ありがとう。

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最近、よく「なんで私ってこんなに顔に執着するようになったのかなぁ」って考えることがあるんです。

そもそも私が整形始めたきっかけは、クソほどイケメンだけどクソほど私に興味が無い男を好きになっちゃったからなんですよね。

「あ、この人の目に映るためには、この人と同じぐらいのレベルの女にならなきゃいけない」
って思っちゃったんですよ。
要するに「好きな人の好きな人になりたい」と思って整形を始めたんだと思います。

で、忘れもしません。
2016年10月に初めてエラにボトックスを打ちました。

私の初整形です。

元々顔が丸いのがコンプレックスで、笑った時に肉がモリッとするのが嫌だったんですよね。

まぁその頃の私は整形の知識とか全く無くて、「小顔 整形」でググったら一番上に出てきた病院で、一番上に出てきた施術をしたんです。

まぁ大体わかると思いますけど、エラが引っ込んだ分たるんで、肉とたるみのダブルパンチで顔面ズルズルになったんですけど。

で、その後bnlsや脂肪溶解注射とか打ったりして、その4ヶ月後にはメス入れる施術までして、どんどん整形にハマっていったわけなんです。

というか、待ってください。
私初整形からもう2年も経ってんの?
嘘でしょ?
私2年ももうコンスタントに整形し続けてんの?
マ?
キモすぎない?諦めわるっ
そりゃあ目の下も弛むわ、脂肪再配置しよ。

って感じの整形過程を経て今に至るんですけど、そもそも私整形する前も多分人より顔面に対するこだわりが強かった気がするんです、今思えば。

これなんでだっけなーって思ったら、思い出しました。

中学の時です。
確か中学1年生の時です。

私はクソ田舎出身の大カッペなんですけど、そのおかげで小学校は地元の子しかいないすごく平和な世界で育ったんですけど、中学がそこから少し都会に出たところにある中学校しか無かったから、そこに通ってたんですよ。

突然ですけど、みなさん公立中学でしたか?

地元の公立中学通ってた人はわかると思うんですけど、あそこ凄くないですか?

まさに社会の縮図。一番上は東大京大目指して小学生の頃から毎日塾通ってます、みたいな人から、下は高校生のにーちゃんとその友達と毎晩遊び歩いてタバコ吸って酒飲んでバイク乗ってますYeah、みたいな人までいるんですよね。

その中で私「このメールを3日以内に10人に送らないとあなたを殺しに行きます」みたいなチェーンメールを本気で信じて号泣しながら母に電話で相談した大田舎出身のピュアガールだったんですよ。

で、なんていうんですか、洗礼っていうか、中学生ってめっちゃストレートじゃないですか。
私たち大人みたいに「あ、これ言ったらちょっとヤバイな」とか「ここは丸く収めたほうがいいな」みたいな考えがないから、めちゃめちゃストレートな表現で物言うんですよね。

入学して確か1ヶ月ぐらいだった気がします。

唐突に、マジで唐突ですよ?
全然名前も知らない男子に「○○(苗字)さん、小島よしおに似てますよね(笑)」って言われたんですよ(笑)

(笑)じゃねーよ、テメェは誰だよ殺すぞ。

って今なら言えるんですけど、当時ピュアガールだった私は、なんですかね、初めてそうやって面と向かって自分に悪意を向けて来た人の存在が本当に怖くて、サーっと血の気が引いたのを覚えてます。

しかも友達の前で。えっ?ってなったのと同時にすごく恥ずかしくて、すごく惨めで、何で私だけそんな事を言われなくちゃならないのかと、すごくショックだったのを覚えてます。

だから私今だに小島よしおさんめっちゃ嫌いなんですよ。
もう完全に風評被害ですけど、すいませんね。嫌いです。

その後もすれ違いざまに知らない男子に「小島さんおはよう(笑)」って言われたり、後ろに貼られた集合写真に私だけ落書きされたり、卒アルのメッセージ欄には「クラスのマドンナでしたね」って書かれたり、え、すご、めっちゃ普通にイジメられてて草。
おかげでその他の仲よかった友達から貰ったメッセージを見たくても見れなくなったよ。ほんと、ありがとな。

