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【福島県】「凍天」復活の舞台裏

商標を買い取った福島市企業の狙い


 東北自動車道国見サービスエリア(SA)下り線の商業施設改良工事が完了し、9月29日にオープンした。大きな話題を集めたのが、飲食コーナーにおいて「凍天」(しみてん)が販売されたことだ。同商品を製造・販売していた木乃幡は昨年5月に倒産・事業停止したが、なぜ復活することになったのか。その背景をリポートする。

 凍天は油で揚げたドーナツの中に凍餅が入った菓子で、南相馬市などで愛されてきたソウルフード。近年は「秘密のケンミンSHOW」などの人気テレビ番組で「ご当地スイーツ」として取り上げられ、知名度を高めていた。

 しかし、製造・販売元の木乃幡(南相馬市、木幡喜久雄社長)が売上低迷や新工場設置に伴う借入金の増加により、昨年5月、倒産に追い込まれた。2018年6月末時点の負債額は約7億7400万円(詳細は本誌昨年7月号「東電に〝殺された〟凍天の木乃幡」を参照)。

 多くの凍天ファンが「もう凍天を食べられない」と思っていたわけだが、そんな中、国見SA下り線の商業施設で凍天が復活したという情報が入り、早速、改良工事を終えてオープンしたばかりの同施設を訪ねた。

 販売しているのは、テークアウト店「串乃坊BEN―K(くしのぼうべんけい)」で、米沢牛串や伊達鶏から揚げ串と並んで凍天が販売されていた。店の前には行列ができており、凍天に関しては1時間待ちという人気ぶり。実際に味わってみると、カリっとしたドーナツとモチっとした凍餅の二つの食感の組み合わせが抜群で、安定のおいしさだった。ツイッターにも凍天ファンによる喜びの声が投稿されていた。

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国見SA下り線で復活した凍天

 それにしても、なぜ製造・販売元が倒産したのに、復活することになったのか。

 「串乃坊BEN―K」の運営会社で、国見SA下り線の施設全体も運営する名鉄レストラン(愛知県一宮市)に問い合わせたところ、もともと同社は木乃幡とフランチャイズ契約を結び、同SA下り線で凍天を販売していた経緯があり、原材料を仕入れ揚げ方の指導も受けていたという。

 ところが、昨年4月末に木乃幡と急に連絡が取れなくなり、前述の通り同社は倒産。原材料を仕入れることができなくなったため、やむなく販売を停止した。そんな中、今年に入り、思わぬところから販売再開の提案を受けた。

寝耳に水の提案

 名鉄レストラン営業部営業主任の山口慎吾氏がこう説明する。

 「キノシタコーポレーション(福島市、木下秀之社長)という会社から突然連絡があり、『木乃幡から凍天の商標の権利と機材を買い取った。販売を再開しないか』と持ち掛けられたのです」

 キノシタコーポレーション(以下キノシタ社と表記)は1980年設立。資本金3000万円。化粧品「ヴァーナル」の販売代理店や回転寿司「佐助 北海グルメ」の運営など、さまざまな事業を展開している。

凍天未入稿の写真

キノシタコーポレーション本社

 本誌では2000年9月号「県内高額納税者ランキング」という記事の中でキノシタ社を取り上げており、当時社長だった木下秀一氏(木下秀之社長の父)にコメントをいただいた経緯がある。

 キノシタ社に取材を申し込むと、木下社長が凍天の商標の権利を買い取った経緯を次のように明かした。

 「機会があれば凍天を食べていましたが、直接木乃幡さんを存じ上げていたわけではありませんし、倒産については皆さんと同じように新聞記事で知りました。ただ、今後のビジネスチャンスとして凍天の商標に興味があったので、木乃幡さんの破産管財人を調べ、こちらから連絡しました」

 当初、破産管財人からは、宮城県名取市にある工場などの不動産を含めて買い取ってもらうことが商標の権利を譲る条件と言われた。木下社長は実際に名取市の工場に足を運び、現地を確認したが、さすがに福島からは遠く、一からやり直す事業としては〝オーバースペック〟だったので「不動産は引き受けられない」と伝えた。

 すると、破産管財人から「商標だけを買い取りたいのであれば、他にも手を挙げている会社があるので入札になる」と告げられたため、木乃幡の木幡社長と直接面会してこう訴えた。

 「木乃幡や凍天をここまで育てたのはあなたであり、あなたの凍天の志も引き継ぎたいと思っています。木乃幡という屋号も凍天の商標も変える気はありません。ただ、商品のクオリティーが落ちたとは絶対に言われたくないので、買い取りが成立した時は凍天の作り方などノウハウを教えてください。それが可能なら入札に参加します」

 その後、凍天の商標の権利と、凍餅などを製造する機材に関する入札が行われ、結果的にキノシタ社が落札することになった。

 木下社長が話していた通り、今回の復活に併せて開設された「凍天処 木乃幡」公式ホームページと公式インスタグラムアカウントには、木乃幡の屋号や凍天の商標がそのまま使用されている。

