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株価の暴落に対する一般社団法人成果配分調査会の見方

2024年8月15日
一般社団法人成果配分調査会代表理事 浅井茂利

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株価の暴落に対する一般社団法人成果配分調査会の見方

2024年8月15日 一般社団法人成果配分調査会

 2024年8月初旬、日経平均株価が暴落しました。その後、持ち直しをしていますが、7月中旬時点に比べれば、依然として大幅下落の状態にあることは否定できません。こうした状況に対し、一般社団法人成果配分調査会は以下のような見方を示すことによって、関係方面、賛助会員、資料購読登録、および読者のみなさまの議論の参考に供したいと思います。

8月初旬の日経平均株価の暴落は、米国が金融緩和、日本が金融引き締めという、日米の金融政策の方向性が真逆となったことによるものである

 8月初旬の株価暴落については、当初は「米国の景気減速懸念」がその原因との見方もありましたが、7月中の最高値から本稿執筆時点で判明している8月14日の株価(いずれも終値)への変動率で見ると、
 日本(日経平均)  ▲13.7%
 米国(NYダウ)  ▲ 2.9%
 ドイツ(DAX)  ▲ 4.6%
 英国(FTSE100) ▲ 1.0%
となっており、日本の株価が際立って大きな下落を示しています。「米国の景気減速懸念」が主因でないことは明らかです。
 また、日経平均株価は7月に史上最高値を記録していたので、株価が高水準だったから下落が大きかったという見方があるかもしれませんが、NYダウも史上最高値であったわけですから、株価が高水準だったことは、日本の下落が大きい理由にはなりません。

 米国FRBのパウエル議長は、7月9~10日に行った連邦議会での証言において、「労働市場の軟化がみられる」などと語り、FRBによる利下げが近づいているとの認識を市場に与えました。これに対し日銀は、7月31日、
①これまで0~0.1%程度とされていた政策金利(無担保コールレート・オーバーナイト物)を0.25%程度に引き上げる。
②日銀が市場から買い入れる長期国債の額について、2026年1~3月に月間3兆円程度になるよう減額していく。(2024年7月実績は6.4兆円)
③金融機関が日銀に預けている日銀当座預金のうち、金融機関に対して義務付けられている「所要準備」を超えて預けている分(超過準備)に付与する金利について、これまでの0.1%から0.25%に引き上げる。
という強力な金融引き締め策を打ち出したのに加え、植田総裁が、0.25%に引き上げられた政策金利の一層の引き上げについて「0.5%」を壁として意識していない、との発言を行ったことから、強い金融引き締め姿勢を市場に示すことになりました。
 米国が金融緩和、日本が金融引き締めという、日米の金融政策の方向性が真逆となったことが、急激な円高への反転を招き、日本の株価の暴落をもたらしたことは明らかです。

 ちなみに、量的金融緩和とは、日銀が国債を市中から買い入れることによって、市中に資金を供給し、民間の経済活動を活発化させるという仕組みですが、民間の経済活動の拡大に必要な資金供給の拡大が、上記②の施策によって妨げられる、という事態は何としても避ける必要があります。
 また金融機関が日銀当座預金に預けている超過準備は、本来はなくてよいものですが、2024年6月時点で474兆円に達しており、その分、民間の経済活動に供給されるべき資金が滞っていることになります。③の施策は、莫大な超過準備を維持する役割を果たすことになりますので、これも「量的金融引き締め」となりかねません。

 こうした金融引き締め政策を実施することにより、2024年度消費者物価上昇率(生鮮食品を除く総合)に関する日銀の見通しは、2024年4月時点では2.8%だったのが、7月には2.5%に引き下げられるところとなっています。

株価の暴落を受けて、日銀は金融引き締め政策の軌道修正を示唆し、株価の持ち直しにつながったが、金融引き締めには、今後とも十分慎重であるべきである

 8月5日に日経平均株価が前週末に比べ4,451.28円下落(終値)したことを受けて、日銀の内田副総裁は、8月7日の函館市金融経済懇談会において、

*金融資本市場が不安定な状況で、利上げをすることはありません。
*最近の内外の金融資本市場の動きは極めて急激ですので、その動向や経済・物価に与える影響について、極めて高い緊張感をもって注視し、政策運営において適切に対応してまいります。繰り返しになりますが、当面、現在の水準で金融緩和をしっかりと続ける必要があると考えています。

と発言し、金融引き締め政策の軌道修正を示唆しました。
 これによって市場の雰囲気が一変し、株価の持ち直しが見られたことは周知のとおりですが、金融引き締めについては、日銀は今後とも十分慎重であるべきだと思います。日銀の物価目標は「2%程度」ですから、仮に2.0%を下回っても、1%台後半であれば目標の範囲内ということになるわけですが、
*2024年1月までは、日銀として、消費者物価上昇率が「安定的に2%を超えるまで」金融緩和を継続することを明言していたこと
*デフレマインドを完全に払拭し、とくに零細企業に対して物価上昇を上回るベースアップを促していく必要があること
からすれば、たとえ一時的であっても物価上昇率が1%台に鈍化することは回避すべきだと思います。

「行き過ぎた円安」の問題点は急激な円高を招きやすいことであり、円安是正が急激な円高を招いては本末転倒である

 7月に実施された金融引き締め政策の背景には、1ドル=160円台に達していた「行き過ぎた円安」があったわけですが、「行き過ぎた円安」の何が問題なのかという点については、あまり明確となっていないように思われます。円安には、
*輸出が拡大する
*輸出による利益が増加する
*輸出産業の設備投資が拡大する
*輸出産業における業績好調が内需産業にも波及する
*省エネ・省資源化を促進する
といったメリットがあります。 

