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翻訳と外国語能力の話

日本は邦訳がかなり多い国とされます。
岩波文庫を指しましても、かなり海外のマニアックな古典が邦訳されており、比較的外国語を学ばずとも用意に海外の文献を読むことができる国であります。

一つの例として、手前味噌ではありますが、聖書をあげようと思います。

聖書はごく一部の言葉を除き、多くの世界の言葉に翻訳されています。

今回は、英語訳+αと日本語訳聖書の見比べをしてゆきたいと思います。

まずは、マタイ福音書の13章44節を見たいと思います(新共同訳聖書)。

天の国は次のようにたとえられる。畑に宝が隠されている。

しかし英語訳ではこうなります(King James)。カッコ内は直訳風にしてみたものです。

Again, the kingdom of heaven is like unto treasure hid in a field;
(加えて、王国は野に隠された宝のようなものである)

微妙に違いますね(しかし他の日本語訳聖書を見ると、わりと逐語訳風になっているものも多いです)。

またイエスが行った説教の中で、特に有名なのは山上の垂訓でありましょう。

その中で、以下の箇所があります。

06:24しかし、富んでいるあなたがたは、不幸である、あなたがたはもう慰めを受けている。
 06:25今満腹している人々、あなたがたは、不幸である、あなたがたは飢えるようになる。今笑っている人々は、不幸である、あなたがたは悲しみ泣くようになる。
06:26すべての人にほめられるとき、あなたがたは不幸である。この人々の先祖も、偽預言者たちに同じことをしたのである。

ここで、英語訳聖書を見てみようと思います。

24 But woe unto you that are rich! for ye have received your consolation.
しかし、富まれている方々は悲しい!  あなた方はもう慰めを受けてしまっている。)
25 Woe unto you that are full! for ye shall hunger. Woe unto you that laugh now! for ye shall mourn and weep.
満たされている方々は悲しい! あなた方は飢えるであろう。いま笑っている方々は悲しい!あなた方は悲しみなくであろう。)
26 Woe unto you, when all men shall speak well of you! for so did their fathers to the false prophets.
あなた方についてうまく言う人がいたときは、あなた方は悲しい! あなた方の祖先も偽りの預言者に同じことをしたのである。)

微妙に違うのがおわかりでしょうか。
また英語版を見ると、不幸だと断じていると言うよりも、哀れんでいるように思えます。私の知る範囲では、哀れんでいるほうが近いとも聞いたことがあります。

また他の箇所でも、原語ではゲヘナ(地獄)やハデス(黄泉)が一律に「地獄」とされたり、創世記のロゴス(意思を伴う言葉)が「ことば」とされるなど、かなり意訳が多いのも事実です。

私がここで申し上げたいのは、神学や聖書の批評ではなく原典を知ることの重要性です。私も以上のことは、神父に邦訳の聖書では知ることができない原典のニュアンスを知ることができました。

加えて、外国語を学ぶことの有用性に話を移したいと思います。
原典にあたるということは、著者の本当の意思や語の本来の意味を知ることができます。

聖書に関しては旧約聖書はアラム語とヘブライ語、新約聖書はギリシア語で原典は書かれており、カトリック教会においてはウルガタというラテン語の底本があります(本来であればヘブライ語やギリシア語を当たるべきなのですが)。

例えば夏目漱石の「吾輩は猫である。」は英語にすると、ずばり「I am a cat.」であります。もちろんそのとおりなのですが、日本語に特有の猫の気高さというか、ちょっとした偉そうな感じが英語にするとやはり失われているな、というのは気のせいではないと思います。また、あえて不定冠詞の”a”が用いられているのも本来の意味のようです。

蛇足ではありますが、ここで思い出しますのは、不定冠詞と定冠詞の違いであります。
よくある昔話で

「昔々あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。」←このおじいさんとおばあさんは不定冠詞です。
「おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。」←ここになると定冠詞が使われます。

というものがあります。

このように微妙なニュアンスの差を知り母語を相対化して認知する、またある言語を他の言語での比喩も行える、というのは他の言語を学ぶメリットであるとも思えます。

チャンネルが多数ある、というのは強みです。
ウィキペディアなどでも、他の言語を少し見ることができる、というのは強みです。海外のニュースサイトも読むことができます。

外国語能力というのは、決して特殊能力ではなく、様々な情報にアクセスできる強みを持つ能力でもある、と私は考えます。

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