美学を持とう

何がっていうわけではないけど不安、みないなことを20代の人たちからよく聞くようになった。今一緒に仕事をしている若手たちに何かをお願いするととてつもないスピードでつくったりする。一見、いいことに見える。早いことはいいこと。でも、どこか、「浅い」。例えるならまるで行列をさばく安売りの店頭のよう。そして、話を聞くと不安だからという言葉が返ってくる。きっと日頃から隙間という隙間に「損をしないお得な情報」を詰め込まれ、ひっきりなしに流れてくる「新着情報」にさらされた姿なんじゃないかな、と。3つ4つの選択肢ならじっくりと考えて選ぶことはできるけれど、無数の選択肢にさらされた時、目を逸らしたくなってしまいそう。僕なら逃げ出す。そこへ時代はもっともっと!と耳元で語気を強めに言ってくる。雑誌を開けば成功者たちからの "若者へのエールに見えるような自慢話"。テレビのドキュメンタリー番組では救いようがないほど落ちぶれた若者の姿を映す。「何がっていうわけではない不安」は今の狂ったようなメディアや情報やデータの副産物だろう。本当はね、生き物は、いいかげんな考えを持ったりだらしない生き方をすることだってあるし、三日坊主だってOKだし、山あり谷ありがある。ろくに勉強もしなかったのに社長になったし、大学教授にもなった僕が声を大きくして不安を口にする若者たちに言い続けたい。「家族と友達だけを大切にしてればあとはほとんど無視してもいいよ。自分のやり方でOK。」と。焦らなくていい、焦らなきゃいけない時にだけ全力で。そのどれもが家族や友達のことで何かあった時に全力で焦ってやろう。まずは自分の美学を持とう。「こんなことは絶対にしない」とか。「レディーファースト」かっこいい。「席や道をゆずる」ナイス。「地球に優しく」だよね。「年上を敬う」なんていうのは昔から好まれてるよね。敬老の日とかあるわけだし(笑)。「どんなことにもいいことを見つけて褒める」なんていうのは難しいけど素敵。美学を持った先には豊かな日々があるんじゃないかな。美学を持とう。