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(浅井茂利著作集)世界を驚かせたアメリカの鉄鋼・アルミ輸入関税

株式会社労働開発研究会『労働と経済』
NO.1626(2018年5月25日)掲載
金属労協政策企画局主査 浅井茂利

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 アメリカのトランプ大統領は2018年3月8日、1962年通商拡大法232条に基づき、鉄鋼製品、アルミニウム製品の輸入に追加関税(従価税)を賦課する大統領布告に署名しました。税率は鉄鋼が25%、アルミが10%に設定されており、3月23日から実施されました。カナダ、メキシコ、オーストラリア、アルゼンチン、韓国、ブラジル、EU加盟国については適用除外とされていますが、日本は適用対象となっています。
 世界は、この措置に対して大いに驚かされたわけですが、適用除外国の設定などは実に巧妙で、まさに不動産業で名を馳せた実業家として、面目躍如といったところではないかと思います。トランプ大統領は、政治には何の経験もないのは事実ですが、だからといって、常識はずれの突拍子もない人というわけではなく、あなどれない交渉相手であると考えたほうがよいでしょう。

鉄鋼、アルミニウム関税の概要

 まずは、今回の措置について、整理してみたいと思います。なお概要は、ジェトロ(日本貿易振興機構)の情報を中心に、ご紹介していることをお断りしておきます。
 1962年通商拡大法232条は、輸入がアメリカの安全保障を損なう恐れがあると商務省が判断した場合に、当該輸入を是正する権限を大統領に与えているものです。2018年1月に、商務省から大統領に提出された調査結果では、鉄鋼とアルミの輸入がアメリカの安全保障を損なう恐れがあると判断しており、是正措置として、関税や輸入数量割当の導入を提言しています。今回の追加関税適用はこれに基づくもので、期限については定められていません。
 対象製品は、広範なものとなっていますが、アメリカ国内製品の供給量や品質が十分でない、あるいは安全保障上認められる品目については、商務長官が他の関係機関との協議の上で認可すれば、適用対象から除外できるプロセスが設けられています。なお、この申請は、今回の措置で直接的な影響を受ける在米企業に限られていますが、日系企業でも申請はできるようです。
 アメリカと同盟関係にある国からの輸入については、アメリカの安全保障を脅かさないような代案が提示された場合に限り除外を認めるとし、除外をめぐる交渉についてはUSTR(アメリカ通商代表部)が担うことになっています。適用除外の国が増えた場合には、それ以外の国に対する関税の税率が引き上げられる可能性もあります。
 なお、中国に対してはこれとは別に、1974年通商法301条に基づく制裁措置の発動が決定されており、航空、情報通信技術、機械など600億ドル分の中国からの輸入に対し、25%の追加税率(従価税)が賦課されることになっています。

適用除外国

 3月23日の徴収開始日までに、カナダ、メキシコ、オーストラリア、アルゼンチン、韓国、ブラジル、そしてEU加盟国が適用除外国とされていますが、2018年5月1日までの暫定的なもので、本稿執筆時点では、その後の状況はわかっていません。
 ただし、オーストラリア、アルゼンチン、ブラジルは、もともとアメリカのほうが貿易黒字を計上しているので、引き続き適用除外とされるのではないかと思います。
 カナダとメキシコについては、NAFTA(北米自由貿易協定)の再交渉において、アメリカの労働者や農業界の利益につながるかたちで合意できない場合は、両国も改めて対象とすることが示唆されています。韓国は早くも3月26日に米韓FTAの見直し交渉が大筋合意に至りました。
*アメリカは、貨物自動車の関税(25%)の撤廃時期を2021年から2041年に先延ばし。
*アメリカ基準のまま韓国で販売できるアメリカ車の枠を、メーカーあたり年間2万5千台から5万台に倍増。
*韓国産鉄鋼の対米輸出は、2015~17年平均の70%相当の輸出数量枠を設定。
などとなっています。なお新聞報道では、加えて「為替条項」の導入に合意したとされています。為替条項は、競争的な通貨切り下げを禁じる、金融政策の透明性と説明責任を約束する、という内容で、強制力は持たないと説明されています。
 アメリカとEUとは、双方が受け入れ可能な打開策をめざし、早急に協議に入ることで合意しています。

なぜ日本は適用除外されなかったのか

 トランプ大統領はこの措置の発動にあたり、「日本の安倍首相や他の人たちに言っておきたい。彼らはいいやつでわたしの友人だが、『こんなに長い間、米国をうまくだませたなんて信じられない』とほくそ笑んでいる。そんな日々はもう終わりだ」と発言したそうですが、大統領に友情と利害は別物という感覚があっても当然のことだと思います。
 大統領がなぜこのように感じているのか、その真意について書かれたものを読んだわけではありませんが、率直に言って、心あたりとしては、ふたつあげられると思います。
 まずひとつは、トランプ政権発足後、麻生副総理とペンス副大統領が担当して実施されている「日米経済対話」が、成果をあげていないということがあります。ただ現実的には、日米間ではこれまで、市場志向型分野別協議(1985年開始)、日米構造協議(1989年開始)、日米包括経済協議(1993年開始)、日米規制緩和対話(1997年開始)、成長のための日米経済パートナーシップ(2001年開始)、日米規制改革及び競争政策イニシアティブ(2001年開始)、日米経済調和対話(2010年開始)、TPP協定日米並行交渉(2013年開始)とほぼアメリカ大統領の新しい任期が始まるごとに、経済協議を行ってきた経過があります。率直に言って、新しいネタなど何もない、というところだろうと思います。
 金属労協では、2017年の政策・制度要求において、「日米の『経済対話』に際しては、冷静な判断の下、従来の経過や客観的事実が両国で共有化されるよう、十分な準備と慎重な取り回しを行っていく」よう、政府に要請していましたが、担当部局の反応は、やや楽観的なものでした。そのように楽観できる状況であったことが、逆に、日本が鉄鋼・アルミ関税で適用除外されないという事態をもたらした、ということは否定できません。

