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日本パルプ工業株式会社(米子工場・米子市吉岡)

【事業所めぐり44】日本パルプ工業㈱(米子工場・米子市吉岡)


昭和52年2月の創刊時から連載されていた、山陰の事業所を紹介する『事業所めぐり』をnoteで順次紹介。今回は昭和52年9月15日号より、日本パルプ工業株式会社の記事をご紹介します。
※地名、会社名など各種名称、役員、事業内容・方針、広告内容等記載内容は掲載当時のものです。


昭和12年、国内最大手の王子製紙から日南工場を引き継いで独立し、その後米子工場・石岡工場を順次設立して国内製紙業の中堅メーカーに成長、現在に至っている。

昭和27年、県内初の大型誘致向上として晒(さらし)クラフトパルプ工場を現在の日野川沿いに設立、ことしでちょうど設立25周年を迎える。33年には二系列同時操業のための増設、38年にはアメリカ屈指の製紙会社であるミード社との技術提携により、高級塗工紙工場を建設。さらに49年にはおよそ40億円をつぎ込んで高級白板紙製造設備を建設するなど、最新設備を意欲的に導入して一貫工場体制を確立した。

しかし、折からの大型不況についてことしの5月に就任したばかりの神庭晃工場長は「いままでのように大規模な拡張ということは今後は望めない。課題は現在ある設備をいかに効率よく嫁動させるかだと思う。そのためには無駄を排して、できるだけ歩どまりをよくすること。また、機械の故障をなくして効率をあげることが大切」と製造業としての基本的な合理化対策を語る。昨年度の総売り上げが745億4900万円、対前年比で6.6%の伸び率だが、現在の操業率はおよそ80%くらいということである。不況業種には違いないが極端な需要減というようなことはなく、値崩れも出ていない。

コーテッド紙・高級白板紙·オートポストなど高級紙の開発に意欲を燃やす同工場では30年に研究所を設立。「業界のトップレベルを目指し、品質の向上を絶えず図っている」とより付加価値の高い高度加工紙の開発を追求している。(昭和52年9月15日号)



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