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人権デュー・ディリジェンスと労働組合(1)

株式会社労働開発研究会『労働と経済』
NO.1677(2022年8月25日)掲載
金属労協主査 浅井茂利

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 2022年1月号の本欄で触れているように、企業における人権デュー・ディリジェンス(人権DD)の取り組みがいよいよ本格化することになります。経済産業省では、人権DDに関するガイドラインの作成作業を進めており、おそらく8月中くらいには、成案が発表されるのではないかと思います。EUや欧州各国では、企業に人権DDを義務付ける法制化も進んでおり、欧州に事業拠点を持つ企業、欧州企業と取引のある企業では、対応を求められる状況となっています。
 金属労協では人権DDについて、「企業活動における人権侵害を撲滅するため、企業が最大限の仕組みづくりと継続的な努力を行うこと」と定義していますが、その最大の特徴は、
企業が、
*ステークホルダーとの情報交換や協議を通じて、
*なかでも、取引先などバリューチェーン企業と相互に人権の状況を点検し合い、人権確保を要請し合うことを通じて、
その活動における人権侵害を撲滅する仕組み、

ということになると思います。従って人権DDの実施に際しては、社内外のステークホルダーとの情報交換や協議が必須となります。 

特別なステークホルダーである従業員、労働組合

 当然のことながら、従業員もステークホルダーの一部です。ただし、以下のような理由から、従業員は他のステークホルダーとは異なる特別な存在であり、労働組合はその代表として、人権DDにおいて特別な役割を果たしていく必要があります。
*従業員は事業活動の担い手であること。
*職場における人権の確保には、現場の従業員の持つ情報の活用と従業員の積極的な行動が不可欠であること。
*従業員は、人権侵害の被害者にも加害者にもなり得ること。
*労働組合は、企連(企業グループ労連)や産別などの活動を通じて、バリューチェーン企業の労働組合と密接な関係を構築していること。
*グローバルなバリューチェーン全体での人権確保には、国際労働運動のネットワークを通じた情報が不可欠であること。
*取引先における人権の状況の点検に関しては、企業は、監査・認証サービス機関を活用していくことになるが、そうした第三者機関による情報を補完するため、労働組合経由のナマの情報が一層重要となること。
*そもそも労働組合は、「社会正義を追求」し、「自由、平等、公正で平和な社会を建設」する組織であること。
 どれも当たり前のことのように思われますが、先進的に人権DDに取り組んでいる企業を見ても、労働組合が積極的に参画している事例はなかなか見受けられないので、この点については、とくに強調しておく必要があります。
 ちなみに、ILOの「多国籍企業宣言」では、人権DDにおいて、結社の自由、団体交渉、労使関係、社会対話が「中心的な役割」を果たす、とされています。本来、対等な労使関係の下での交渉が機能していれば、ほとんどの問題は解決されるはずだ、という前提に立っていると言えるでしょう。また、「多国籍企業宣言」の「労働者のためのガイド」では、
*企業はデュー・ディリジェンス・プロセスに労働者団体を組み入れなければなりません。
*労働組合とGUF(国際産業別労働組合組織)は、デュー・ディリジェンス・プロセスへの参加を要求することができます。
*作業プロセスに、労働組合の積極的な関与、及び労働組合との有意義な協議を含めなければなりません。
として、やはり労働組合の参画を強調しています。

労働組合の役割

  2022年1月号の本欄でも紹介していますが、「責任ある企業行動のためのOECDデュー・ディリジェンス・ガイダンス」では、労働組合の役割に関して、以下のように具体的に例示しています。
*DDのプロセスの設計および実施に参加する。
*労働組合の関与した苦情処理の仕組みを構築し、関与する。
*業種、地域、または企業固有の人権侵害リスクについて、情報提供を行う。
*人権侵害の被害者の代表、もしくは代理の立場に立って、企業と協議し、関与する。
*海外現地法人やバリューチェーンなどで発生する「結社の自由・団結権・団体交渉権」をめぐる問題に関与する。
*これらを行うため、GFA(グローバル枠組み協定)などを締結する。(後述)
 こうしたことから、人権DDにおける労働組合の役割については、次のような3本柱として整理できます。
①人権DDの「プロセス」への参画
②苦情処理・救済システムへの参画
③グローバル・バリューチェーンにおける人権侵害撲滅に向けた関与

 ただし中小企業などの場合には、会社側に対し、まずは人権DDの中身と実施の必要性について情報提供し、迅速な取り組みを促すところからはじめなくてはならない場合もあると思います。
 労働組合は、これまでも働く者の人権の確保、ディーセント・ワークや「良質な雇用」の追求、公正な配分の実現、グローバル・バリューチェーンにおける中核的労働基準(結社の自由・団体交渉権、強制労働の禁止、児童労働の廃止、差別の排除、安全で健康的な労働環境)の確立、公正取引を含む産業の健全な発展に力を尽くしてきました。人権DDが、こうした取り組みをさらに後押しすることも期待されるところです。

