確率解析入門(1)~確率微分方程式

概要

確率解析とは、確率微分方程式及びそれの応用分野を、数学的観点から扱う学問分野である(とここでは扱う)。確率微分方程式とは、Langevin方程式のように、微分方程式の時間発展にランダムな雑音ないしジャンプが入っているもののことを指す。従って、例えばSchrödinger方程式等は、確率的な事象を微分方程式で表現しているが、ランダム性が無く完全に決定論的な記述である為、確率微分方程式ではない。

確率解析のみならず、その前提となる確率論は測度論に依拠する為、一般に確率解析は集合と位相、Lebesgue積分が既習であることが求められ、難度が高いとされている。

確かに、測度変換が重要な役割を果たす重点サンプリング法(極めて発生確率が低いリスク事象の評価には通常のモンテカルロ法では収束が望めない為、測度変換により低確率事象がしっかり観測出来るようにしなければならない)やMalliavin解析の応用である漸近展開法等、測度論を理解することが要求されるものはある。そうではあるが、初学者の段階では「確率微分方程式が解ける」という最初の一歩を踏み出し、後で必要になってから測度論を学習する方が効率的なのではないか。

そのような考えに基づき、本連載では確率解析の簡易的な解説を行う。初回である今回は確率微分方程式とは何か、どのように解くか等について、細部に立ち入らず概要だけを述べる。

(……推移確率密度関数に関する記述が貧弱過ぎるのでいつか修正したい。)


確率微分方程式とは何か?

最も代表的な形

最も代表的な(伊藤型)確率微分方程式(1変数)は以下の通りである。

$$
dX_t = \mu (t, X_t) dt + \sigma(t, X_t)dB_t
$$

ここで、$${t}$$が時刻で、変数$${X_t}$$が挙動を知りたい未知数である。乱数が加わっている為、$${X_t}$$は確率変数である。$${dB_t}$$がこの系に入っているランダム要素(駆動乱数)で、Brown運動(Wiener過程)$${B_t}$$の増分を表す。Brown運動を使うのは白色雑音(異時刻間での相関が0で瞬間瞬間でバラバラな変動)が数学的に扱い難いので、その足し合わせのようなものを考えているからである。Brown運動は時間$${t}$$の経過で平均0、分散$${t}$$の正規分布に従って増分を乱数生成するものと考える。

数式自体は単純で、右辺の第2項を消して考えると

$$
\frac{dx}{dt}=\mu (t,x)
$$

という常微分方程式に過ぎないし、コンピュータで数値計算することを想定すれば、$${N(0, \Delta t)}$$を平均$${0}$$、分散$${\Delta t}$$の正規分布に従う乱数として

$$
X+=\mu(t,X) \Delta t + \sigma (t,X) N(0, \Delta t) \\
$$

というシンプルな時間発展でしかない(計算精度を上げる為にはこのEuler法による計算よりもMilstein法の方が良いが、詳細はAppendix参照)。

起きている現象自体はイメージし易くシンプルであるが、ランダム性があるというだけで難しい、それが確率微分方程式である。

以上では確率微分方程式が伊藤型であるということを前提にしたが、確率微分方程式や確率積分にはStratonovich型というのもある。しかし、基本的にあまり使われないので、今後は特に気にしないものとする。

表現出来る現象の具体例

確率微分方程式がどのような現象を模擬するのに使えるのかを知ることは、確率微分方程式の応用の広さや、数式にどのような拡張を施せばより便利になるのか、これらを想像する上で有用であろう。その観点から、1つのBrown運動を駆動乱数とする1変数の確率微分方程式で表現出来る現象の具体例を2つ挙げておく。

(1)Brown粒子の運動方程式
Brown粒子とは、例えば花粉から破裂して出てきた澱粉のような、微粒子のことである(注意:花粉粒子そのものは大き過ぎてこれから述べるような運動はしない)。このBrown粒子の静水中での運動方程式を考える。

