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【熟年離婚】〈男の言い分70〉

「もったいない」と妻がため込んだモノで満杯の家。整理でもめた末、亭主の私が整理された。


 K氏、63歳。昨年10月、2歳下の妻と離婚。

 今はもう、すっきり一人暮らしですが、それまでの“わが家”の、モノモノモノであふれ返った凄まじさといったら、いやはや、思い出すだけでもくたびれますよ。

 元・わが家は2階建てで、下は6畳二間、8畳のリビングとダイニングキッチン、2階は6畳二間と廊下という、ごく普通の家ですが、結婚生活35年間で2階建て“デラックス物置”に変身してしまいました。というよりゴミ屋敷寸前でしたよ。

 私らは見合いで、1年ほど付き合って結婚しましたが、私は単身赴任が何度もあったうえ、営業職で外に出ずっぱり。息子が二人生まれて―家の中のことは妻に任せっぱなしでした。妻は、パートをしながら、子育てもしっかりやってくれて、近所づきあいもいいらしく友達もいっぱいで、長年、よくやってくれていましたよ。それだけは感謝です。

 でもねぇ、50代で管理職になって少し落ち着いて、息子達も進学で家を出て、さてわが家中に目を向けると―何やらカニやらとモノが増えている。押し入れが満杯、は仕方ないとして、冷蔵庫も満杯。奥の方の食材は腐ってる。ダイニングテーブルの上は、調味料やら食べかけの菓子の袋、到来モノの箱で満杯。6畳の部屋は、彼女の“舞台衣装”がびっしり―子育てが終わったのを機に、彼女、カラオケ教室に通い始めて、それが何より楽しみのようでしたからね。発表会の前、妻がドレス姿で自分の持ち歌を私に聞かせたものですが、まぁまぁで、今思えばそれがただ一つの“夫婦円満”シーンだったかな。

 他の部屋も大変ですよ。買い物の紙袋。ほら、取っての付いた、厚紙のしゃれたやつ、あれがごっそり貯めてある。リビングも訳のわからないもので埋まっていって、私の居場所などありませんよ。「片づけろ」「いつか役に立つ」と毎日言い争いです。「いつ、何の役に立つんだ!?」「そのうちわかる!」「戦争でも起きるのか!?」の言い争いの延々の繰り返し。しまいには「あなたは男のクセに細かい!」とキレる。仕上げに「最後はブルドーザーで家ごと一気に片づけてもらうから」と開き直って一時休戦。この繰り返しにはほとほとくたびれましたよ。


 辛うじて布団が敷ける寝室も、何やらカニやらモノが増えて来る。2階の元・息子達の部屋もじりじりモノが侵入して来る。見ると、もう着なくなったらしい、妻の服、服、服。言い争いももう面倒で、私は2階の部屋に避難。―それから1年半の家庭内別居になりました。今時、スーパーやコンビニでいくらでもちゃんとした食事が買えるし、トイレと風呂だけ共有すれば、家庭内別居も快適なものですよ。―私の友達で、家庭内別居が結構あるのが頷けます。

 家庭を持った息子達は、盆暮れには家族で来てくれる、孝行な奴らですが、家の中の恐ろしい状態がわかっているので泊まるのはホテル。食事も外食です。―ここでも妻は、コーヒーの砂糖の残りと使わなかった小さいミルクを持ち帰る。「いつか役に立つ」日のために―。

 こういう妻の行動は、もしかしたら若年性の認知症の兆しかも―と心配になって、飲み友達に相談したら、「俺んちもおんなじだよ。モノが増えるばっかりだが、お前のとこがちょっとスケールが大きいだけ」と一笑に付されました。「断捨離」なんていうのが流行った時期があったけど、あれって何だったんだろう。

 女性は、太古の時代、男達が命がけで狩りや闘いに出た後、木の実やら何やら、何でもカンでも洞穴にため込んだだろう“習性”が脈々と伝え継がれているんですかね。
 
 今、思い出すと、見合いの後の何度かのデートの度に、彼女はコーヒーの砂糖の残りの袋を丁寧に折り返して持ち帰っていた。その姿を、私は「モノを大切にするひとだな」と好感を持ったっけ―あらら、これがモノ屋敷の始まりになるとは。

決 裂

 そんなこんなで、妻と戦う気力も失せて暮らしているうち、“事件”が起きました。

 ある朝、階下に降りようとして驚いたことには、階段全部の端に、荷物が置いてある。開けて見ると、息子達のこどもの頃の服やら下着やら靴やら、妻の古くなったらしい舞台衣装やらイミテーションのネックレスやら髪飾りやら―ついでに私の古いスーツも―。ちょうど「燃えるゴミの日」だったので、私は全部それを捨てに行きました。一度では捨てきれない量なので、家とゴミ捨て場を往復。最後の“ゴミ”を持って家を出ようとした時、物音に気付いたらしい妻が起きて来ました。「何してんの?」とオソロシイ形相で。


 それからは修羅場です。

 「私の大事なものを無断で捨てた」という妻の怒り。「こんなゴミ屋敷にしたのは誰だ」と私。長年溜まったお互いの言い分の激突ですから留まるところを知らない。妻は「男のくせに細かい」のいつもの“刀”で切りかかっただけでは止まらず、「いつも通っているバーのママとあやしい」と“飛び道具”も出して来た。とんでもない言いがかりに、こっちも激高。「片づけられないのは頭が悪いせい」と―闘いは終わりが見えない。そのうち妻は最後の手でわんわん泣き出す。お手上げです。

 どうせ、家庭内別居も長くて、お互いそれがかえってラクなので、話し合ったところ、「あなたが出て行ってよ」と離婚成立。整理されるべきおびただしいモノの中から、一番大きなモノ・亭主が整理されました。 そうですね、妻があれほどのゴミを持って行ける所などあるはずないし―前に単身赴任した街の、温かい人情が忘れられず、その街の古い公営住宅に移りました。これからの長い第二の人生をどう過ごすか考えるのも、楽しみの一つですね。

「熟年離婚の手引き」ってか!

 ついこの間、歯医者に行ったんですが、待ち時間の退屈しのぎに、備え付けの週刊誌の棚を眺めると、女性週刊誌の表紙の見出しに「賢い熟年離婚」とあるのが目に飛び込みました。

 思わずそのページを見てびっくり。「熟年離婚」を妻がどう有利に進めるか、別れる時の財産分与、夫婦の財産の名義のチェック、もらえる金の目安、その後の住まい、生活費の概算、熟年離婚してせいせいした人の感想、逆に失敗して後悔している人の例などが、事細かに紹介されているんです。―こんな時代になったんですねぇ。因みに、その記事によると、今日の離婚の20%が「熟年離婚」だそうです。男性はしっかり脇をしめていないとね。

 妻は離婚で「せいせい」組のようで、カラオケの発表会の案内状を送ってくれたりしています。息子達の情報によれば、相変わらずのモノモノ屋敷のようですが、「どうせ、最後はブルドーザーで一気にパァにするんだから!」と言う、彼女の明るい笑顔が時たま浮かんできます。(橋本 比呂)




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