人権DDの「プロセス」への参画

 まず第一に、人権DDの「プロセス」への参画ですが、企業は次のような「プロセス」の体制を整備し、実施していかなくてはなりません。
①人権侵害が絶対に起こらないよう、企業としての方針を確立する(コミットメント)。
②発生している人権侵害や、発生する危険性のある人権侵害を徹底的に洗い出す(特定する)。
③発生している人権侵害を是正し、再発防止を徹底する。発生する危険性のある人権侵害を防止する対策を策定し、徹底する。予見・防止できなかった人権侵害に迅速に対処する。
④人権侵害を受けた者に対し、謝罪、被害回復または地位復帰、適切な補償を行う。
⑤人権確保の状況や、人権デュー・ディリジェンスの取り組み状況について、調査・追跡検証を行い、評価し、報告し、監査を受ける。
⑥人権確保の状況や、人権デュー・ディリジェンスの取り組み状況について、公表する。
 労働組合は、特別なステークホルダーである従業員の代表として、この「プロセス」に参画し、情報提供・意見反映を行っていかなければなりません。実施段階はもちろん、制度設計・整備の段階から参画していく必要があります。
 参画のあり方としては、
①社内横断的な「人権デュー・ディリジェンス委員会」などにメンバーとして参加する。
または、
②人権デュー・ディリジェンスに関する労使専門委員会を設置する。
少なくとも、
③労使協議会において、人権デュー・ディリジェンスを定例的な議題とする。

ということになると思います。そして、
*これらの場において、会社側から人権デュー・ディリジェンスに関して報告を受けるとともに、労働組合として情報提供を行い、意見反映を行う。
*人権デュー・ディリジェンスに関する企業の取り組み状況、労働組合の活動を組織内に周知徹底する。
といったことを行う必要があります。
 労働組合から情報提供・意見反映を行う内容としては、
*労働組合の諸会合、日常の職場活動や相談活動などを通じて得られた情報や知見
⇒ 社内の情報や、従業員・労働組合の意見
*企連や産別などの活動を通じて得られた情報や知見
⇒ バリューチェーン内の情報や、産業内の動向
*国際労働運動のネットワーク(海外労働組合ネットワーク・・・後述、GUF、ILOなど)を通じて得られた情報や知見
⇒ グローバル・バリューチェーン内の情報や、国際的な動向
*実施されている人権DDが、グローバルスタンダードなやり方にそぐわないものとなっている場合の改善策
などが考えられます。

 苦情処理・救済システムへの参画

  「人権デュー・ディリジェンス」を世界ではじめて提唱した国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」では、
*人権を尊重する企業の責任=人権DD
とともに、
*人権を保護する国家の義務
*救済へのアクセス
を3本柱として掲げています。このうち「救済へのアクセス」については、企業に対し、「非国家基盤型の苦情処理メカニズム」、すなわち企業単独の、または業界団体の、あるいはステークホルダーと共同した、苦情処理・救済システムの設置を求めています。
 労働組合として、社内、グループ企業、バリューチェーン、産業内などを対象とする苦情処理・救済システムの設置を求めていくとともに、これらに参画し、人権侵害の被害者の代表、もしくは代理の立場に立って、情報提供・意見反映を行っていく必要があります。

 グローバル・バリューチェーンにおける人権侵害撲滅に向けた関与

  日本企業の海外事業拠点では、労働組合リーダーやスト参加者の解雇などといった結社の自由・団結権・団体交渉権に対する侵害事例が頻繁に発生しています。こうした労使紛争が発生すれば、従業員、組合員の人権を侵害し、生活基盤を破壊するだけでなく、当然、経営陣と従業員との信頼関係が損なわれ、事業活動は停滞を余儀なくされ、現地での企業イメージも急激に悪化します。場合によっては、グローバルな抗議活動などのキャンペーンが行われたり、OECDの各国連絡窓口に問題提起され、全世界におけるブランドの価値が毀損する可能性もあります。
 このような事態を回避するためには、グローバル・バリューチェーンにおける人権の状況をつねに掌握していることが不可欠であり、労働組合としても、海外のグループ企業を組織する現地の労働組合と定期的および随時、情報交換・意見交換を行っていくとともに、金属労協の加盟するインダストリオール・グローバルユニオンのようなGUFを活用した情報を入手していくことが重要となります。
 具体的には、
*少なくとも、日本の労働組合が海外グループ企業を訪問した際、現地の労働組合、未組織の場合には従業員代表と情報交換・意見交換を行う。
*国ごとに、グループ企業の労働組合の参加を募り、日本の労働組合と情報交換・意見交換を行う機会を定期的に開催する。(二国間ネットワーク)
*地域ごと、もしくはグローバルに、日本の労働組合も含めてグループ企業の労働組合が参集し、情報交換・意見交換を行う機会を定期的に開催し、もしくは参加する。(多国間ネットワーク)
*人権侵害の発生はもとより、そのほかの相談にも対応するため、日本の労働組合と海外グループ企業の労働組合とのホットラインを構築する。
*ILOやGUFが開催する業種別会合に積極的に参加する。
*5分野の中核的労働基準を世界中のグループ企業、バリューチェーン企業であまねく遵守していくため、企業、企業の母国の労働組合、GUFの三者が、中核的労働基準の遵守、その実効性の確保、モニタリングの実施、迅速な問題解決に関して合意し、約束し、宣言し、実践するGFAの締結を検討していく。
などが挙げられると思います。
 インダストリオール・グローバルユニオンでは、47社でGFAを締結していますが、このうち日本企業はミズノだけにとどまっており、日本の取り組みが遅れている分野です。

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