通常の粒子の場合、速度に比例した抵抗を周囲の水から受けると考えると、運動方程式は次のようになる。

$$
m \frac{dv}{dt} = -kv
$$

Brown粒子の場合、大きさが小さいので、周囲の水分子の不規則な力も働く。その力を白色雑音$${W_t}$$の定数倍とすると

$$
m \frac{dv}{dt} = -kv + \sigma_W W_t
$$

白色雑音は扱い難いので両辺に$${dt}$$を掛けて整理する。

$$
\begin{align}
mdv &= -kvdt + \sigma_W W_t dt \nonumber \\
&=-kvdt+ \sigma_W dB_t \nonumber
\end{align}
$$

両辺を$${m}$$で割り、また速度$${v}$$が時刻$${t}$$に依存する確率変数であることを強調する為に$${V_t}$$と書くことにすると

$$
dV_t = -\frac{k}{m}V_tdt + \frac{ \sigma_W}{m}dB_t
$$

これは最初に示した確率微分方程式で$${\mu(t,V_t)=-\frac{k}{m}V_t}$$、$${\sigma(t,V_t)=\frac{ \sigma_W}{m}}$$とした時の式である。これはLangevin方程式と呼ばれる。

尚、厳密には、Gauss型白色雑音と伊藤型確率微分方程式を対応させる変換としてWong-Zakai変換というものがあり、単純に$${W_tdt \to dB_t}$$と置き換えるという訳ではないのだが、白色雑音からモデルを作り始めることはあまりないであろうし、特に気にしないものとする。

(2)株価の時間発展
株価の変動はランダムであり、ランダムな変動が積み重なってギザギザした時系列になるという考え方が昔から存在する。

単純に増分の期待値が$${r}$$、それが$${\sigma}$$で揺らいでいるとすると

$$
X_t=rdt+\sigma dB_t
$$

しかし、この式は幾つかの点で株価の表現には不便である。第一に、株価$${X_t}$$が負の値を取り得ること。第二に、株価は変動の絶対値ではなく変化率を基準に記述したい(例えば株式の分割や併合により1株あたりの値段が変わることがあり、企業価値の変動と比例すると考えられるのは株価1単位の変動額そのものではなく変化率である)。そう考えると、株価の増加率の期待値を$${r}$$、その揺らぎを$${\sigma}$$とするのが妥当である。すると確率微分方程式は

$$
X_t = r X_t dt + \sigma X_t dB_t
$$

となる。これは幾何Brown運動と呼ばれる。

拡張(1) 駆動乱数の変更

今までは駆動乱数としてBrown運動しか考えてこなかったが、伊藤型確率微分方程式において、これは一般のマルチンゲール、更にはマルチンゲールと有界変動過程の和にまで拡張することが出来る。

これの何か嬉しいのかというと、駆動乱数としてPoisson過程を利用することが出来るようになることである。Poisson過程はBrown運動のように常に細々と変動せず、時々丁度1だけ増えるという挙動をする。対象とする何らかの事象の発生回数をカウントしているのだ。このような確率過程を計数過程と呼ぶ。Poisson過程の拡張としてdoubly stochastic Poisson過程(Cox過程)というものも存在する。

Poisson過程$${N_t}$$は強度$${\lambda(>0)}$$というパラメータを持ち、時刻$${s}$$から$${t}$$の間に何回事象が発生するかが、パラメータ$${\lambda (t-s)}$$のPoisson分布に従う。即ち、

$$
P(N_t - N_s = n) = \frac{\lambda ^n (t-s)^n}{n!} e^{- \lambda (t-s)}
$$

が成り立つ。

尚、$${E \{ N_t \} = \lambda t}$$なので、単位時間あたりに期待値的には$${\lambda}$$回事象が発生すると思って良い。

Poisson過程を更に拡張したdoubly stochastic Poisson過程は何時使うのかというと、強度$${\lambda}$$が時間や状況によって変化して欲しい時に使う。

