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(浅井茂利著作集)リカレント教育をどう考えるか

株式会社労働開発研究会『労働と経済』
NO.1637(2019年4月25日)掲載
金属労協政策企画局主査 浅井茂利

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 リカレント教育がクローズアップされています。文部科学省の資料によれば、リカレント教育とはもともと、「生涯学習を実現するために行われる義務教育以後の包括的な教育戦略であり、その特徴は、青少年期という人生の初期に集中していた教育を、個人の全生涯にわたって、労働、余暇など他の諸活動と交互に行う形で分散されることである」とされていますが、第4次産業革命により、ICT(情報通信技術)系人材は、その急激な技術進歩に追いついていかねばならず、またICT系ではない技能者・技術者、事務系人材なども、ICT系基礎知識や活用技術の習得・レベルアップが必須となっており、そのための継続訓練、再訓練が焦点となっています。
 筆者は、こうした種類のリカレント教育については、あくまで企業のOff-JT、OJTが基本であると思います。春闘でも、経営側から賃上げ以外の「人への投資」の必要性ということが強調されていますが、賃上げ抑制の理由づけに使われるのではなく、賃上げとともに、継続訓練、再訓練の拡充を図ることが不可欠と言えます。もちろん、社内にある資源を使って、ということでよいわけですが、公共的な仕組みについても、企業が、あるいは企業で働く者がもっと積極的に利用することができないか、その道筋を考えてみることも必要であると思います。

専門高校や高専の「専攻科」を活用する

 高等学校や高等専門学校には、卒業生もしくはそれと同等以上の学力を有する者に対して、精深な程度において、特別の事項を教授し、その研究を指導することを目的として、専攻科が設けられている場合があります。修業年限は1年以上ですが、実際には2年のものが多いと言われています。高校の場合、一定の要件を満たした専攻科の卒業生は、大学に編入することができ、また科目履修により大学で単位を取得した場合には、学士の学位を取得することができます。高専では、専攻科を終えると学士の学位を得ることができ、大学を経ずに大学院に進学することも可能です。蛇足ですが、大学に比べて高専の学費は低廉なので、理工系の学生が安い費用で大学院に行くための近道として知られているようです。
 高校の場合、普通科以外の高校約2,300に対し、専攻科は140程度に止まっており、国家試験受験資格の関係で、看護科、水産科が多い状況にありますが、第4次産業革命の急激な進展の下で、ICT系以外の技能系人材、工学系技術者などについても、ICT系の基礎知識や活用技術が不可欠となっていることから、工業高校や情報系高校に積極的に専攻科を設置し、卒業生を進学させるだけでなく、企業で働く人のリカレント教育にも活用していくことができるのではないかと考えています。

専門高校の産業教育設備予算に対する新たな補助制度の創設

 都道府県立の専門高校に対する国からの産業教育設備費補助については、三位一体改革により2005年度に一般財源化されたため、設備整備は都道府県の予算で行うことになっています。しかしながら、いわば「お金に色が付いていない」ために、十分な購入・更新・修繕の費用が確保されず、実験・実習設備の老朽化が進み、また壊れたままで放置されることにより、安全面で重大な問題を抱えていたり、実験・実習に支障をきたしていることが少なくありません。第4次産業革命への対応に伴い、必要な産業教育設備予算の膨張が想定されることから、国として、産業教育設備の新規購入・更新・修繕に対する新たな予算措置を講じる必要があります。
 また、以前にも本欄(2018年11月25日号)で触れたことがありますが、ふるさと納税は、「多くの国民が、地方のふるさとで生まれ、教育を受け、育ち、進学や就職を機に都会に出て、そこで納税をする。その結果、都会の地方団体は税収を得るが、彼らを育んだ『ふるさと』の地方団体には税収はない。そこで、今は都会に住んでいても、自分を育んでくれた『ふるさと』に、自分の意思で、いくらかでも納税できる制度があっても良いのではないか、という問題提起」から始まった制度ですから、ふるさと納税を専門高校の産業教育設備の購入・更新・修繕の費用に使うことは、まさにふるさと納税の本来の趣旨に沿った使途として、推奨されてよいのではないかと思います。

大学の科目等履修生制度を活用する

 多くの大学には科目等履修生という制度があります。大学や大学院に入学せずに授業科目を履修し、単位を取得できる制度です。
 文部科学省の委託調査では、企業が外部教育機関として大学を活用しない理由を調べていますが、「大学等を活用する発想がそもそもなかったため」、「大学等でどのようなプログラムを提供しているかわからないため」、「他の機関に比べて教育内容が実践的ではなく現実の業務に生かせないため」といった理由が挙げられています。企業が大学等に期待する教育環境としては、社会人に配慮した時間帯の授業、短期間のコース、インターネットでの授業、安い授業料などとなっています。
 科目履修生制度であれば、こうしたハ一ドルのいくつかはクリアできるので、もっと利用されてしかるべきと思いますが、どのような科目を履修できるのか、という点では、なかなか情報を得られにくいかもしれません。(独法)大学改革支援・学位授与機構では「科目等履修生制度の開設大学一覧」という資料をとりまとめていますが、800ページを超える大部な資料なのですが、目次もなく、その名のとおり、大学ごとの紹介なので、学びたい、学ばせたい内容を教えてくれる科目が、どこの大学にあるのかは、大学を一つひとつ当たらなくてはなりません。この「一覧」は印刷物ではなく、ネット上に掲載されているので、検索すればいいということなのでしょうが、類似の科目のある大学が一覧となっていれば、使い勝手は格段に高まるのではないかと思います。