TPPにおける日本の関税撤廃率の低さ

 ふたつ目は、TPP協定において、日本の関税撤廃率が他の国々に比べ、例外的に低くなってしまっていることです。工業製品については、ほかの参加国と同様100%ですが、農林水産品は81.0%で、際立って低いものとなっています。全体でも、他の国々はすべて99%か100%で、まさに「各国の国民に利益をもたらす、野心的で、包括的な、高い水準の、バランスの取れた協定」というTPP協定の目標にふさわしい水準となったのに対し、日本だけが95%に止まっています。
 こうした「つけ」は、参加国全体の交渉と並行して行われる二国間交渉に表れており、たとえば、トラック(ピックアップトラックを含む)の対米輸出は、29年間にわたって25%の関税率のままで維持され、30年目で撤廃、キャブシャシ(4%)は15年目に削減開始で25年目に撤廃、乗用車(2.5%)も15年目から削減開始で25年目で撤廃とされるなど、アメリカの対日関税が長期間維持される状況となっています。それでも、アメリカは100%の関税撤廃を約束しているのに、日本は5%の品目の関税が、現行のTPPである限り続くということは、アメリカ側からすれば、大変な不満だろうということは想像できます。

関税を負担するのは自国の消費者

 FTA(自由貿易協定)、EPA(経済連携協定)などの交渉で、自国の関税を守ったら「勝ち」、撤廃したら「負け」というようなイメージがありますが、これは大間違いです。関税を支払うのは、一見、外国の企業のような気がしますが、これは錯覚で、関税を設けている国の消費者が支払うというのが基本です。
 まず、関税があっても輸入が行われている場合、輸入業者が関税を支払うわけですが、原則的には、販売価格に上乗せされるはずなので、最終的に国内の消費者が支払うことになります。関税分を輸入業者(もしくは輸出した外国企業)が負担して、販売価格を引き上げなかった場合には、関税を設けた国の税収増にはなりますが、輸入の抑制という目的は、まったく達成されません。
 次に、高い関税があるために、もともとは国産品よりも安かった輸入品の価格が国産品を上回り、輸入が行われない場合ですが、この時は、関税の支払い自体は発生しません。しかしながら、関税がなければ、消費者は国産品よりも安い輸入品を購入できるはずだったのに、高い国産品を買わなければならなくなったということで、その差額(国産品価格 - 輸入品の関税抜き価格)を負担することになります。
 今回の鉄鋼・アルミの関税も、
*ミズーリ州のベアリングメーカーの生産は、アメリカで入手できない日本の特殊鋼に依存しており、適用除外を申請するにしても、小規模企業が個別に品目別の申請をするのは負担が大きすぎる。
*アメリカの石油・ガス業界は、パイプラインや掘削装置の鉄鋼製品は海外からの特殊鋼材の輸入に依存しており、パイプライン建設のコスト上昇や雇用への影響が出る。
*アメリカ連邦準備制度理事会の発表した4月の地区連銀経済報告でも、「追加関税は、(経済)活動と価格の見通しに深刻な不確実性をもたらしている」「米製造業の雇用やビジネスに打撃を与えている」と指摘されているそうです。(新聞報道)
 「関税は、国内における消費者から生産者への所得移転である」という理屈は、何もアメリカだけの問題ではなく、わが国においてもまったく同じであることに留意する必要があります。
 それでも国内産業が守られればよいではないか、ということが言えるかもしれません。しかしながら、そのように関税で守られた産業は、ますます国際競争力を失っていく可能性が大きいと言えます。農産品などについては、もともと消費者に強い国内産志向があるわけですから、あとは輸出拡大を促し、国際競争を繰り広げる中で、競争力の強化を図っていくべきであると思います。

鉄鋼・アルミ関税は、相手国市場をこじ開けるため

 2018年4月の日米首脳会談では、トランプ大統領は安倍首相に対し、日米二国間のFTAの交渉入りについて、強い意欲を示したということです。
鉄鋼・アルミに対する追加関税の目的は、アメリカ国内の鉄鋼産業、アルミ産業の保護のためというよりは、相手国の市場をこじ開けるためであることは明白です。従って、単純な保護主義として片付けられない問題であると思います。
 日本政府が、アメリカとの二国間FTA交渉に応じるのか、アメリカのTPP復帰を前提に、二国間の並行交渉に応じるのか、定かではありません。いずれにしても、アメリカ側の関税撤廃をこれ以上遅らせたり、アメリカへの輸出数量を制限したり、輸入数量を約束したりすることのないようにしていくことが重要ですが、それとともに、「守るべきものは守る」というわが国の基本姿勢そのものを見直していく必要があると思います。

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