確率微分方程式の応用として確率制御問題(確率過程で変化する状態に対する最適化戦略を考える)というものがあり、その一例である株式の売買で考えてみよう。指値注文を出した場合、約定するまでは自分の資産は変化しない。この場合、約定が発生を確率過程で模擬したい事象である。そして金融市場の性質を考えると、約定する確率は一定ではない――より高い(低い)価格で売ろう(買おう)とするならば約定し難くなり、また同時に市場の価格変動が激しいなら約定し易くなる。即ち、指値注文の価格を幾らに設定するか(自分の戦略)や価格変動の激しさ(置かれた状況)によって、Poisson過程の強度$${\lambda}$$が時間変化して欲しいのである。このような時に使うのがdoubly stochastic Poisson過程(Cox過程)である。

拡張(2) 変量と駆動乱数の多次元化

今までは1変量の確率微分方程式のみ考えてきたが、多変量に拡張したいという動機は当然のように存在する。例えば、水中のBrown粒子の運動は本来3次元である。そして同時に、多変量となれば駆動乱数も複数必要にならざるを得ない。Brown粒子が水分子から受ける力は$${x,y,z}$$の3方向で、その大きさが独立であって欲しいからだ。Langevin方程式であれば、運動方程式の$${\bm{V}_t}$$は3次元ベクトル、駆動乱数は$${\bm{B}_t=(B^x_t, B^y_t,B^z_t)^{\rm{T}}}$$となる。$${\bm{V}_t}$$の$${x}$$成分は$${\bm{B}_t}$$の$${x}$$成分$${B_t^x}$$から影響を受ける。

尚、Langevin方程式では確率変数と駆動乱数の数が一致していたが、一般にはこれは一致しない。株価の運動を模した幾何Brown運動を考えればこれは分かるであろう。

幾何Brown運動において、確率変数$${\bm{X}_t}$$は、各成分が1つの銘柄の株価を表している。例えば東証プライムに上場している会社は約1600~1700社程度であるから、日本の株式市場の主要な部分を幾何Brown運動で模擬したいのであれば、$${\bm{X}_t}$$の次元もそのくらい、大体1000~2000程になる。

対して駆動乱数はどうか。会社と同じ数だけあって、それぞれの乱数が対応する会社の株価にだけ作用するというモデル化は不自然である。経済アナリストが1000~2000の、しかも個々の会社にしか影響しない情報から経済分析していると考えるのは馬鹿げている。そうではなくて、例えば日本全体の景況感、各種物価指数や経済統計等、高々数十(特殊な業界ニュースまで含めても数百程度)個の要素だけを材料に膨大な数の個々の企業について考察していると見做す方が自然であろう。

そして個々の経済ニュースが個々の企業に影響する力の大きさや方向は当然異なっている。分かり易いものとして円とドル、ユーロ等の交換比率、即ち為替レートが挙げられる。国内でのみ提供されるサービス業、非貿易財であれば為替レートの影響は小さく、為替レートの影響が大きい貿易財を扱う企業においても、輸出産業か輸入産業かに依って正の影響なのか負の影響なのか、その方向が異なってくる。$${m}$$個の企業それぞれに対し$${n}$$個の経済ニュースが異なる大きさの影響を与えるとなると、その様子は$${m \times n}$$行列によって表現する他ない。即ち、

$$
d\bm{X}_t = \bm{\mu}(t, \bm{X}_t)dt + \bm{\sigma} (t, \bm{X}_t) d\bm{B}_t
$$

と確率微分方程式を書くと、$${d\bm{X}_t}$$と$${\bm{\mu}(t, \bm{X}_t)}$$が$${m}$$次元ベクトル、$${d\bm{B}_t}$$が$${n}$$次元ベクトル、$${\bm{\sigma} (t, \bm{X}_t)}$$が$${m \times n}$$行列となる。

