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【高橋ユキ】のこちら傍聴席18|傍聴人動員で公開裁判を妨害

 裁判を傍聴するには、単に裁判所に行けばいいのではないか。そんなふうに思っている方もいらっしゃるかもしれない。確かに裁判所に行けば傍聴はできるが、実際のところ、いろんなハードルがある。

 最初のハードルは、地方都市であれば「裁判をやっていない」日があることだ。たまたま仕事が休みだったので、傍聴してみよう! と思い立って出向いても、刑事裁判はおろか、民事裁判もやっていなかったりする。裁判の数が少ない上に、曜日ごとに刑事裁判の日、民事裁判の日、など決まっていたりもするのである。

 そしてもうひとつ、地味だが大きなハードルは「傍聴人が多くて傍聴できなくなる」こと。目当ての裁判を傍聴するため法廷の前に辿り着いたとしても、傍聴希望者らがすでに行列を作っている場合がある。数十人ならば、まだ希望はある。だが、すでに行列が膨れ上がっているときは、前に並んでいた人たちによって全ての席が埋まり、傍聴が叶わないことがあるのだ。立ち見じゃだめなのか? 実は裁判所は法廷での立ち見を厳しく禁じている。満席であれば、裁判を傍聴することはできない。

 先日、これに関して傍聴人だけでなく世間を大いに騒がせるニュースがあった。横浜地裁の刑事裁判において、横浜市教育委員会が傍聴席を埋め尽くし、一般傍聴人も記者も傍聴できなくなるという異常事態が発生していたというのだ。

 横浜地裁の件は、多くの記者クラブ加盟メディアがすでに報じており、詳細をご存知の方も多いことだろう。〈市教委によると、2019年度と23、24年度に行われた4事件の裁判で、1回あたり最大50人の職員が市教委の呼びかけに応じ、裁判所に赴いた〉(5月21日読売新聞オンラインより)という。何のために教育委員会がそんなことを呼びかけたのかというと「第三者の傍聴を防ぐため」だったという。動員がかけられた事件は、教員や小学校校長が被告人となったものだった。

 なぜ第三者の傍聴を防ぐ必要があったのか。教員らによる不祥事を隠蔽する目的か? そんなことを真っ先に想像してしまうが、そもそもは違ったようだ。教育委員会は〈動員が始まったきっかけは、19年度の公判で被害者の保護者が一般傍聴者に事件の内容を知られるのを望まなかったことだと説明〉したという(5月21日東京新聞より)。つまり最初は被害者側が求めたのだった。だが、これも本来は教育委員会が被害者側に刑事裁判の実態をきちんと説明すべき事柄であったと思う。なぜなら裁判所は取り扱う事件について適宜秘匿決定を出し、公開の法廷でことさらに被害者のプライバシーが公にならぬよう、配慮しているからだ。動員がかけられたのは児童に対する性犯罪だという。通常、被告人が教員であろうとなかろうと、近年こういった事件で被害者の氏名が公になることはまずない。小学校の名称や、被告人氏名が分かることで、被害者が特定される恐れがある場合には、これらも伏せられる。

 すでに秘匿の措置が取られている公開裁判すら第三者に傍聴させぬように動員をかけるのは、明らかに過剰な対応であろう。教育委員会には猛省してほしい。また通常、注目裁判に多数の動員をかけているのは記者クラブ加盟の報道機関だったりもする。教育委員会の行為を責める資格があるのかどうかは疑問だ。


たかはし・ゆき 1974年生まれ。福岡県出身。2005年、女性4人で裁判傍聴グループ「霞っ子クラブ」を結成(現在は解散)。以後、刑事事件を中心にウェブや雑誌に執筆。近著に『逃げるが勝ち 脱走犯たちの告白』。

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