 ちなみに、前述した名取市の工場は、菓子製造販売業のラグノオささき(青森県弘前市)という会社が今年1月に取得していた。

今後のビジョン

 ここまでの経緯をまとめると、復活した凍天は、倒産した木乃幡から商標・機材を買い取ったキノシタ社が展開しており、キノシタ社とフランチャイズ契約を結ぶ名鉄レストランが国見SA下り線の商業施設で販売しているわけ。

 「凍天の販売を再開すると、週末は1日で最高1800個売れました。平日も平均700個ほど売れており、おかげさまで大盛況です。売れすぎて、お客様をお待たせする状況が続いていることは大変申し訳なく思っていますが、フライヤーを増設しスタッフも増員したりと、改善を図っているところです」(名鉄レストランの山口氏)

 売り上げ好調の凍天だが、木下氏に今後の展開を尋ねると、このように述べた。

 「①フランチャイズ展開による卸売、②直営店、③通販――の3ルートでの展開を考えています。①フランチャイズ展開に関しては、名鉄レストランさんに第1号として稼働していただいていますが、ほかのSAや道の駅などにも出店できないか検討しているところです。②直営店に関しては、JR仙台駅、福島駅、郡山駅などの主要駅に出店を検討しており、JR東日本さんと打ち合わせをしている段階です。③通販に関しては、以前も販売していた実績があり、楽天市場で賞をいただくくらいの人気だったので、時期を見て再開していく予定です」

 キノシタ社が築いてきたこれまでの実績や今後の経営ビジョンを考えると、県内各所や県外で凍天を味わえる日は遠くなさそうだ。

 自ら行動を起こし、凍天の復活に新たなビジネスチャンスを見いだした木下社長。取材の最後には「本業の化粧品販売や飲食店経営だけでなく、新しいビジネスチャンスを求めて常にアンテナを高くしておかないと生き残っていけません」と力強く述べた。

 ちなみに、名鉄レストランがフランチャイズ契約で凍天の販売を始めたきっかけも、前出・山口氏がたまたまインターネットでフランチャイズ募集のニュースリリースを見たことだったという。それだけ情報収集が重要ということだろう。

倒産の理由

 もっとも、いくら凍天が復活しても、木乃幡と同じく経営に行き詰まる可能性もゼロではない。本誌昨年7月号では、同社倒産の理由を次のように指摘した。

 《東京電力による営業損害賠償はわずかだった。売上の3割強を占める福島本店が定期借地権契約終了により閉店を余儀なくされた。総工費6億円の自社工場建設が収益を圧迫するなど、経営状況は次第に悪化していった》

 確かに、原発事故によりいわゆる風評被害が発生して売り上げが大幅に下がったにもかかわらず、東京電力の営業損害賠償がわずかだったのは許されることではない。とは言え、テレビ番組などで知名度を上げた企業がなぜ倒産に追い込まれたのか、何も手立てはなかったのか、不思議に思う部分もあった。

 そこで、実際に凍天の製造・販売に携わっている山口氏と木下社長に「木乃幡が倒産した理由は何だと思うか」と率直に尋ねると、それぞれ見解を話してくれた。

 山口氏は「凍天の売価が安すぎたと思います」と指摘する。

 「当社では現在1個200円で販売していますが、木乃幡さんは当時130円で販売していました。セールの日は100円で販売することもありました。揚げる手間や時間を考えると、以前の売価は安すぎたと思います」
 少しでも多くの人に買ってもらうため価格を下げたものの、薄利多売になってしまった。そこに、震災・原発事故が起こり、決定的なダメージを受けて倒産に至ったのではないか、と。

 一方の木下社長は「名取市に新設した工場や機材など、あらゆるものがオーバースペックで、投資に見合ったリターンは到底見込めないと感じました」と話した。震災・原発事故前から過剰投資だったというわけ。

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宮城県名取市にあった木乃幡の工場(2019年6月撮影)


 さらに、2人が共通して語っていたのは「木乃幡はすべてが『ざっくり』していた」ということだ。例えば凍天の作り方については、マニュアルがなく、実際に作り方のレクチャーを受けても、ほとんど感覚による指導で再現するのに苦労したという。この反省を生かし、キノシタ社は凍天作りのマニュアルを作成した。主力商品の製造がこれだから、おそらく経営面も相当ざっくりしていたのではないか。

 こうして見ると、木乃幡は、凍天というオリジナル商品を生み出した「職人」としては一流だったが、ビジネスを展開する「経営者」としては少し物足りなかったということかもしれない。

 果たして、復活した凍天は県内外で幅広い人気を得て、ビジネスとして成功するのか。現時点では、前述した国見SA下り線でのみ味わうことができる。


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