確率微分方程式を解く

変数変換の必要性

伊藤型確率微分方程式

$$
dX_t = \mu dt + \sigma dB_t
$$

を解くということを考えよう。

左辺が$${dX_t}$$なので、そのまま両辺を積分すれば左辺が$${X_t}$$となり、すぐさま解けそうである。$${t=0}$$での初期値を$${X_0}$$とすると

$$
X_t = X_0 + \int_0^t \mu ds + \int_0^t \sigma dB_s
$$

それっぽい形にはなった。これで解けているのかどうか、具体的な式で検証してみる。Langevin方程式$${dX_t = -\gamma X_t dt + \sigma dB_t}$$に対してこれを適用してみると

$$
X_t = X_0 + \int_0^t (-\gamma X_s)ds + \int_0^t \sigma dB_s
$$

……どうにも解けたような感じがしない。というより、方程式を異なる形で書き直しただけではないか。事実、方程式から人間が読み取れる情報は全く増えていない。元の書き方を微分形、この書き方を積分形という。

では何故今回は解けなかったのか。積分形の式を見て、「解けていない」と感じる理由は、右辺にも$${X_t}$$が残っているからである。これは確率微分方程式の$${\mu}$$が$${X_t}$$に依存、即ち$${\mu = \mu(t,X_t)}$$であったが故に起きたことであった。Langevin方程式の場合はそうではないが、$${\sigma}$$の$${X_t}$$依存性も問題となる。

一般に、微分方程式を解くという行為は、有限回の式変形、変数変換、積分から成り立っている(求積法)。右辺の$${X_t}$$依存性を無くす上で、式変形や積分が役に立たないことは自明であるから、変数変換が必要ということになる。即ち、適当な関数$${Y_t (t,X_t)}$$を考えて

$$
dY_t = m(t)dt + s(t) dB_t
$$

のような右辺が$${Y_t}$$に依存しない形の式を作り、それを積分して$${Y_t}$$を得て、最後に変数を$${X_t}$$に戻して解を求めることになる。この変数変換に用いるのが伊藤の公式(伊藤の補題)である。

伊藤の公式

確率微分方程式$${dX_t = \mu dt + \sigma dB_t}$$が与えられた時、確率変数$${Y_t = f(t,X_t)}$$を考えると、$${Y_t}$$は次の確率微分方程式を満たす。

$$
dY_t = ( \frac{\partial f}{\partial t} + \frac{\partial f}{\partial x} \mu + \frac{1}{2} \frac{\partial^2 f}{\partial x^2} \sigma ^2 ) dt + \frac{\partial f}{\partial x} \sigma dB_t
$$

これが伊藤の公式である。

この公式は伊藤過程に対する合成関数の微分法、微分連鎖則と呼ばれるが、どういうことであろうか。何も考えずに$${Y=f}$$の微分を書き出してみると

$$
\begin{align}
dY_t &= df \nonumber \\
&= \frac{\partial f}{\partial t}dt + \frac{\partial f}{\partial x}dX_t \nonumber \\
&= \frac{\partial f}{\partial t}dt + \frac{\partial f}{\partial x}(\mu dt + \sigma dB_t) \nonumber \\
&=  ( \frac{\partial f}{\partial t} + \frac{\partial f}{\partial x} \mu ) dt + \frac{\partial f}{\partial x} \sigma dB_t \nonumber
\end{align}
$$

となり、伊藤の公式と似た形になっている。但し、伊藤の公式の右辺第3項である$${\frac{1}{2} \frac{\partial^2 f}{\partial x^2} \sigma ^2 dt}$$が欠けている。その項は伊藤の補正項と呼ばれたりする。通常の合成関数の微分法に補正が加わることで伊藤の公式が出来ているという見方をするから、伊藤の公式が伊藤過程に対する合成関数の微分法、微分連鎖則と呼ばれるのである。