そんな感じで、多感な中学時代に顔について弄られた私の自己評価はもう地に落ちまして、「あぁ、私はブスなんだ」と、人から悪意を向けられるほどのブスなんだと思いながら今日まで生きてきました。

そのお陰で私はいわゆる美意識の高いブスになり、そして整形を2年間も、そしてこれからも繰り返していくような醜形女に成り下がった訳なんですけど、やっぱり言われ続けると慣れるもんで、中学3年生頃にはもう割と何言われても大丈夫な強い子になってたんですよ。

いや、当たり前に大丈夫なフリをしてただけなんですけどね。
その頃は「気にしたら負けだ」と、自分の感情に見て見ぬ振りをしてたんだと思います。

けど、今だに一つだけ、これだけは許せないなぁ、ってことがあって。

まぁ基本的に全部許せないんですけど、一つだけどうしても忘れられない出来事がありました。

まぁそんだけ多方から顔面を弄られまくってた私にも好きな人ができまして、それが中3のときだったんですよ。

同じクラスの男の子で、ちょっと地味目だけど地味グループから派手グループまで誰とでも仲が良くて、頭も良くて優しくて、運動も出来て、男女問わず仲良くできるかっこいい子だったんです。

まぁ別に付き合いたいとかは無かったです。というか諦めてました。
「私みたいなブスがあんな人と付き合えるわけないよな」って感じで、そもそも『付き合えるかも』みたいな選択肢はなかったわけです。自己肯定感ゼロだったので。

だからせめて、「おはよう」みたいな挨拶とか、すれ違う瞬間に目が合うとか、体育で同じチームになるとか、なんかそんなんでいいから関わりが欲しいと思ってたんです。

けどまぁそんな私の密かな願いは、これまで私の顔面をいじり倒してきた方々にぶっ潰されまして、まぁ簡単に言うと変な入れ知恵をしたみたいで、

『あのブスお前のこといつも見てるっぽいけど、好かれてんじゃね?(笑)』

と。

それを私の聞こえるところで言われた私のメンタルを考えてみてください。
心臓が、その瞬間マジで死んだと思いました。

本当に恥ずかしくて、本当に惨めで、本当に申し訳なくて。

その後は、彼にはできるだけ近づかないように、挨拶なんてしない、すれ違う時は目を伏せる、体育のチームは一緒になることは無かったけど、出来るだけ彼の中で私の存在を消そうと必死でした。

だってブスだから。
ブスに好かれるなんて、そんな可哀想な思いを好きな人にさせたくなかったし、なによりも彼に「うわ、こんなブスに好かれるとかついてねぇ」って思われるのが怖かったから。

私なんかが好きになって、本当に申し訳ないと思ったから。

だから卒業まで一切関わらず、彼の中での自分の存在を消して過ごした結果、卒アルの最後のページには彼からのメッセージはありませんでした。

こんな感じで私の顔面への執着は始まったんだと思います。

「好きな人に好きになってほしい」
と言うよりは、
「誰かを好きになっても笑われない容姿になりたい」
が、本当だったのかもしれないです。

すごいですねぇ。
10年前ぐらいの出来事に、まだこんなにも執着してるって相当やばいですよ。

けどね、本当に辛かったんです。
顔が、ちょっと醜いだけでこんなにも人生うまくいかないんだ、と本当に毎日泣いてました。

そして、今もそれを引きずってしまっているんです。

なぁ、聞いてるか?安原、久谷。
私はお前らのおかげで一番キラキラしてたはずの中学のアルバムが開けなくなり、毎日鏡を見ては泣き化粧をしては泣き窓に映る自分を見てはいつ死ぬかを考える日々を過ごし、少しでも綺麗になるために整形を繰り返すようになったよ。

