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【原発事故関連訴訟】問われる内堀知事の姿勢(牧内昇平)

2022年5月号より

 内堀雅雄知事は国・東電の味方なのか。避難者を含めた市井の人びとを大事にするのか。一体どっちなんだ? こんな声が各方面であがっている。原発事故集団訴訟の原告たちは「賠償基準見直しに関与すべし!」と要求。避難先立ち退きの裁判を起こされた人たちは「知事が法廷で説明を!」と訴える。どう応えるのか。問われているのは内堀氏の姿勢である。

 「事故から11年を迎えた今、最高裁決定が示されたことを、国および東電関係者はもちろん、福島県においても厳粛に受け止めるべきです。原発事故被害者の早期救済に全力を尽くさなければなりません」

 3月28日、福島県庁近くのビルの一室。「生業を返せ、地域を返せ! 福島原発訴訟(生業訴訟)」原告団長の中島孝氏が厳しい表情で語りかけた。相手は、県庁原子力損害対策課の黒澤涼一課長(当時)だ。

 〈要請項目一、福島県は、原子力損害賠償紛争審査会(原賠審)に対して、最高裁決定を受けて、賠償指針を直ちに見直すよう要請すること。二、福島県は、原賠審に対して、賠償指針を見直すに際しては、原発事故被害者に対する聞き取りなど被害実態の把握に従前以上に努めるとともに、原発事故被害者を指針策定に関与させるよう要請すること〉

 原発事故の損害賠償を求める集団訴訟は全国各地で起きている。この日の福島県への要請には、「生業訴訟」の原告団だけでなく、千葉、群馬の地裁に提訴した原告も加わっていた。千葉訴訟の瀬尾誠氏、群馬訴訟の丹治杉江氏が、中島氏と共に要請書を渡した。

内堀知事宛ての要請書を提出する原発事故訴訟の原告たち。前列右から丹治杉江氏、中島孝氏、瀬尾誠氏。左端は県庁の黒澤涼一課長(当時)=3月28日福島市内、牧内昇平撮影

 3人はいずれも厳しい表情だ。県として原発事故の被害と十分に向き合え――。その気迫が通じたのか、要請書を受け取った黒澤課長が割合大きな声で返答した。

 「被害者の立場に立った賠償に改めるよう、県としても取り組んでまいります」

 事故賠償の水準は、国の組織である原賠審が決める。いわゆる「中間指針」だ。この指針に沿って東電が賠償している。しかし、その賠償額が実態に見合っていないということで、3訴訟の原告たちは訴えてきた。国と東電の法的責任を追及し、賠償の上乗せを司法の場で求めてきたのだ。

 事故から11年が経とうとする今年3月2日、これらの裁判が一つの重大局面を迎えた。最高裁が東電の上告を退ける決定を下したのである。3訴訟の高裁判決はすべて、東電に上乗せ賠償を命じてきた。最高裁決定によって、東電の法的責任と、中間指針の水準を上回る賠償支払い義務が確定することになった。

 判決確定の意義はとても大きい。裁判の原告たち以外にも影響を及ぼす可能性があるからだ。なぜ、そう言えるのか。本誌2020年11月号「仙台高裁が断罪した国の責任」にも書いたが、もう一度、生業訴訟弁護団事務局長の馬奈木厳太郎氏の解説を聞こう。

 「生業訴訟については『代表立証、共通損害、一律賠償』という判断枠組みです。つまり、区域ごとに『誰であっても少なくともこれだけの精神的苦痛に関わる損害を被ったであろうという損害』を請求してきました。判決も『区域ごとにいくら』という形で判断を示しています」(馬奈木氏)

 この判断枠組みに則れば、たとえ裁判の原告に加わっていなくても、事故当時同じ地域に住んでいた人は同額の賠償を受ける権利があるという理屈になる。では、どうする。福島に住んでいた人全員に裁判を起こさせるのか。そんなのはナンセンスだ。中間指針自体を見直せば済む話なのである。判決を参考にして指針を大幅に見直せば、県民ひとり一人に救済を広げることができる。

 さて、注目されるのはここで福島県がどう動くかだ。裁判の結果を正面から受け止めれば、原賠審による中間指針の見直しは中途半端なものでは許されない。多くの県民のプラスになるように見直すべきだ。そのために一肌ぬぐのが県庁と知事の仕事ではないだろうか。