そして伊藤の公式には直観的な導出法(覚え方)が存在する。その過程で、微小変位に関する次の3つの置き換えを利用する。

  • $${(dt)^2 \to 0}$$……微小変位の2乗は微小変位より更に微小だから無視する

  • $${(dB_t)^2 \to dt}$$……2乗するのだから確実に正の値を取り、経過時間$${dt}$$のBrown運動の分散が$${dt}$$なのだから、変化は大体$${dt}$$

  • $${dtdB_t \to 0}$$……$${dB_t \sim (dt)^{1/2}}$$と扱うと$${dtdB_t \sim (dt)^{3/2}}$$となり、$${dt}$$より微小なので無視

$${Y_t = f(t,X_t)}$$を形式的に2次までTaylor展開し、上記の微小変位に関する置換を用いることで伊藤の公式が得られる。

$$
\begin{align}
dY_t &= \frac{\partial f}{\partial t}dt + \frac{\partial f}{\partial x}dX_t
+ \frac{1}{2} \frac{\partial^2 f}{\partial t^2} (dt)^2
+ \frac{\partial^2 f}{\partial t \partial x} dt dX_t
+ \frac{1}{2} \frac{\partial^2 f}{\partial x^2} (dX_t)^2 \nonumber \\
&= \frac{\partial f}{\partial t}dt + \frac{\partial f}{\partial x} (\mu dt + \sigma dB_t)
+ \frac{1}{2} \frac{\partial^2 f}{\partial t^2} (dt)^2
+ \frac{\partial^2 f}{\partial t \partial x} dt (\mu dt + \sigma dB_t)
+ \frac{1}{2} \frac{\partial^2 f}{\partial x^2} (\mu dt + \sigma dB_t)^2 \nonumber \\
&= \frac{\partial f}{\partial t}dt + \frac{\partial f}{\partial x} (\mu dt + \sigma dB_t)
+ \frac{1}{2} \frac{\partial^2 f}{\partial x^2} \sigma^2 dt \nonumber \\
&= ( \frac{\partial f}{\partial t} + \frac{\partial f}{\partial x} \mu + \frac{1}{2} \frac{\partial^2 f}{\partial x^2} \sigma ^2 ) dt + \frac{\partial f}{\partial x} \sigma dB_t \nonumber
\end{align}
$$

尚、確率微分方程式に駆動乱数や次元の拡張があったのと全く同様に、それに対応する伊藤の公式にも拡張があるが、それに関してはここでは述べず、Appendixで記述することとする。

解析解の導出

伊藤の公式を用いて確率微分方程式を解く手順は、次のようになる。

  1. 解きたい確率微分方程式に対応する伊藤の公式を書きだす

  2. $${dt}$$の項と$${dB_t}$$の項の双方から$${X_t}$$が消えるような$${Y_t(t,X_t)}$$の関数形を見つける

  3. 両辺を積分して$${Y_t}$$を求める

  4. 変数を基に戻し$${X_t}$$を得る

では、次にこれをLangevin方程式と幾何Brown運動に対して適用する。

(1)Langevin方程式
解くべき方程式は

$$
dX_t = -\gamma X_t dt + \sigma dB_t
$$

これに対応する伊藤の公式を書きだすと

$$
dY_t = (\frac{\partial f}{\partial t} - \gamma X_t \frac{\partial f}{\partial x} + \frac{\sigma^2}{2} \frac{\partial^2 f}{\partial x^2}) dt
+ \sigma \frac{\partial f}{\partial x} dB_t
$$

$${dB_t}$$の項の方が簡単なのでそちらから先に考える。$${\sigma}$$は定数なので$${X_t}$$の有無には無関係である。よって、$${f}$$を1回$${x}$$で偏微分した式が$${X_t}$$に非依存であれば良い。それを満たすのは

$$
f(t,X_t) = h(t)X_t + g(t)
$$

という$${X_t}$$に関する1次式に限られる。この式を$${dt}$$の項に代入すると

$$
\begin{align}
&\frac{\partial f}{\partial t} - \gamma X_t \frac{\partial f}{\partial x} + \frac{\sigma^2}{2} \frac{\partial^2 f}{\partial x^2} \nonumber \\
= &h'(t)X_t + g'(t) - \gamma h(t) X_t \nonumber \\
= &(h'(t) - \gamma h(t)) X_t + g'(t) \nonumber
\end{align}
$$