専門職大学院を活用する

 社会人に配慮した時間帯での授業ということになると、専門職大学院が適しているのではないかと思います。しかしながら、専門職大学院は教職大学院、法科大学院が中心となっており、2017年時点で122校のうちICT系は、コンテンツ系も含めてわずか5校にすぎず、ICT系大学院の拡充を促進していく必要があります。
 なお本年4月より、特定の職業のプロフェッショナルになるために必要な知識・理論、そして実践的なスキルの両方を身につけることのできる大学として、専門職大学・専門職短期大学という仕組みが始まりました。しかしながら初年度の開校は大学が2校、短大が1校に止まり、それぞれファッション、リハビリテーション、動物看護が専門で、まだICT系に対応できるものとなっていません。一般的な大学においても、知識・理論だけでなく、実践的なスキルを身につけるような教育は実際に行われているので、専門職大学・専門職短期大学という仕組みが、今後、どれだけ活用されていくのかは、わかりません。

第四次産業革命スキル習得講座

 以上のような制度は、学校教育の枠組みの中のものでしたが、もちろん専門学校などの活用も考えられます。
 経済産業省では、「第四次産業革命スキル習得講座」という仕組みを始めています。厚生労働省の所管する「教育訓練給付制度(専門実践教育訓練)」と連携しており、「ITデータを中心とした将来の成長が強く見込まれ、雇用創出に貢献する分野において、社会人が高度な専門性を身に付けてキャリアアップを図る、専門的・実践的な教育訓練講座を経済産業大臣が認定する制度」とされています。講座の修了者には、専門実践教育訓練給付金が支給されますが、給付額は、教育訓練施設に支払った教育訓練経費の50%に相当する額で、1年間の最高額は40万円、訓練期間は最大で3年間とされているため、3年間で最高120万円、また修了後、あらかじめ定められた公的職業資格等を取得し、受講修了日の翌日から1年以内に雇用保険の被保険者として雇用された人、またはすでに雇用されている人に対しては、教育訓練経費の20%に相当する額が追加支給され、50%と20%を合わせて、3年間の場合は最高168万円(2年の場合は112万円、1年の場合は56万円)という制度です。
 給付という点では、なかなか充実した制度だと思いますが、効果測定という点では、不十分なように思われます。
 厚労省の「教育訓練給付制度(専門実践教育訓練)」では、講座が目標とする資格の取得について、教育訓練施設が教育訓練給付の受給者などにアンケート調査や電話調査を行い、資格試験の受験率や合格率を把握し、厚労省に報告を行うことになっていますが、これらが低いからといって指定取り消しになるわけではありません。そもそも教育訓練施設によるアンケート調査や電話調査で正確なデータが把握できるのか、という問題もあります。厚労省・経産省は給付金の受給者、資格試験の受験者・合格者の名寄せを行い、受験率・合格率の確認を行うとともに、受験率が低い、合格率が平均的な水準よりも低いといったような講座については、3年後の再指定を行わないなどの対応が必要と思われます。

実務家教員の質と数の確保

 大学・大学院では、専攻分野における実務の経験を有し、かつ、高度の実務の能力を有する実務家教員の活用がクローズアップされていますが、その質と数の確保が課題となっています。当面、
*それぞれの分野で最先端の仕事に携わっている現役の企業人が、時間を割いて実務家教員として指導にあたることができるよう、たとえば労働法令面での制度整備や適切な就業規則策定の推奨、ティーチングスキル向上のための教育機会の提供などを行う。
*現役の企業人が大学・大学院で実務家教員として指導にあたることが、企業にとっても社会貢献であると認識されるよう啓発に努めていく。
といったことが必要と思われます。

労使参加で枠組みづくりを

 第4次産業革命によって変化する雇用社会の未来について、ドイツ連邦労働社会省(BMAS)が2016年にとりまとめた「労働4.0白書」では、エンプロイアビリティーの確保に向け、継続的職業教育訓練政策が最重要課題であるとした上で、これをデジタル化された雇用社会に適合するよう再編成するため、広範囲かつ長期的な戦略を連邦政府・州政府・労使団体などをメンバーとした国レベルでの会議体で策定すべきだと指摘しています。
 そもそも「労働4.0白書」自体、労使が参加した上で作成されたものですが、わが国では、第4次産業革命に対応するための政府のさまざまな会議(審議会など)に、労働組合の代表、労働者の代表があまり参加していません。文科省の中央教育審議会では、分科会などには連合の代表が参加していますが、本体の審議会には参加できなくなっています。
 第4次産業革命によって、雇用や労働がどのように変化していくかば、率直に言ってまだわかりません。しかしながら、仕事の中身が激変していくこと、激変に対応するための教育訓練が不可欠であること、については間違いないわけですから、労使も参加した上で、継続訓練、再訓練の枠組みづくりを行っていくことが不可欠です。

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