 福島県は積極的に動いてくれるのか。3訴訟の原告たちは要請書の提出後、黒澤課長らと話し合った。その結果はどうやら芳しくなかったようだ。生業訴訟の中島氏はその後の記者会見でこう語った。

 「福島県には『最高裁決定を使って積極的な被害救済に取り組む』という力強い表明をしていただきたかった。ところが、今日はそういう風にはならなかった。県知事からも明確な発信はありません。我々生業訴訟が当初から訴えてきたのは『全体救済』です。福島県民の福祉の増進、やわらかい言葉で言えば、我々の命と暮らしを守る責任が内堀県知事にはあるわけです。その大きな責任を第一番に果たすべきだと思います」

 千葉訴訟の瀬尾氏はこう話した。

 「県庁の担当課の人に今日お会いした感想を一言でいうと、『どうも弱腰だな』と思いました。被害者が『まだまだ被害は終わっていない』と言っているのに、県庁の方は『原賠審の判断で見直すだろう』というような言い方をされていて、こちらは非常に心もとないと感じました。福島県は県民の状況が本当に分かっているんだろうかと、改めて疑問をもちました」

県民の重大事でもコメントせず


 筆者も4月に入ってから県庁の担当課に聞いてみた。黒澤課長は人事異動で新任の熊田雅宏氏に交代していた。熊田課長が電話で回答してくれた。

 「いま、生業訴訟を含めた確定判決の内容を分析しています」

 生業訴訟の場合、高裁判決は一昨年の9月30日のことだ。確定するまで分析、精査してこなかったのか。なんとも頼りない回答に聞こえた。課長は続けた。

 「国会でも原賠審の開催への言及がありました。できるだけ早めに開催していただいて、議論を深めてほしいと思っています」

 〝国に決めてもらいたい〟と言っているように聞こえてしまった。

 ここで、これまで生業訴訟の地裁・高裁判決が出た時に内堀氏がどう反応してきたかを紹介しよう。定例記者会見でのコメントである。

 「司法の判断について、福島県として直接コメントすることは差し控えさせていただきます。原子力損害賠償については、被害者の皆さんそれぞれの立場に立った賠償を迅速に的確に行っていただきたいと考えています」(2017年10月、福島地裁判決後)

内堀雅雄知事

 「司法における判断について、県がコメントすることは差し控えますが、(中略)今後、国に対し判決の内容をしっかりと精査するよう求めてまいります。原子力損害賠償については、被害者それぞれの立場に立った賠償が、迅速かつ的確になされるよう、県としても取り組んでまいります」(2020年10月、仙台高裁判決後)

 残念ながら今年3月2日の最高裁決定については定例記者会見で質問が出ていないようで、知事のコメントは確認できなかった。

 地高裁判決時の内堀氏のコメントは曖昧だ。たとえば高裁判決は、帰還困難区域と大熊町・双葉町の人々には150万円の上乗せ賠償を命じた。中間指針がカバーしていない会津地域についても子どもと妊婦限定で一定の賠償が必要だとの判断を示した。具体的に中間指針のどこをどう直せばいいのかを裁判所が示した形だ。

 これらについてどう考えるのか。内堀氏は少なくとも判決直後の記者会見で考えを明らかにしていない。「司法の判断についてはコメントを差し控える」と言う。だが、県民に大きな影響を及ぼす事柄について、知事がコメントを控えねばならない理由はあるのか……。

 この期に及んで「静観」は許されないだろう。内堀氏を会長とする「県原子力損害対策協議会」はこれまでも、国に対して「被災地の実情に応じた『指針』の適時適切な見直し」を求めてきた。しかし、さらに踏み込んだ姿勢を筆者は期待したい。

誰が住宅提供を打ち切ったのか


 もう一つ、興味深い展開になっている裁判がある。本誌昨年9月号などで書いてきた「あべこべ裁判」である。原発事故で都内の国家公務員住宅に「区域外避難」した人に対して、福島県が住宅からの立ち退きを求めて提訴した。避難者が「原告」として行政に補償を求めるならいざ知らず、逆に行政から「被告」として訴えられてしまうという「あべこべ」の裁判だ。3月25日に福島地裁で開かれた口頭弁論後、被告(避難者)側の柳原敏夫弁護士はこう話した。