となるので、これが$${X_t}$$に非依存である為の条件は$${h'(t) - \gamma h(t) = 0}$$である。これを解くと$${h(t) = e^{\gamma t}}$$となる。

$${g(t)}$$は初期値に合わせる為の任意関数であるとして無視すると、以上より$${Y_t = f(t,X_t)}$$が

$$
Y_t = f(t,X_t) = e^{\gamma t} X_t
$$

と求まり、その微分は

$$
\frac{\partial f}{\partial t} = \gamma e^{\gamma t} X_t ,\ \frac{\partial f}{\partial x} = e^{\gamma t} ,\ \frac{\partial^2 f}{\partial x^2} = 0
$$

となる。これを最初に書いた伊藤の公式に代入すると

$$
\begin{align}
dY_t &= (\gamma e^{\gamma t} X_t - \gamma e^{\gamma t} X_t + 0)dt
+ \sigma e^{\gamma t} dB_t \nonumber \\
&= \sigma e^{\gamma t} dB_t \nonumber
\end{align}
$$

両辺を積分して

$$
Y_t = Y_0 + \sigma \int_0^t e^{\gamma s} dB_s
$$

最後に$${Y_t = e^{\gamma t} X_t}$$により$${X_t}$$の式に戻すと

$$
e^{\gamma t} X_t = e^0 X_0 + \sigma \int_0^t e^{\gamma s} dB_s \\
\therefore X_t = e^{-\gamma t} X_0 + \sigma e^{-\gamma t } \int_0^t e^{\gamma s} dB_s
$$

これがLangevin方程式の解である。■

(2)幾何Brown運動
解くべき方程式は

$$
dX_t = r X_t dt + \sigma X_t dB_t
$$

これに対応する伊藤の公式を書くと

$$
dY_t = (\frac{\partial f}{\partial t} + r X_t \frac{\partial f}{\partial x} + \frac{\sigma^2 X_t^2}{2} \frac{\partial^2 f}{\partial x^2})dt + \sigma X_t \frac{\partial f}{\partial x}dB_t 
$$

より単純な$${dB_t}$$の項から考える。$${X_t \frac{\partial f}{\partial x}}$$が$${X_t}$$に非依存であれば良いので

$$
f(t,X_t) = h(t) \log X_t 
$$

となる($${X_t > 0}$$を利用、$${t}$$のみの項は省略)。これを$${dt}$$の項に代入して

$$
\frac{\partial f}{\partial t} + r X_t \frac{\partial f}{\partial x} + \frac{\sigma^2 X_t^2}{2} \frac{\partial^2 f}{\partial x^2}
= h'(t) \log X_t + rh(t) - \frac{\sigma^2}{2} h(t)
$$

これが$${X_t}$$に関して非依存なのは$${h'(t) = 0}$$、即ち、$${h(t)=h}$$(定数)の時である。よって、伊藤の公式に$${Y_t = f(t,X_t) = \log X_t}$$を代入して

$$
dY_t = (r - \frac{\sigma^2}{2})dt + \sigma dB_t
$$

両辺を積分して

$$
Y_t = (r - \frac{\sigma^2}{2})t + \sigma \int_0^t dB_s = (r - \frac{\sigma^2}{2})t + \sigma B_t
$$

$${Y_t = \log X_t}$$により変数を$${X_t}$$に戻すと

$$
\log X_t = (r - \frac{\sigma^2}{2})t + \sigma B_t \nonumber \\
\therefore X_t = X_0 \exp[(r - \frac{\sigma^2}{2})t + \sigma B_t]
$$

