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ハンフォードモデルを問う④―【尾松亮】廃炉の流儀 連載29

 5月に成立した改正福島復興特措法では、旧避難指示区域内に国際研究拠点を創り、その周辺に新規住民の定住を進める方針が示されている。この復興構想では、「放射能汚染を受けた地域で産業立地を進め人口を増やした成功例」として米国ハンフォード核施設サイト周辺地域(通称ハンフォード地域)が見本とされてきた。

 かつてプルトニウム製造がおこなわれていた米国ハンフォード核施設サイト(Hanford Site)では「深刻な汚染が生じ」、80年代末からは環境除染や施設解体が実施されてきた。

 しかしハンフォード地域と呼ばれるワシントン州南東部三都市(Tri-cities=ケニウィック、パスコ、リッチランド)は直接の放射能汚染地域ではない。「クリーンアップによって汚染から復興した」事例として紹介するのは誤りである。

 他方、これら三都市で人口・雇用増加が達成されていることは事実である。これら三都市は、ハンフォード・サイトの「除染・解体」事業に依存しない地域経済創りに成功した重要な事例である。この「除染・廃炉」依存経済からの脱却の取り組みにこそ、もっと注目すべきだ。

 地元の中核研究機関であるPNNLの報告書(2009)によれば、これら地域ではハンフォード核施設関連の雇用が減少する半面、それ以外の分野での雇用創出に成功している。「1994年以降ベントン郡及びフランクリン郡での総雇用数は安定して増加(30%増加)しているのに対して、ハンフォード関連元請事業者による雇用者数は劇的に減少し、その後1997年以降平均7770人の水準で推移してきた」と同報告書は指摘する。ヘルスケアや食品加工産業など、ハンフォードの除染や解体以外の産業を発展させ、それが住民の所得増、住宅建設件数の増加などにつながったと評価されている。

 現地メディアの報道によれば、これら三都市や地域経済団体は「脱ハンフォード依存」を目指す取り組みを続けてきた。例えばトリシティズ経済ジャーナル(20年4月)は「地域コミュニティー、郡、町、特別区、トライデック(訳注=地域の産業組織)は一体となって、何十年もかけて連邦予算事業(訳注=ハンフォード関連事業)に高く依存した状態を脱却し、成長するために意識的な努力を重ねてきました」という地元経済人のコメントを伝えている。

 そして上述PNNL報告書の結論部では、次のように脱ハンフォード核サイト依存の成果を強調する。

 「これらの要因全てが総雇用数、個人所得、人口、就学者数、住宅着工許可件数や住宅販売数の顕著な増加に寄与している。これらの指標は、地域経済がどれだけハンフォードから独立したかを示している」

 日本で「ハンフォード地域」は「核汚染からの復興事例」として紹介されてきた。しかし現地ではむしろ「除染や廃炉事業依存から脱却し産業多角化を実現した」プロセスとして語られている。これら地域の社会・経済発展を参照し、福島県内の地域復興に生かすことはできるだろう。そのためには、「いかに福島第一原発廃炉や除染に依存しない地域経済を創るか」という観点からヒントを探る必要がある。「放射能汚染地域での人口増」というありもしない物語(ハンフォード・モデル)をでっちあげることではない。

おまつ・りょう 1978年生まれ。東大大学院人文社会系研究科修士課程修了。文科省長期留学生派遣制度でモスクワ大大学院留学。その後は通信社、シンクタンクでロシア・CIS地域、北東アジアのエネルギー問題を中心に経済調査・政策提言に従事。震災後は子ども被災者支援法の政府WGに参加。現在、「廃炉制度研究会」主催。
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