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賃上げの参考書(9)市場経済原理の下での適切な賃金・労働諸条件決定に向けて④

2024年6月21日
一般社団法人成果配分調査会代表理事 浅井茂利

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<概要>

*中小企業の賃金水準が低い理由としては、①中小企業の業績は大企業よりも劣っており、企業の体力も大企業より脆弱である、②このため、支払い能力がない、と言われるのが普通である。しかし、上場企業に比べて非上場企業の業績内容は不透明である。統計の財務データも、中小企業の実力を正確に反映したものであるかどうかは疑問である。

*国税庁の「会社標本調査結果」によれば、2022年度において、資本金1億円未満の企業のうち61.4%が「欠損法人」となっている。「利潤の最大化」を目的としているはずの企業において、欠損法人が6割というのは異常なことなのではないだろうか。

*「支払い能力」という言葉も、定義する数式があるわけでもなく、実態のないものである。「支払い能力がない」という時は、「能力」がないのではなく、「意思」がないのだ、と解釈すべきである。

*中小企業において賃金水準が低位となっている理由としては、労使対等性が大企業よりも損なわれているから、ということも大きいのではないか。労働組合の組織率は、企業規模1,000人以上のところで39.8%となっているのに対し、100~999人規模では10.2%に止まり、99人以下ではわずか0.8%にすぎない。

*労働市場では、労働力の売り手である労働者と買い手である会社側との間で、①立場の非対称性、②情報の非対称性、③リスクの非対称性が顕著だが、中小企業ではそれが一層激しい。中小企業では従業員数が少なく、人間関係が濃密で人事異動も少ないため、大企業に比べ労使対等の交渉が困難である。情報の非対称性という点でも、中小企業では会社側の都合次第で労働組合は企業業績すら把握することができない。この結果、労使交渉で会社側から「業績は厳しい」、「支払い能力がない」と言われれば、事実上、交渉はそこで終了となってしまうことになりかねない。リスクの非対称性という点でも、中小企業の従業員は、人間関係の濃密さ、人事異動の困難さから、何らかのトラブルに巻き込まれたり、経営者の不興を買った場合に、退職に追い込まれる危険性が大企業よりも大きい。

*中小企業における労使交渉での対等性をより強化するためには、①各企業ごとの労使交渉に産業別労働組合が直接関与するなど、より強力なサポートを行う、②株式会社に義務付けられている決算公告について、電子公告化を推進し、罰則規定を厳密に適用することにより、従業員、労働組合、産業別労働組合が企業の財務データに簡単にアクセスできるようにする、③中小企業の従業員が社内で遭遇するトラブルの解決に向けて、第三者機関としての相談・通報窓口を設置する、といった仕組みづくりが必要である。

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