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外国人技能実習制度と特定技能制度の見直しが始まった(1)(2023年発表のものです。ご注意ください)

株式会社労働開発研究会『労働と経済』
NO.1684(2023年3月25日)掲載
一般社団法人成果配分調査会代表理事 浅井茂利

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 2022年12月より、法務省で「技能実習制度及び特定技能制度の在り方に関する有識者会議」が開催されています。「両制度の施行状況を検証し、課題を洗い出した上、外国人材を適正に受け入れる方策を検討」することを目的として開催されるものですが、2017年11月に新しい外国人技能実習制度が始まってからすでに5年、2019年4月に新しい在留資格「特定技能」が始まってから4年となっています。本来は、もっと早い時期に検討を始めなくてはならなかったのですが、コロナ禍により先延ばしされてきました。

 有識者会議では、論点として、
・人材育成を通じた国際貢献という制度目的と国内での人材確保という実態を踏まえた技能実習制度のあり方(制度の存続や再編の可否を含めて)
・外国人が中長期的に活躍できるキャリアパスの構築(対象職種のあり方を含めて)
・受け入れ見込み数の設定のあり方
・技能実習における転籍のあり方
・監理団体による監理や登録支援機関による支援のあり方(存続の可否を含めて)
・国の関与や外国人技能実習機構のあり方(存続の可否を含めて)
・送出国の送出機関や送り出しのあり方(入国前の借金の負担軽減策、二国間協力覚書の強化策を含めて
・日本語能力の向上に向けた取り組み(コスト負担のあり方を含めて)
が挙げられています。

 法務大臣は、「長年の課題を、歴史的決着に導きたい」との意向を示していますが、現状を肯定し中途半端な見直しでお茶を濁すのではなく、外国人労働者の人権確保、とくに、
・生命と、心身の健康の確保
・適正な賃金・労働諸条件、職場環境、生活環境の確保
を最優先に、根本的な見直しを行っていくことが不可欠です。それを通じて、人権侵害という国際的な批判を受けない制度、送出国における日本の評判を貶めることのない制度を構築し、かつ厳正に運用されるようにしていかなくてはなりません。

 今後、自社だけでなく間接的な取引先も含めバリューチェーン全体で人権侵害の撲滅を図る「人権デュー・ディリジェンス」が本格化することになります。現状のままでは、技能実習生を雇用している企業、技能実習生を雇用している企業と取引のある企業は、国際的な取引関係から排除される可能性があることを、強く認識する必要があります。

 両制度の見直しのなかでも最重要ポイントは、団体監理型技能実習制度の存続の可否と、転籍の自由化の問題です。
 本稿執筆時点では、外国人労働者、受け入れ企業、監理団体、外国人労働者支援組織、業界団体、国際機関などに対するヒアリング結果が公表されている段階ですが、これを見ても団体監理型技能実習制度の本質的な問題点が浮き彫りとなっています。 

技能実習生は「労働者」なのに、「実習生」であることの歪み

  ヒアリングでは、
*技能実習生に対しても、しっかりと労働者としての環境を整えることが重要。少なくとも当社が人材紹介を行っている企業は、ほぼ全てで技能実習生を労働者として見ており、研修で来ているという認識の技能実習生もほとんどいない。また、母国へ戻っても日本で習得した技能を活かせていないのであれば、制度としても実態としても労働者として統一し、本音と建前を一致させることによって、様々なひずみを解消することにつながるのではないか。
*特定技能は雇用であるということを正面から認めている点は評価できる。
との指摘があります。

 外国人技能実習制度では、入国後原則2か月間実施されている講習(座学)が終了し、受け入れ企業で実習を受けるようになると、労働基準法、社会保険などをはじめ、制度上は完全な「労働者」として位置づけられています。しかしながら、「実習生」という名称であるがために、仕事の内容は普通の労働者でありながら、待遇面ではあたかも見習い中であるかのような賃金水準が放置されている実態があります。 

技能実習生と特定技能労働者の賃金比較

  厚生労働省「賃金構造基本統計調査」によれば、2021年の外国人技能実習生の所定内実労働時間あたり賃金は960円ですが、これは当時適用されていた地域別最低賃金の全国加重平均(902円)を58円、6.4%上回るだけです。所定内実労働時間あたり賃金は、定義上、「時給」より高いはずですから、実際の差はもっと小さくなります。一方、特定技能労働者は、同じく所定内実労働時間あたり賃金で1,147円ですから、技能実習生よりも187円、19.5%高くなっています。技能実習修了者が特定技能に移行することを踏まえ、勤続3~4年の技能実習生の所定内賃金と勤続ゼロ年の特定技能労働者の所定内賃金とを比較(月額)しても、勤続ゼロ年の特定技能労働者のほうが、16.4%高くなっており、「実習生」であることの弊害は明らかです。

 特定技能労働者は、建前上は「一定の専門性・技能を有し即戦力となる外国人」ということになっているので、技能実習生より高いこと自体は当然、という見方もできないわけではありません。しかしながら実態としては、
*外国人の側から見ると技能実習制度と特定技能制度は、二つの似た制度が併存していて分かりづらく、どちらを選ぶかは偶発的に決まってくるところがある。例えば、技能実習は特定技能と比較して多少報酬が低いということが来日してからわかるというのは良いことではない。
*「特定技能」に実効性のある技能評価・担保制度がない。
*技能実習終了後は、特定技能1号に移行することを考えている。(うち1名)既に就職先が決まっており、弁当を製造する会社で盛り付けやシール貼りなどの仕事をする予定である。(実習生)
ということで、特定技能でも「一定の専門性・技能」が求められているわけではない実態が明らかとなっています。

