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ハンフォードモデルを問う②―【尾松亮】廃炉の流儀 連載27

『政経東北』2022年6月号より

 5月12日衆院本会議で、浜通りに整備する国際研究拠点の根拠となる福島復興再生特措法改正案が可決された。

 この法案の土台となった復興庁の有識者会議報告書(令和2年6月8日)は、福島第一原発周辺に新規定住者を増やすことで地域復興を目指す方向性を示している。その参考例が「放射能汚染が発生したが、人口増加・経済発展を実現した」米国ハンフォード・サイト周辺地域のモデルだという。

 放射能汚染を受けた地域でも経済社会復興を実現した先例があり、このモデルを参考にすれば福島第一原発隣接地域でも同様の人口増加・経済発展が可能、というストーリーが語られる。

 例えば、同有識者会議第2回(令和元年8月30日)では中村隆行氏(東日本国際大学福島復興創世研究所所長代行)が米国ハンフォード地域について次のように報告している。

 「ハンフォード地域は、過去の放射能汚染地域から、現在では、全米でも有数の繁栄都市(全米で6番目の人口増加率=2013年、全米312都市の中で最高の雇用上昇率= 2010年)となった」

 この報告を素直に受け取れば「放射能汚染地域で人口も雇用も増えた」と理解するのが自然であろう。同じ福島復興創世研究所の大西康夫所長(IAEA元アドバイザー)は「汚染に屈せず復興した米ハンフォード」と題する論考(『公明』2018年4月号)で、次のように「ハンフォード地域」の成功例を紹介する。「放射能汚染を低減させ、その風評被害から立ち直ることができた」(同論考21頁)、「かつてゴーストタウンと呼ばれていたのがうそのようだ」(同23頁)。

 しかしこのような「放射能汚染から復興を遂げた地域」という語りは、「ハンフォード地域」として紹介されたワシントン州南東部三都市(Tri-cities:ケニウィック、パスコ、リッチランド)の状況を正確に伝えるものではない。そもそも米国に「ハンフォード地域」なる居住地は存在しない。

 上記有識者らが言うように、かつてプルトニウム製造がおこなわれていたハンフォード核施設サイト(Hanford Site)では「深刻な汚染が生じ」環境除染や施設解体が実施されてきた。しかし、ハンフォード・サイト内で「放射能汚染を低減させた」地域に住民の定住を促す政策が実施されたわけではない。

 「福島第一原発周辺地域」にひきつけて「ハンフォード周辺地域の成功」が語られる際にも注意が必要だ。同じ「周辺地域」という言葉で呼ぶことがそもそも不正確である。

 「ハンフォード周辺地域」とされる三都市中、最もハンフォード・サイトに近いリッチランド市でも核施設サイトから15マイル(約24㌔)以上離れている。

 「ハンフォード地域」として紹介されたこれら都市は、問題となる核施設から一定の距離があり、避難指示が出るほどの直接の放射能汚染を受けた地域ではないのだ。

 このような前提条件の決定的な違いを十分に検討せずに「汚染に屈せず復興した米ハンフォード」というストーリーで語り、福島の浜通りに当てはめたのがハンフォードモデルなのだ。

おまつ・りょう 1978年生まれ。東大大学院人文社会系研究科修士課程修了。文科省長期留学生派遣制度でモスクワ大大学院留学。その後は通信社、シンクタンクでロシア・CIS地域、北東アジアのエネルギー問題を中心に経済調査・政策提言に従事。震災後は子ども被災者支援法の政府WGに参加。現在、「廃炉制度研究会」主催。
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