あべこべ裁判の口頭弁論後の集会。写真左が柳原敏夫弁護士=3月25日福島市内、牧内昇平撮影

 「福島県の住宅提供打ち切りが違法かどうかは、内堀さんを証人に呼ばなければ分かりません! すべては彼にかかっています」

 2017年3月末、福島県は区域外避難者への住宅無償提供を打ち切った。県から訴えられてしまった避難者側が裁判で強く主張しているのは、「県による立ち退き要求の是非を決める前に、そもそもの政策決定が妥当かどうかを議論すべきである」という点だ。住宅無償提供打ち切りは、いつ、誰が、なぜ、決めたのか。被告側代理人の柳原氏が法廷で問いただしたところ、福島県側は書面でこう返答した。

 〈2015年6月15日。第42回新生ふくしま復興推進本部会議である。上記会議の本部長は福島県知事である〉

 被告側の「誰が?」という質問に対して、「新生ふくしま復興推進本部会議」という組織の名を答えるのは適当ではない。災害救助法施行令3条には、〈内閣総理大臣が定める基準によっては救助の適切な実施が困難な場合には、都道府県知事等は、内閣総理大臣に協議し、その同意を得た上で、救助の程度、方法及び期間を定めることができる〉と書いてあるからだ。避難者たちにいつまで住まいを提供するかを決めるのは内堀知事に他ならない。したがって知事本人の証人出廷が必要だというのが、避難者側の主張である。

 避難者側が証人出廷を求めているのは合計6人。憲法や国際人権法に詳しい専門家(大学教授)が2人。2015年6月15日時点で東京都庁の住宅政策トップを務めていた人物が1人。あとは被告(避難者)2人。いずれも重要だが、やはり直接の政策決定者である内堀氏の証言に注目が集まるだろう。

 証人尋問を行うかどうかは裁判所が決める。「あべこべ裁判」を担当する裁判官が内堀氏を証人として呼ぶかは今のところ分からない。3月25日の法廷で、裁判官は被告2人の証人尋問実施を示唆した。知事については言及しなかった。そこから察するかぎり、あまり積極的ではないのかもしれない。被告側代理人の柳原氏は「被告本人の証人尋問を行う前にもっと双方の主張の整理を綿密に行うべきだ」と主張。証人尋問の件は先送りとなった。柳原氏はこう語る。

 「我々は今後も福島県の決定は『違法である』と徹底的に主張します。もちろん原告側(福島県)も『違う』と言ってくるでしょう。これだけ原告、被告双方で対立があるならば、あとは知事本人に聞くしかないという話になるはずです。真相解明の論点整理を徹底すれば、裁判所も簡単には知事の証人申請を蹴るわけにはいかなくなる、と思っています」

 筆者も内堀氏の証人出廷が必要だと思う。この裁判で福島県の主張が認められたら避難者たちは住むところを失うことになる。生きるか死ぬかの重大な話だ。裁判所は慎重に判断しなければならないし、福島県と内堀氏には説明を尽くす責任があると言えよう。なぜ住宅無償提供を打ち切る必要があったのか。裁判を避ける方法はなかったのか。「しかるべき者」がきちんと説明すべきだと筆者は考える。

 内堀氏は無償提供打ち切り直前の2017年3月、記者会見でこう述べた。

 「一世帯、一世帯、事情を丁寧に伺いながらきめ細かく対応してまいります」

 有言実行を求めたい。

「命と暮らしを守る責任がある」


 以上、二つの裁判について内堀県政の対応が注目されていることを書いてきた。これは裁判だけの問題ではない。

 内堀知事と福島県庁は原発事故で困っている人たちとの対話に熱心かと問われれば、筆者は首をかしげざるを得ない。住宅問題だけでなく、被ばくの健康被害を心配する声に対しても冷淡な対応をとっていると思う。生業訴訟の中島氏の言葉を借りれば、「我々の命と暮らしを守る責任が内堀県知事にはある」。

 命と暮らしを心配する人たちの声を、内堀県政は十分に聞いてきただろうか。

 自らが立候補を明言していないにもかかわらず、諸方面から「三選出馬を!」とラブコールを受ける内堀氏である。その盤石な政治力を見事に発揮すべき時だ。国に対して賠償基準の大幅見直しを迫り、住まいを奪われそうな避難者の声を真摯に聞いてほしい。問われているのは、内堀氏の姿勢である。

 ※次の原賠審は4月27日の開催になった。どれくらい大幅な改訂になるのか。県の積極的な関与を期待したい。


まきうち・しょうへい。41歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。公式サイト「ウネリウネラ」(https://uneriunera.com/)。



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