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神は再び降臨する! ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズ『Catch A Fire』発売50周年アニバーサリー

ボブ・マーリー(1945-1981)。カリブ海に浮かぶ小さな島国、ジャマイカに生まれ、わずか36年という短い生涯を歌と闘いに捧げ、駆け抜けた男だ。ジャマイカが生んだ〈レゲエ Reggae〉という音楽ジャンルを世界へ知らしめる大きなきっかけとなったアルバムこそ、2023年11月3日に発売から50周年を迎える『Catch a Fire(キャッチ・ア・ファイアー)』です。

彼らの歩みをリアルタイムで追い、来日時には伝説の「神」に生で触れた音楽評論家、藤田正さんにボブと同時代を生きたレゲエ・レジェンドについて解説してもらいました。

Catch A Fire (50th Anniversary)

ボブ、ピーター、バニー…極貧のトレンチタウンで出会った仲間とともに。

――レゲエ・ミュージックを世界に知らしめた『キャッチ・ア・ファイアー』も、発売から半世紀を迎えました。藤田さんは彼らのことをいつから知ってたんですか?
 
藤田 やっぱりこのアルバムからじゃないかな。オリジナルは1973年4月の発売で、LP盤のジャケットがジッポーのライターをそっくり模した手の込んだデザインだった。ジャケットの上半分が蓋になっていて、蓋をあけると、中に火が付いたライターの芯が出てくる。アナログ盤そのものは、この中に入っているわけ。

――びっくりですね!
 
藤田 当時のロック・マーケットを意識した音楽では、イラストレーションや写真を大胆に使った意欲的なアルバム・デザインが多かった。横尾忠則さんデザインによるマイルス・デイヴィスのジャパン・ライヴが金字塔ではあるけど、変形仕様のジャケットも珍しくなかった。ザ・ウェイラーズという、日本は当然として世界的にも知られていないバンドが、こういう「見せ方」でも勝負してみせたのは、後ろ盾となったクリス・ブラックウェル(アイランド・レコード社主=当時)の手腕の一つでしょう。当時のことを思い出しながら言えば、「こいつら誰? 何、このジャケ?」。実に奇妙なリズムにも聴こえたからソウル・ミュージックとも違うし……音楽仲間と、いろいろ謎探しをしました。ザ・ウェイラーズの名前はこうやって覚えていった。

――今のジャケット(今回発売される50周年記念盤も同じ)とは違うんですね。

藤田 現在のジャケットは、ボブ・マーリーが大きなスプリフ(マリワナを紙で巻いたもの)を吸っているショットだよね。頭髪もドレッドヘアになりかけ。つまり、レゲエとは何かを1点の写真で象徴させているんだけど、これはもう少しあとに撮影された写真です。

――レコードに針を落とした時、『キャッチ・ア・ファイアー』は、当時としては、まずどこが面白かったんですか?
 
藤田 何より1曲目「コンクリート・ジャングル」でしょ! 不気味な音色のクラヴィネットとネチっこいギターのブレンド……ギタリストは米アラバマ州からロンドンに来ていたウェイン・パーキンスなんだけど……この曲の冒頭から、不穏な音楽だなぁって、感じです。現代社会をコンクリート・ジャングルにたとえ、その下で苦しんでいるオレたちがいる、というメッセージは強烈だった。この時期、アメリカのブラック・ミュージックも素晴らしいプロテスト・ソングが量産されていたんだけど、表現がまるっきり違っていた。「ウェイル(嘆き叫ぶ)」人たちの声が、直接聞こえてくるような。中心はボブ・マーリーというシンガーで、メンバーはみんなカリブ海のジャマイカの人たちなんだ、そんなことが、あとでジンワリとわかってきた……「レガエ」って、なんだかすげー!って、日本でも徐々に話題になっていったわけです。

――「レガエ」?
 
藤田 REGGAE、をどう発音するのかもわからなかったんですよ、ぼくらは(笑)。7曲目には「キンキー・レゲエ」が収録されているんだけど、ジャマイカン・イングリッシュなんて初めてだし、ま、狼狽してたんだと思う。それで2曲目が「スレイヴ・ドライヴァー」、3曲目が「400イヤーズ」。奴隷貿易の時代から奴隷制は姿カタチを変えながら今も続いている、という強烈な告発の歌ですよ。そして畳み掛けるように、切れっ切れのリズムが襲ってくる! 『キャッチ・ア・ファイアー』は、発売当時、なかなかアタマの整理がつかなかった問題作だった。

――そういう歌は彼らの実生活を反映してもいる。
 
藤田 マジ、そうです。机の上でひねり出した音楽じゃない。猛烈な貧困と差別の中で、人間が生きるということはどういうことなのかをボブ・マーリーたちは真剣に考え、それを音楽にしている……解放の音楽です……後にわかったことだけど、アフリカ諸国などの、抑圧されながら生きているたくさんの人たちに、ザ・ウェイラーズ、そしてボブ・マーリーは、もの凄いインパクトを与えた。その実質的なスタート地点が『キャッチ・ア・ファイアー』なんです。

同胞よ、立ち上がれ! 混沌の現代を生きる、世界の怒れる仲間たちへのメッセージ

――当時の名前は「ザ・ウェイラーズ」というクレジットだったんですね。
 
藤田 このチームは1960年代から幾つも名前を変えながら、ローカル・ヒットを放ってきました。(女性を含む)キングストンの友人によるコーラス・グループが出発点で、中心はボブ・マーリー、ピーター・トッシュ、バニー・ウェイラーの3人ね。彼らはそれぞれが個性的で優れたミュージシャンであって、ボーカリスト&作家としてのこの3人に、リズム・セクションを加えたバンドとしてザ・ウェイラーズを名乗った。彼らはアイランド・レコードと契約して世界的な成功の道を歩み始めるわけだけど、際立ったカリスマ性を備えたボブ・マーリーにどうしても関心が集中して、『キャッチ・ア・ファイアー』の制作時から徐々に3人に方向性の相違が表面化していった。

――バニー・ウェイラーは、イギリス滞在も辛かったそうですね。ラスタファリアンとしての食事の問題があり、寒さにも耐えられず、プロモーション・ツアーも拒否するようになった。
 
藤田 そうです。世界的なデビュー・アルバムの裏側では、様々な地殻変動が起こっていた。そのダイナミクスは、今回の50周年記念盤(3枚組)でこそ比較できるし聴き取れます。73年当時のライヴ音源も、粗っぽいけど……いや粗っぽいからこそ、ボブ・マーリーやピーター・トッシュの異能ぶりが理解できる。


――ジャマイカで録音したオリジナルとの比較ができるのも本記念盤ならでは。
 
藤田 先ほどのギタリストのウェイン・パーキンスだけど、この人は素晴らしいブルース系ギタリストです。もちろんジャマイカ録音には入っていない。ぼくは、レゲエが好きになればなるほど、何で白人ギタリストを(ロンドンで)追加で加えたんだ!とバカな考えに囚われた時期があったけど、改めてこの記念盤を聴くと別の視点がもらえました。『キャッチ・ア・ファイアー』は、その題名が示すように、混沌というジャングルからヌッっと顔出した巨大な音楽の、その端緒をドキュメントした作品なんだと思います。

自伝映画の公開も待ち遠しい!
One Love  2024年公開予定

菅原光博、藤田正著『ボブ・マーリー よみがえるレゲエ・レジェンド』


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