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【高橋ユキ】のこちら傍聴席16|積年のDVにのこぎりで報いた老婦

 昨年3月、いわき市山田町に住む75歳の女性が、殺人容疑でいわき南警察署に逮捕された。女性は同年1月14日午前3時ごろから15日午前10時ごろまでの間に、自宅1階の畳敷きの部屋で就寝中の根岸三男さん(当時77歳)に馬乗りになり、両手に体重をかけて根岸さんの首を締め、窒息させて殺害したとされている。自宅には女性の実子も同居していたというが、女性は根岸さんとは苗字が異なっていた。逮捕後、女性の責任能力を調べるために3カ月かけて精神鑑定が実施され、その結果「刑事責任を問うことは困難と判断」(地検)とされ、不起訴となっている。

 一家は約20年ほど前に移り住んできて、根岸さんは秋田県でブリーダーをやっていたという。年老いた二人の間に何があったのかは永遠の謎となったが、かつて神奈川県でも同じ3月に、この妻と同年代の女が自宅で夫を殺害した事件があった。

 事件が起きたのは3年前の2021年。当時76歳の妻は、茅ヶ崎市の自宅で83歳の夫に馬乗りになり、のこぎりで首を切り付け殺害した。庭に植えられていた木々はかつて敷地を囲むように生い茂っていたというが、逮捕された時には全て刈り取られており、家屋が丸見え。事件前に妻が切り落としたのだという。どういった事情があったのか。同年9月に横浜地裁で開かれた裁判員裁判を傍聴したが、妻は夫を殺害した理由を明確に話すことはなかった。

 乱れたグレイヘアに、銀縁眼鏡、薄緑色の半袖ブラウスと黒いパンツという服装の妻は、ヨロヨロとした足取りで弁護人席の前にある長椅子に座った。夫に馬乗りになり、その首を切ったという行為が結びつかないほど弱々しい。

 罪状認否で起訴状の内容を認めていたが、公判はスムーズには進まなかった。最初は静かだった妻はおもむろに身体全体を動かして音を立て始めたのである。背中を丸め、また背中を起こし、自分の額を手のひらで何度も叩く。これを繰り返しているうちに勢いがつき、床に倒れ込んでしまった。さらには足を踏み鳴らし、机も叩き始めたことから、裁判は中断し、しまいには退廷させられていた。

 法廷では奇怪な行動を見せた妻はしかし、逮捕当時には夫を殺害した理由をしっかり語っている。

 「夫を殺しました。今の気持ちはほっとしたという感じです。力で負ける女の自分は夫を殺せるか分からなかった。殺すことができてほっとしている。見合い結婚したが、好きだと思ったことは一度もない。暴力振るうところが一番嫌いでした。顔を殴られたことは3回あります。殴られそうになったり、ものを投げられたことは何度もあります。

 他にも嫌いなのは、お金をくれないところです。工場勤めだった夫は、結婚3カ月後から、給与を渡さなくなり、最初のボーナスもくれませんでした。給与はほとんど酒やパチンコなどの遊びに使っていた。私は働き詰めで家計を支え、子供を育ててきました」(調書より)

 そのうえ夫は「長年風呂に入らず部屋を出るのはトイレの時だけ。家族が渡すパンやおにぎりなどの軽食を食べ生活していた」(同)のだという。そんな暮らしが続き、妻は殺害を決意したのだった。

たかはし・ゆき 1974年生まれ。福岡県出身。2005年、女性4人で裁判傍聴グループ「霞っ子クラブ」を結成(現在は解散)。以後、刑事事件を中心にウェブや雑誌に執筆。近著に『逃げるが勝ち 脱走犯たちの告白』。

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