見出し画像

【畠山理仁】選挙も食事も文化である|選挙古今東西㊽

 面白そうな選挙があれば、自分が選挙権を持たない土地の選挙にも出かけてきた。知らない土地だから、まわりに知っている人は誰もいない。でも、せっかく見知らぬ土地を訪ねるのだから、地元で愛される美味しい料理を食べてみたい。

 そんなときに便利な一言がある。選挙事務所や街頭演説の現場に集まってきた人たちに「みなさんがおすすめする、ご当地の料理は?」と聞いてまわることだ。

 食事の話題は全世界共通だ。たとえその人が思いつかなくても、近くの人に「何がオススメ?」と聞いてくれる。食事をきっかけに輪が広がる。地元の言葉、慣習、政治的課題、候補者の人柄、有権者の温度などを短時間で一気に知ることができる。食事を端緒に打ち解ければ、その先の選挙漫遊は絶対にうまくいく。

 もちろん、実際に食べてみることが大切だ。多様な候補者や有権者に出会うことと同じように、地元の人が勧める料理には新たな発見がある。同じ名前の料理でも、自分が食べているものとは味が大きく異なることもある。まさに一期一会だ。

 かつて鹿児島の指宿を訪ねたときは、鹿児島発祥の「テーブルに座って食べる流しそうめん」を勧められた。川のほとりにいくつもテーブルが並び、卓上の丸い容器の中を上流で汲み上げた湧き水が回る。ザルの中のそうめんを自分で容器に入れて食べる。そして、卓上に置かれた醤油は「甘い醤油」が基本だった。

 ロシアを訪ねたときは現地在住の日本人から「寿司レストランが面白いよ」と勧められた。モスクワでの和食は超高級店だ。店内はお洒落なバーのように落ち着いた暗い照明の空間で、バーカウンターの壁にはネオンサインが光っていた。

 深いエンジ色のテーブルクロスの上には白いナプキンが置かれ、箸袋に入った割り箸が鎮座する。オススメだと聞いたイクラは、日本と同じように軍艦巻きで出てきた。醤油をつけて食べると、日本と同じ味がして安心する。一貫、口に入れて箸を置くと、蝶ネクタイ姿のロシア人女性スタッフが皿と箸を下げにきた。

 「あ! まだ他にも食べます」と声を掛けると、同じ人が新しい皿と割り箸を持ってきた。一品一品を大事にしており、一貫ごとに皿と箸を交換するらしい。メニューにあった「キュウリ」を頼むと、シャリの上には斜め薄切りになったズッキーニが一枚だけのっていた。

 「これは……」

 驚いてロシア人スタッフに聞くと、丁寧な口調で「醤油をつけてお召し上がりください」と教えてくれた。寿司は醤油を舐めるための言い訳に過ぎない。醤油は世界最強だった。

 食がその土地の文化であるように、選挙もその土地の文化である。選挙事務所でオススメ料理を聞いたら、「ここで寿司を食べていけ」と勧められたこともある。「昔はおにぎりの中に折りたたまれたお札が入っていた」というエピソードを教えてくれた人もいる。カニやお酒が提供される事務所もあった。公職選挙法的にはNGだが、そうした出会いも「選挙漫遊」の醍醐味である。


はたけやま・みちよし 1973年生まれ。愛知県出身。早稲田大在学中より週刊誌などで取材活動開始。選挙を中心に取材しており、『黙殺 報じられない〝無頼系独立候補〟たちの戦い』(2017年、集英社、2019年11月に文庫化)で第15回開高健ノンフィクション賞受賞。
政経東北で県議選を選挙漫遊↓

よろしければサポートお願いします!!