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中国が「未富先老」を恐れるわけ

「未富先老」とは中国語で豊かになる前に老いてしまうという意味です。 そうなったら大変だというわけで、中国共産党が1組の夫婦に3人目の出産を認める方針を明らかにしたことは皆さんご存じでしょう。

 しかし中国が発表した2020年の国勢調査結果によれば、中国の総人口は14.1億人。前回2010年の調査と比べて5.38%(7000万人)も増えていいます。日本の11倍以上で、もちろん世界一です。人口は出生者数マイナス死亡者数ですから、少子高齢化といっても中国では新生児が凄い勢いで増えていることになる。

 日本のように深刻な人口減少に陥っていません。それなのになぜそんなに慌てているのか。

 そう思って調べてみると、「実際は人口が減少していることを覆い隠すためにデータを水増し」したのでは、と中国政府のデータに疑問を呈する記事が見つかりました。読売新聞(電子版)5月13日付けの北京からの報告です。それが事実なら中国政府の焦りにも合点がいきます。

 記事によれば、中国国家統計局が20年の香港、マカオを除く中国本土の14歳以下の人口(06から20年生まれの子ども)は2億5338万人だったと発表しましたが、統計局がこれまでに公表した06~20年の出生数を総計すると約2億3900万人(香港紙・明報(電子版))なのです。1400万人超の差があるのです。

 国勢調査では20年の総人口を14億1178万人と発表されていますが、病院での新生児届け出数や学校の児童数などをもとにしたによると総人口は12億8000万人以下で、出生数も1000万人を下回る、と同記事は人口問題研究家・易富賢氏の推計を引用して指摘していました。

 これに対して中国統計局は「国勢調査の対象年以外は、サンプル調査による推算のため誤差がある」としていますが、誤差という範囲を明らかに超えています。

 じつは中国の出生数が減少に転じたという衝撃的なニュースとして伝えられたのは3年前、2018年1月の事でした。国家統計局が2017年の出生数が前年の1786万人から1723万人に減少したと発表したのです。全面的な「二人っ子政策」のスタートの年だった2017年に出生数が63万人も減少してしまったのだから中国政府にとっては一大事だったに違いありません。

 これまで中国の人口政策は権力者の意向で大きく揺れ動いてきました。簡単に振り返ってみましょう。

 農業国だった中国では、長きに渡って人口は国力を増強する「財産」であるとして人口増加策が推し進められてきました。毛沢東率いる中国共産党もその「生めよ増やせよ」政策を踏襲。その結果、中華人民共和国が建国された1949年から4年足らずで3000万人も増え、まさにベビーブームが到来しました。

 しかし、これに待ったをかけた人物がいました。鄧小平です。文化大革命の嵐を生き延びて全権を掌握した第2代最高指導者です。改革開放政策で知られる実用主義者の鄧は、このままでは国民生活の向上が見込めず経済や社会の発展の妨げになると判断。1982年の第12回中国共産党大会で「一人っ子政策」という強烈な人口抑制策を打ち出しました。2人目の子供を産んだ家庭には容赦なく罰金を科したのです。

 効果は絶大で、1982年に4.43人だった1家庭の平均人数は2010年には3.01人まで減少しました。どこを見回しても一人っ子家庭ばかりになったわけです。ところが皮肉なことに、見事に成功した出産制限策は少子高齢化という大問題を生み出す結果となりました。

 その頃、中国ではすでに「421家族」という言葉が流行語になっていたといいますからすでに巷でも「一人っ子政策」の弊害を実感していたのでしょう。「421」とは子供1人に父母2人、祖父母4人の家族という意味です。

 2010年当時最高指導者だった胡錦濤は、じつは少子高齢化の恐ろしさをすでに超高齢社会(65歳以上が人口の21%以上)に突入した日本から学んでいました。膨大な人口を抱えた中国がこのまま「一人っ子政策」を続ければ、日本とは比較にならないほど深刻なショックが襲ってくることに気づいていたのです。

 にもかかわらず彼は思い切った人口政策転換に踏み切れませんでした。自分を最高権力者の座に推挙してくれた鄧小平の路線から外れられなかったからです。

 しかし、習近平主席は違いました。彼が模範とするのは日頃から快く思っていなかった鄧小平ではなく「建国の父」毛沢東だったからです。少子高齢化は経済発展に必要な労働力と消費の減少に繋がる。2013年に発足した習政権は同年11月、中国共産党18期中央委員会第3回全体会議(3中全会)で始めて限定的な「二人っ子政策」を打ち出しました。2016年には全面的な「二人っ子政策」に移行したが思ったほど成果が上がらず、ついに今回の「第3子容認」となったわけです。

 2018年3月、全国人民代表大会で習主席は憲法を改正して国家主席の任期を撤廃しました。2023年以降も政権を維持する意志を表明したことに他ならない。目指すは政治、経済、軍事、テクノロジーで凌駕し凌駕し世界一の大国になること。そして「14億人民の偉大なる勝利」をもたらした指導者として歴史に名を刻むことでした。

 そのためには豊富な労働力と巨大な消費市場が必要です。だが目前には少子高齢化という巨大な壁が立ちはだかっています。中国国家統計局が5月に発表した2020年の国政調査では、65歳以上の人口が全体の13.5%だが、21年には14%を超え「高齢社会」に突入する見込みです。労働力が減少する中、出生率が大幅に落ち込んでいるのです。

 中国政府は21年からの5カ年計画に「高齢化対応の国家戦略」の実施を明記しましたが、具体策は示されていません。政策を誤れば習主席が描く「中国の夢」が夢で終わり「未富先老」が中国の現実となる可能性があります。
               (写真はBarcroft Media via Getty Images)

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