 円安によって国富が流出する、などということがよく言われるわけですが、これらのメリットがデメリットを上回るのであれば、また外交上、円安批判が高まっている状況でなければ、たとえ為替相場が購買力平価(対ドルで言えば、日米の物価水準がイコールになる理論的な為替レート)から大きく乖離した「行き過ぎた円安」であったとしても、とくに問題はありません。
 たとえば「行き過ぎた円安」前の2021年度(円相場は平均で1ドル=112円程度)と2023年度(同1ドル=145円程度)のわが国経済を比べてみると、GDPベースで、
*輸入は名目で27.3兆円、実質で4.0兆円増加しているが、輸出はこれを上回り、名目で28.0兆円、実質で8.1兆円増加している。
*海外からの所得(純受取)は、名目で6.0兆円、実質で4.0兆円増加している。
*内需についても、個人消費は名目で24.7兆円、実質で6.0兆円、設備投資は名目で11.4兆円、実質で3.9兆円増加している。
という状況にあります。

 日銀「短観」によって2021年度と2023年度の企業の経常利益を比べてみても、
*企業規模計で、全産業32.3%増、製造業15.5%増、非製造業48.5%増(うち小売業47.1%増)
*中小企業で、全産業23.7%増、製造業9.7%増、非製造業29.1%増(うち小売業66.5%増)
となっており、円安が利益に直結する輸出産業以上に、円安で打撃を受けるはずの内需産業において、業績好調となっていることがわかります。
 2021年度については、まだコロナ禍の影響が残っており、そのために増益率が高いのでは、という指摘があるかもしれませんが、2022年度→2023年度という単年度の変化で見ても、
*企業規模計で、全産業12.4%増、製造業9.6%増、非製造業14.6%増(うち小売業21.0%増)
*中小企業で、全産業13.1%増、製造業12.7%増、非製造業13.2%増(うち小売業27.1%増)
となっており、傾向は変わりません。

 「行き過ぎた円安」による物価上昇についても、適正な価格転嫁がなされ、物価上昇を上回るベースアップが行われればよいだけです。現に今回の物価上昇の場合、2023年の春闘では物価上昇を下回るベースアップに止まりましたが、2024年には、零細企業を除いては、全体として物価上昇をカバーするベースアップができているものと見られ、1990年代後半以降続いてきた日本の低賃金構造を脱する契機となることが期待されています。

 金利が高くなったほうが儲かる人々が一定程度存在するので、そうした人々は円安を攻撃することによって、金利引き上げを実現しようとしますが、あくまで円安の日本経済全体へのメリット・デメリットについて、事実に即して見極めていくことが重要です。また、円安が短期的な利益の拡大には寄与していても、中長期的な国際競争力の強化には必ずしも結びついていないことも考えられるので、円安の状況を活用した国際競争力強化のあり方についても、わが国全体で検討していく必要があります。

 結局、「行き過ぎた円安」の問題点は、急激な円高への反転を招きやすい、ということに尽きるのだと思います。従って、「行き過ぎた円安」を是正するために急激な円高への反転を招いてしまったのでは、本末転倒と言わざるを得ず、日銀は猛省すべきではないかと思います。

内田副総裁のもうひとつの重要な発言

 日銀の内田副総裁の「金融資本市場が不安定な状況で、利上げをすることはありません」という発言は、市場の安定にとって効果的かつ不可欠であったわけですが、副総裁はもうひとつ、きわめて重要な内容を発言しています。それは、

*私(内田副総裁)自身は、この10年ほど、「日本経済に変革をもたらすドライビング・フォース(原動力)は、人手不足しかない」と言い続けてきました。変革時には摩擦は不可避ですが、社会において失業に対する抵抗感が強い以上、一時的な倒産と失業増を経て次のステージの回復を期す、という米国流の変革プロセスは現実的ではないからです。
*10年超に及ぶ大規模な金融緩和が各種の副作用をもたらしたことは事実であり、真摯に受け止めたいと思いますが、この労働市場の状況をもたらす原動力ではあったと思います。このグラフからも明らかな通り、(人手不足を)人口動態の変化だけで説明するのは無理です。
*そして、人手不足の状況になってはじめて、企業も社会も変わらざるを得
なくなりました。
日本社会が受け入れ可能な形で、すなわち、多くの失業を
生まない形で、新陳代謝が進む素地ができたということです。その意味で、
ここからは、成長力の強化が、企業の具体的なアクションとして進むと期待
しています。

という部分です。
 かつて速水日銀総裁(在任1998~2003年)は、中央銀行からの資金供給の拡大によってデフレが解消されるというオーソドックスな経済学の考え方やデフレを解消するためのインフレ・ターゲットの導入を明確に否定するとともに、産業・企業の構造改革を強く促し、そのためには低成長や物価の下落、失業や倒産の増大といった痛みが伴うことは避けられない、ということを繰り返し主張していました。
 速水総裁の2代後になる白川総裁(在任2008~2013年)も、一見、金融緩和を行っているように見えても、実はその効果を減殺してしまう「補完当座預金制度」、「資産買入等の基金」といった仕組みを導入しています。速水・白川両総裁の時代には、需要不足と物価下落、超円高が放置された結果、人件費の引き下げ、失業者の増加、格差の拡大、そして企業の生産拠点の海外流出と競争力の弱体化を招くことになりました。
 金融政策を引き締め気味にすることによって、産業・企業に人員整理や賃下げを促し、競争力強化を図る「清算主義」という考え方がありますが、内田副総裁の発言は、もう「清算主義」に戻ることはない、速水・白川両総裁の時代のような金融政策を採用することはない、ということを明確に宣言したものだと言えます。

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