忘れたとは言わせないよ。
お前達のおかげで私の人生が狂っていったことを、絶対に忘れたとは言わせないよ。

お前らだけじゃない。お前ら2人の後についてニヤニヤしながら私に悪意を向けてきたあいつらもだよ。

絶対に忘れねぇからな。
お前らの顔と名前だけは絶対に忘れねぇ。
きっと死ぬ直前、0.01秒前でも覚えてる。

お前らが私にしたこと、言ったこと、全部覚えてるからな。
一語一句忘れねぇ。
絶対に忘れてやらねぇ。

お前らと愛した女との間に出来た子供にお前らが私にしてきたことを全部教えてあげたいし、めでたく娘ができた際には毎日「貴方はブスだよ」と言い続けてやりたい。

私はお前らにされてことを、そっくりそのままお返ししたい。

「なん年前の話だよ、そろそろ忘れろよ」とか絶対に言わせねぇからな。

お前らが忘れても私は覚えてる。
お前らやお前らの周り、私の友達や私の好きだった人、みんなが私がお前らにされたことを忘れても、私だけは覚えてる。

絶対に忘れない。

けどな、ここまで言ってきた来たけど1つだけ感謝させてほしい。

お前らが私をブスだと、醜いと言ってくれたおかげで、私今その辺歩いてる人の中ではまぁまぁな顔面になれたんだよ。
みんな優しくしてくれるし、悪意を持って接してくる人なんて滅多に出会わないし、何より「可愛い」と言ってもらえることも多くなったよ。

頑張って痩せて、痛い思いして整形して、金かけて肌と髪の毛綺麗にして、雑誌読み漁ってメイクやらファッションやらの勉強して。
綺麗になったよ。
多分次会ったら私だとは分からないぐらいには、綺麗になったと思うよ。

だから、本当に感謝してる。

ブスだと気付かせてくれてありがとう。
女は顔が全てだと教えてくれてありがとう。
醜いものは迫害されることを体現してくれてありがとう。
ここまで見た目に執着する程の経験をくれてありがとう。
整形という選択肢をくれてありがとう。

本当にありがとう。
そして、死んでくれ

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いやぁ、題名考えるの地味にめっちゃ時間かかりましたわ。

なんかアレですね、意味が分かると怖い話みたいになりましたね。

いつもは出来るだけ、「しんどくても生きよう」「社会はクソ。でも私らは最高」みたいな感じのnoteを書こうと頑張ってるんですけど、そういうのばっかだと、たまにしんどくなるんですよね。

私別に全然強くないし、むしろ弱いしめっちゃ性格悪いしジメジメしてるし根に持つし、なんかそういうのも書かないと「この人は強い!いつも頑張ってる!」みたいな、いらんイメージついたら困っちゃうので。

この話、私すごい辛くて、人生の中で一番辛かったんじゃないか、ってぐらいの経験だったんですけど、なんか今こうやって見たら笑えますね。

普通に相手の本名とか出しちゃって(身バレ怖い)、「死んでくれ」とか言うし、なんかめっちゃウケますわ。

中学生の時はこんな笑い話(よくよく考えたら笑ってはいない)になると思ってなかったし、こんな惨めな経験した自分をネタにしたりとかできないと思ってたけど、やっぱり時が経つと人間変わるもんですね。

あー、あんな事もあったな、と。
思えるようになる日が来るもんですね。

別に許してないです。
本文見て貰ったら分かると思いますけど、全然死んで欲しいと思ってます。

けど、ずっと思い出したくない、私の記憶の辛くて苦しかった部分が、今こうやって私のモチベーションになってるって事が、私にとってはすごい事だと思うので。

だからさぁ、いや、今「だからさぁ、」とか言ったら薄っぺらくなっちゃうかもな。

「だから今辛い人も時間が経てば笑い話になるよ。今だけなんだよ」
とか言おうとしたんですけど、急に薄くなるんで辞めときます。

もし中学生の私にそれを言ったところで「未来なんてどうでもいい。私は今辛いんだ」って返してたと思うし、今この瞬間辛い人ってそんな未来があるだなんて信じられないと思うからです。

だから何も言いません。
「未来は明るい!だから頑張れ!」なんて言えません。

ただ私がクソほど辛かった思い出をこうやって文字にして、不特定多数の人が見るような媒体にネタとしてアップロード出来るようになったと、それだけ分かってくれればいいです。

きっと他人の言葉なんかより、自分で感じた方がいいと思うので。

いつか辛かったことを笑いながら話せるようになったその時に、「あぁ、あいつが言いたかったのはこれだったのか」って思ってもらえた方がいいと思うので。

それでは、ありがとうございました。

#日記 #コラム


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