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第22回 成城商店街で撮られた映画 北口篇

 今回から商店街ロケ映画のご紹介。まずは北口駅前からスタートしましょう。
 かつて駅の階段を北側に下りると、最初に目に飛び込んできたのが石井食料品店です。1927年の小田急線開通と同時に開店した老舗で、先述のとおり『実は熟したり』(59/大映)で川崎敬三と田宮二郎が、『ニッポン無責任時代』(62)では植木等がこの店頭に立っています。
 関根恵子(現高橋惠子)が十代の頃に主演した『新高校生ブルース』(70/大映)では、水谷豊らが店の前を通ると、店頭には大量のリンゴが陳列されていて、当店が元々果物屋であったことが実感されます。また、浦山桐郎監督が撮った『暗室』(83/にっかつ)では、「成城石井」となった後の店内で、清水絋治が高級ワインを買うシーンや木村理恵が店先を物憂げに通り過ぎる姿を見ることができます。
 当店が高級スーパーマーケット化したのは、1976年のこと。黒澤和子さんは「石井が高級スーパーになったのは、大量のウイスキーや肉を注文していたパパ(黒澤明)のお陰」と、冗談交じりにおっしゃっていましたが、黒澤が自宅(当時は狛江にあった)にスタッフや俳優たちを招き、しょっちゅう食事やお酒を振舞っていた話はよく聞きますので、案外これが真相なのかもしれません。黒澤家ではウイスキーをダース単位(!)で注文していたことから、お店の方が間違えてビールを配達したこともあったそうです。

1972年の北口商店街。右が石井食料品店(成城学園教育研究所提供/画像処理:岡本和泉)
1977年撮影の「成城石井」。すでにスーパーマーケット化していることが分かる。
奥に見えるのは東宝パーラーがあった成城東宝ビル(同)

 向かい側の成城凮月堂(1918年創業、1930年に現在の場所に移転)が、黒澤作品『悪い奴ほどよく眠る』(60)冒頭のウエディングケーキや、怪奇映画『マタンゴ』(63)の毒キノコ(これを食べると人間がキノコに変身する)を作ったことは有名ですが、この店先が写る映画に小林桂樹がご用聞きを演じた『御用聞き物語』(57)と、石坂洋次郎原作の日活映画『こんにちわ20才』(64)があります。当地成城においても日用品はご用聞きと電話で間に合わせていた時代があり、凮月堂でも毎日、見本を持参して注文取りに回っていたといいます。『こんにちは20才』には吉永小百合が当店やニイナ薬局前を買い物して歩くシーンがあるので、サユリストは必見です。
 ちなみに、堀社長によればマタンゴはメレンゲ製だったとのこと。実際に口にした水野久美さんも「美味しかった」と語っておられました。

1962年頃の成城凮月堂(成城大学卒業アルバムより)

 『新婚日記 嬉しい朝』(56)という若尾文子主演作で、看板が写り込んでいるのが花屋さんの村田永楽園。その店先で撮られたのが、『スーパージャイアンツ 地球滅亡寸前』(57/新東宝)という宇津井健主演の和製スーパーマン映画です。一人しかいないのに複数形のタイトルがつくのは、いったい何故なにゆえでしょうか? 本作では、街頭テレビや相撲の土俵もあったという駅前広場(のちに「小田急OX」が建つ)の様子も見られます。

かつての駅前広場は駐輪場に。奥に村田永楽園と改札口に昇る階段が見える
駅階段の右側(かつての駐輪場)に建つのは小田急OX
(成城学園教育研究所提供/画像処理:岡本和泉)
最近の北口駅前(筆者撮影)