 もともと外国人技能実習制度は、わが国として、いわゆる「単純労働者」を受け入れないという建前を維持しつつ、高度専門職などではない仕事に外国人労働者を受け入れるために、技能実習、国際貢献という建前を掲げた制度です。高度専門職などではない外国人労働者受け入れの仕組みとしては、2019年に特定技能制度が導入されており、外国人技能実習制度では、
・「建前」の国際貢献が実現できず、
・「本音」の人材確保では、新しい制度が導入された
わけですから、少なくとも団体監理型には存在意義はなく、一刻も早く廃止すべきです。
*技能実習制度は、開発途上国への国際貢献を偽装した労働者受入れ制度であることから、同制度を廃止し、適正な外国人労働者の受入れ制度を作るべきである。
との指摘は、けっして極端な表現ではなく、まさに実体を表しています。 

転籍の自由化について

 外国人技能実習制度では、2号から3号(3年目から4年目)に移行する際、一瞬だけ、受け入れ企業を変更する「転籍」が認められていますが、あとはやむを得ない場合を除いて、自由な転籍は認められていません。

 転籍が認められていないことは、外国人技能実習制度における人権侵害と低い賃金・労働諸条件、劣悪な職場環境・生活環境の主要な要因になっているものと思われます。労働市場では、労使対等であって初めて適切な賃金・労働諸条件、職場環境を確保することができます。日本人ですら労使対等の実現は困難なのに、日本語の理解も不十分な外国人労働者が、しかも転籍の自由を奪われていれば、企業にとって法定最低賃金以上の賃金を支払う動機はなく、人権侵害が発生するのも当然と言わなければなりません。
*4Kと言われる産業では、日本人が来ても1年も持たないのが実情であり、技能実習生等の存在が不可欠である。(監理団体)
*高額すぎる借金や転籍の制限などにより、著しく支配従属的な労使関係となり、本来、善良な経営者も変貌してしまう。
といった指摘は、日本人の働くことのない劣悪な職場に、低賃金で外国人労働者を縛り付けている実態、技能実習制度が強制労働以外の何物でもないことを如実に示しています。

 団体監理型技能実習制度が廃止されれば、転籍の問題はかなり解消されるわけですが、仮に存続させるのであれば、最低限、転籍の完全な自由化が不可欠です。

 転籍が認められていないのは、
*技術を身につける制度である以上、転籍が制限されるのは当然である。
という思い込みがあるためですが、制度を存続させるのであれば、そうした認識は捨て去るべきです。要は2号修了時(3年目修了時)の技能検定3級に合格すればよいわけですから、転籍しても技能を身につけることができるよう監理団体が技能実習生をしっかりとサポートし、合格率の芳しくない監理団体に対しては、指導、ペナルティーをきちん行って、監理団体の淘汰を図っていけばよいだけです。役割と責任が高まるので、優良な監理団体にとっても悪い話ではありません。
*制度によって人を縛るような在り方には限界が来ている。日本人も外国人も育成後に人材をつなぎ止めるのは企業側の努力であるべき。
*前職要件や技能実習計画による無意味な転籍制限はやめ、転籍・転職可能な就労のための制度に変えていくべきである。
だと思います。 

地方からの流出の問題

 愛媛県では、「技能実習制度なくして、愛媛県経済なし」とまで言われている(塩崎元厚生労働大臣)ようですが、技能実習生の地方から大都市圏への流出については、
*転籍の制限をなくすと、地方や中小企業がコストを割いて育てた人材が大都市圏に一極集中してしまうのが加速する。特に、介護分野は、地方から大都市圏に一極集中していると思う。(監理団体)
という、技能実習生の転籍を自由化した場合の流出の懸念と、
*特定技能外国人に関しては、地方の技能実習から大都会へ流出・偏在する傾向が顕著。(塩崎元厚労相)
という、技能実習生から転籍制限のない特定技能に移行した時の流出、というふたつの問題があるようです。前者については、
*制度で転籍を制限するのではなく、企業の労務環境や待遇改善等の努力によって、外国人材の定着を図るべき。
という以外に方策はありません。その際、
*企業の労務環境改善支援や、介護処遇改善手当のような長期定着のための手当補助などの公的な施策を講じることが必要である。
としても、企業を補助金漬けにし、政府や自治体からの補助金がなければ何もしない/できないような企業体質に導いていくことは、絶対に避けなくてはなりません。この問題に限らず、昨今のDX、GX、新冷戦、コロナ禍、賃上げといった問題に対する政府の施策は、まさに企業を補助金漬けにするものであり、そんな政策で本当に国際競争力のある研究開発、設備投資、人材育成が実現するのかどうか不安に思わざるをえません、その点で、
*最低賃金は都道府県ごとで決まっており、東京が一番高く1,072円、静岡県は944円と開きがある。こういった地方と都市部の賃金差により、技能実習生等が簡単に首都圏に流れてしまう。この問題への対策として、技能実習については、全国一律の賃金とすることを提案したい。例えば、全国一律東京の最低賃金に合わせることで、地方から都市へ行くメリットが減るだけでなく、住環境や生活コストを考慮すると地方で働くメリットが高まり、地方からの人材流出に歯止めをかけることができるのではないか。また、この対策は、労働者全体の賃金の底上げに資するものであり、これからも制度を維持していくに当たって、中小企業も頑張って対応していく必要がある。(監理団体)
という提案は、東京の賃金を東京の最低賃金に縛り付けることはできない、という問題点はあるものの、こうした方向性で前進すれば、団体監理型技能実習制度の存続に意義が見出せるかもしれません。

注:*印が、ヒアリングでの発言内容。発言者・団体の表記がないものは、技能実習生、受け入れ企業、監理団体以外のもの。

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