ハンフォードモデルを問う①―【尾松亮】廃炉の流儀 連載26

 今年2月、浜通りに整備する国際研究教育拠点の根拠となる福島復興再生特措法改正案が閣議決定された。この「教育拠点」の立地は「避難指示が出ていた地域」ということ以外には決まっていない。

 法案の基となる復興庁の「有識者会議報告書」(令和2年6月8日)は福島第一原発周辺で、新規定住者を増やすことで地域復興を目指す方向性を示している。しかし原発隣接地では、元々の地域住民でさえ帰還・定住することをためらう、或いは断念せざるを得ない状況がある。

 そしてその大きな理由の一つが「原子力発電所の安全性に不安があるから」というものである。同庁の意向調査で、「戻らない」と決めた住民の少なからぬ割合(大熊町令和3年11月では22・5%、双葉町令和3年8―9月では27・4%)が「原子力発電所の安全性に不安があるから」という理由を選んでいる。

 だとしたら、「不安を持たれている事故原発」「何を完了とするのかもあいまいなままの廃炉現場」の隣接地に新しい住民が多く移住・定住することを期待できるのだろうか。

 そもそも福島第一原発に隣接する自治体には「きわめて放射線量が高く政府が長期にわたって住民の立ち入りを制限する」とされる「帰還困難区域」が残っている。政府は同区域内に設定された「特定復興再生拠点区域」で「家屋等の解体・除染に着手し、2023年春頃までの特定復興再生拠点区域全域における避難指示解除を目指している」(同報告書3頁)。しかし、この特定復興再生拠点は駅周辺等一部のエリアに限られ、そこに居住できると見込まれる人口も震災以前の対象自治体の人口と比べると限定的である。

 「どんな状態を目指すのか曖昧な廃炉」の現場に隣接した地域、「きわめて放射線量が高く政府が立ち入りを制限」してきた区域を抱える地域で、拠点整備を徹底すれば、新しい住民を多く呼び込むことができるものだろうか。

 「有識者会議報告書」は、浜通り地域で新規住民の移住・定住を進める政策の根拠として、米国ハンフォード・サイト周辺地域の成功例を参考にしている。同報告書は「ハンフォード周辺のまちづくり」を「モデルとなるもの」として次のように紹介する。

 米国ワシントン州のハンフォード・サイトでは1940~80年代にかけて軍事用プルトニウムの精製が行われ放射能汚染が発生した。これに対し、環境浄化のために多くの研究機関や企業が集積し、その後、それらが廃炉・除染プロセス以外の新たな研究や産業発展に結び付いた結果、周辺地域は、人口増加・経済発展をする全米でも有数の繁栄都市となっている」(同報告書9頁)

 米国では放射能汚染が発生した地域で、除染・廃炉関連の研究機関や企業が集積し人口増加・経済発展を達成した成功例がある。その成功例・ハンフォードモデルを参考に、「福島浜通り地域の産業基盤を回復する」国家プロジェクト(イノベーションコースト構想)を推進する。これが「有識者会議報告書」の示す方向性である。

 このハンフォードモデルなるものが何なのか、そのモデルは参考事例として適切なのか、検証してみたい。

おまつ・りょう 1978年生まれ。東大大学院人文社会系研究科修士課程修了。文科省長期留学生派遣制度でモスクワ大大学院留学。その後は通信社、シンクタンクでロシア・CIS地域、北東アジアのエネルギー問題を中心に経済調査・政策提言に従事。震災後は子ども被災者支援法の政府WGに参加。現在、「廃炉制度研究会」主催。

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