 成城パン(東京堂)も古いお店です。ライオン長屋で店を開いていた頃は「うさぎや」という屋号を持ち、ご主人が自転車を繰り出しては成城学園のグラウンドでパンを売っていたといいます。これが、今でも初等学校で〈持ち込み〉が許されている原点なのかもしれません。のちに、現在の砧支所事務所棟のところに工場が作られ(パン工場は石井の裏手や南口駅前にもあったといいます)、この匂いに誘われた大林宣彦監督が成城の街と大学を好きになった話は、ご本人から伺いました。浪人中の監督は、石畳とパンの匂いにヨーロッパの街の雰囲気を感じたのだそうです。結果的に大林青年は医学部を受けずに、成城大学に入学していますので、成城との出会いがなかったら、かの映画作家・大林宣彦は生まれなかったことになります。
 現在の場所に移ってからは『乾杯!女学生』(54/雪村いづみ)、『恐怖の逃亡』(56/安西郷子)、「お姐ちゃんはツイてるぜ」(60/団令子)などの映画でその店先に立つ女優が見られる成城パンですが、『ニッポン無責任野郎』(62)で植木等が店前の交差点で「無責任一代男」を歌うシーンがなんといってもハイライト。一時期、お店のショーウィンドウにこの画像が展示されていて、嬉しく拝見したものです。

成城パン店頭(1967年成城大学卒業アルバムより)
『ニッポン無責任野郎』では、グリーンのスーツを着た植木等が成城パン前の交差点で歌い踊る(イラスト:岡本和泉)

 さらに、成城に豪邸を持った京マチ子の主演作『沈丁花』(66)では、相手役の小林桂樹が店先の道路を横切る姿を、また『日本一のホラ吹き男』(64)では、店正面にあった洋食店(成城パンの経営による:現在の三菱UFJ銀行成城支店/64年11月開店)と鈴木金物店間の道から植木等が駆け出てくる姿を見ることができます。『ホラ吹き男』の当シーンは4月頃に撮影されたものなので、三菱銀行(当時)はわずか半年で上物を建て替えたことになります。
 『ホラ吹き男』で、植木等は石井脇の吉田書店に飛び込んでいきますが、この本屋が重要な役割を果たしたのが、前号でも取り上げた『憲兵と幽霊』(58)という天知茂主演の新東宝映画。なんと吉田書店は中国人スパイのアジトという設定で、憲兵役の天知は斜向かいの鈴木金物店前で軍用バイクを降り、何食わぬ顔で店内に入っていきます。戦時中の物語なのに、昭和30年代の成城の街で撮影してしまうあたりは、新東宝という映画会社の姿勢(?)の表れでしょうか。
 ちなみに、かつて(1970年代中頃)吉田書店の隣には「デイリー・クイーン」というハンバーガー・ショップがありました。まだマクドナルドが千歳船橋にしかなかった頃の話です。さらに以前(昭和20年代)、同所には小島という下駄店が営んでいた別の「風月」があったとも聞きます。「風月」を名乗る菓子店が成城に二店あったことなど、にわかには信じられない話ですが、昔話は今のうちに伺っておかねばならないと、つくづく思わされたところです。
 
 蕎麦屋の「きぬたや」は、前述の『御用聞き物語』の他、成城ロケを好んだ青柳信雄監督による『サラリーマン権三と助十 恋愛交叉点』(62)、新藤兼人監督が永山則夫による連続射殺事件を取り上げた『裸の十九才』(70/実際に永山の自宅でもロケを敢行した恐るべき作品:成城在住の原田大二郎のデビュー作)で店の暖簾が見られます。筆者が大学生の頃には、蕎麦屋さんなのにお寿司も食べられ、大変重宝したものです(とは言え、めったに食べられませんでしたが……)。
 その味(五目うま煮かけご飯や焼きそば)がやけに懐かしい中華料理店・栄華飯店は、大岡昇平や三船敏郎が贔屓にしたお店。意外なことに映画ロケで使われた形跡はなく、わずかにTVドラマ『気になる嫁さん』(NTV)でその店頭が確認できるのみです。
 
(この項続く)

旧店舗時代の栄華飯店(成城大学卒業アルバムより)

※『砧』829号(2022年5月発行)より転載(大幅加筆のうえ、写真・イラストを多数追加)

【筆者紹介】
高田雅彦(たかだ まさひこ) 日本映画研究家。学校法人成城学園の元職員で、成城の街と日本映画に関する著作を多数執筆。『成城映画散歩』(白桃書房)、『三船敏郎、この10本』(同)、『山の手「成城」の社会史』(共著/青弓社)、『「七人の侍」ロケ地の謎を探る』(アルファベータブックス)の他、近著に『今だから!植木等』(同)がある。