は存続の危機に立たされることになる。

 農林水産省の調査では、消費者よりも仲卸業者などの納入業者が県産品の仕入れに慎重になっていることも分かっており、県産品を忌避する固定層もいる中で、「マスコミがトリチウムの情報を積極的に報じれば風評被害は抑えられる」という意見には疑問を抱く。

 そもそも原発事故を引き起こした東電への不信感は根強い。東電は「事故を起こした責任を感じている」と言いながら裁判や裁判外紛争解決手続き(ADR)などで無責任な対応を続けている。過去には自主点検で見つかったトラブルを隠し記録を改ざんしていたこともあった。

 小委員会の公聴会直前には、処理水の7割に、告示濃度を超えるヨウ素129やストロンチウム90などの放射性物質が含まれていたことも判明した。東電ホームページの〝奥底〟に情報が掲載されていたが、広く理解を求める姿勢とは言えない。

 ちなみに処理水内の放射性物質は今年10月に二次処理が試行され、約1000㌧の処理水の放射性物質を基準値未満にすることに成功した。東電は「海洋放出する際には必ず二次処理を行う」というが、それも膨大な量であり、それに伴いALPSから廃棄物も発生する。また、それらを処分する際にも汚染水が発生する。本誌連載コラム「フクイチ事故は継続中」を執筆する春橋哲史さんは、この状況を「水処理の蟻地獄」と表現している。

海外も動向を注視

 処理水の行方は海外からも注視されており、国連特別報告者が日本政府に対し、人権保護義務を無視した汚染水の海洋放出をしないよう求める声明を発表している(本誌8月号参照)。韓国・済州島を行政区域に持つ済州特別自治道の知事は「海洋放出した場合、韓日の沿岸住民による原告団を組織し、日本政府を訴える」と述べているほか、中国外務省も「正確で透明性のある情報を公開し、慎重に判断してほしい」と求めている。海洋放出を断行すれば国際的な評価を落としかねないということだ。

 海洋放出を既定路線に据えている国と東電は、外部からの代替案の提案に最初から耳を貸そうとしない。

 例えば、敷地北側にはタンク用地に使えそうな広大な空き地があるが、「廃棄物施設予定地になっているし、パイプラインが整備されている施設南側のタンクエリアとも離れている」と難色を示す。

 「県外の東電所有地や東電管内に搬出・保管すればいい」という意見には、「法令に準拠した移送設備が必要。運搬時の漏洩リスクを排除できず、移送ルートとなる自治体の理解を得る必要がある」と述べる。

 「原発敷地周辺の中間貯蔵施設予定地をタンク用地として活用できないか」という案には、「中間貯蔵施設という目的で契約しているので、地権者の理解を得るのが難しい」と、交渉しようともしない。

 有識者・技術者などで構成される市民団体「原子力市民委員会」が提案した大型タンクやモルタル固化による陸上保管案は、小委員会で報告されたものの、「敷地利用効率は既存のタンクと大差ない」などの理由で、議論の俎上にも載せられなかった。

 パブリックコメントでは、大気への水蒸気放出や海洋放出などの処分方法以外にも、トリチウムの分離技術の開発など、別の選択肢を提案する意見が約2000件寄せられた。

 三郷水素研究所と東北大などの共同実験では、トリチウム処理炉を使うことで概ね70%以上のトリチウムが除去できる技術が実証されている。同実験に協力し、技術の普及に努めているエコ東日本(郡山市)の米倉正裕社長はこのように語る。

 「トリチウム処理炉で生成した水素は大気放出しても無害で、電気エネルギーに変えることも可能です。炉の構造自体は簡単で、溶接技術があれば町工場でも製造できます。近い条件でトリチウムを分離できることを確認する必要がありますが、実験に多額の費用がかかるので、これをクラウドファンディングで集められるかが最初の関門になります」

 実際に原発敷地内での試験が認められるかなど、今後の課題はあるものの、トリチウムを分離・除去できる技術は確かにある。海洋放出しか手段がないわけではないのだ。結局、海洋放出が一番安上がりで手間もかからないので、代替案はなかったことにしたいのだろう。

 10月24日付の朝日新聞によると、今年は汚染水の発生量が少なめに推移しており、タンクが満杯となるのが数カ月ほど遅れる見込み。旧式タンクの解体場所も活用すれば、約2年分に当たる容量が確保できるという。この時間を活かして、海洋放出を再検討し、あらためてさまざまな方法を検討すべきではないか。

意見を言えない内堀知事

 吉田淳大熊町長、伊澤史朗双葉町長は「処理水を早く処分してもらわないと復興にも影響する」と主張する。しかし、本誌10月号で触れた通り、日本原子力学会は「燃料デブリ取り出しから最短でも100年以上経たないと土地を再利用できる状態にならない」という報告書を公表している。もっと言えば、燃料デブリ取り出しに何年かかるかも分からないし、福島第一原発から発生した放射性廃棄物をどこに持っていくかも決まっていない。処理水の放出も約30年かけて行われる。

 こうした中で、見通しが立たないことや負担を強いられること、故郷が奪われることへの怒りは理解できるが、「復興のために処理水を早急に処分してほしい」と主張しても始まらない。むしろこれから廃炉作業が数十年から100年にわたり続くことを踏まえ、どう付き合っていくべきか、住民を交えて慎重に議論を進める必要があるのではないか。

 県外放出などの案もあるが、半減期12・3年であることを考慮すると、当面は保管し、放射性物質の減衰を待ちながら、トリチウム除去の技術を開発するのが現実的だ。併せて災害リスクに備え、タンクの耐震対策なども講じる必要がある。

 一方で、業界団体からの意見聴取やパブコメは行われたが、新型コロナウイルスが拡大した時期と重なったこともあり、一般の人にまで議論が広まっているとは言い難い。「もう時間がない」となし崩し的に方針を決めるのではなく、一般住民を対象とした公聴会を開催するなどして、より広く議論を進める必要がある。

 それにしても、国や東電に対し、こうした主張を強く言えない内堀雅雄知事には落胆させられる。

 太平洋に面する茨城県、宮城県などの知事が海洋放出について懸念を示す中、内堀知事は考えを述べるのを避け、「政府が方針を示したら県の考え方を明確に話す」と答えている(本誌10月号参照)。10月26日の定例記者会見でも「処理水の情報が十分に伝わっておらず、風評対策も具体的に示されていない。慎重に対応方針を検討してほしい」と言うに留めた。中央官僚出身ゆえ、国に対し意見しづらいのか。

 内堀知事は副知事時代、中間貯蔵施設建設受け入れの際、双葉・大熊両町との折衝役を担っていたとされる。そうした経緯もあって、両町への負担をおもんぱかり、海洋放出に意見を言うのを控えているのかもしれない。しかし、県民の声を受けて行政運営に取り組む為政者として、「なし崩しで海洋放出を進めるな。いま一度国民全員で議論しろ」ときちんと主張する必要がある。


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