これが幾何Brown運動の解である。■

推移確率密度関数の導出

常微分方程式や偏微分方程式では解析解が求まれば任意の時刻、座標を指定することで知りたかった値が一意に得られ、それで十分だったのだが、確率微分方程式ではそうはいかない。解$${X_t}$$が確率変数だからである。確率変数の生成方法が分かったとして、その統計的性質を調べないことには、何の役にも立たないであろう。例えばBox-Muller法の

$$
y_1 = \sqrt{-2 \ln x_1} \cos (2 \pi x_2) \nonumber \\
y_2 = \sqrt{-2 \ln x_1} \sin (2 \pi x_2)
$$

といった乱数$${y_1,y_2}$$の生成式を見たところで、$${y_1,y_2}$$がどういう確率変数なのか直接的には理解出来ない。これが生成する確率変数が従う確率分布が正規分布であり、その平均が0、分散が1だということを知って、それで初めて性質を理解することが出来る。

確率微分方程式の解$${X_t}$$の場合、知りたいことは何であろうか。それが推移確率密度関数である。

推移確率密度関数$${p\{ x,t | x_0,t_0 \}}$$とは、時刻$${t_0}$$で$${X_{t_0}=x_0}$$であった時に時刻$${t}$$で$${X_t = x}$$となる条件付確率の密度関数のことである。これは確率過程にMarkov性がある場合に定義出来る。$${t \to \infty}$$での挙動を観察することもある。

推移確率密度関数には2つの求め方がある。

解析解から求める

解析解から求める場合にも、大きく分けて2つの方法がある。

$${X_t}$$がGauss過程の場合、出てくる関数は正規分布である為、平均と分散を求めるだけで良い。但しその計算に確率収束の概念を用いることがあるので、本稿では割愛する。

そうでない場合、推移確率密度関数の積分(時刻$${t_0}$$で$${X_{t_0}=x_0}$$であった時に時刻$${t}$$で$${X_t \le x}$$となる条件付確率)を求め、それを$${x}$$で偏微分することにより求めることとなる。幾何Brown運動のように解の中に$${B_t}$$をそのまま含むような場合、$${X_t \le x}$$の条件を式変形して$${B_t}$$と別の何かの大小関係の式に帰着し、それで解ける。

Fokker-Planck方程式から求める

推移確率密度関数は次の偏微分方程式(Fokker-Planck方程式、Kolmogorovの前進方程式)の解としても与えられる。

$$
\frac{\partial p}{\partial t} = -\frac{\partial}{\partial x}(\mu p) + \frac{1}{2} \frac{\partial^2}{\partial x^2} (\sigma^2 p)
$$

$${\mu(t, X_t)}$$と$${\sigma (t,X_t)}$$さえ分かればFokker-Planck方程式は書ける為、確率微分方程式の解$${X_t}$$を必要としない導出法である。

参考文献

[1] 兼清泰明、”確率微分方程式とその応用”、森北出版、2017
[2] 駒木文保、清智也、”東京大学工学教程 基礎系 数学 確率・統計Ⅲ”、丸善出版、2020
[3] Álvaro Cartea, Sebastian Jaimungal, and José Penalva. Algorithmic and high-frequency trading. Cambridge University Press, 2015.

Appenndix

Milstein法

Euler法もMilstein法も、伊藤-Taylor展開によって導出され、何次の項で打ち切るかによって差が生じている。確率微分方程式の場合、真の解に対する数値解の近似度の測り方が2種類ある。強い近似(1つの$${X_t}$$時系列の近似性)と弱い近似(解の確率法則、即ち、大量に$${X_t}$$の時系列を描いた時、それがどう分布するかの近似性)である。Milstein法は弱い近似の精度は改善しないが、強い近似の精度は改善する。詳細は兼清 [1]を参照。

伊藤の公式の拡張

確率微分方程式が駆動乱数、次元共に拡張可能だったように、伊藤の公式も拡張可能である。その一般的な形については兼清 [1]に載っているが、金融分野でよく出てくる形に関しては、様々な事例がÁlvaro [3]のAppendixに載っているので、自分で計算せず必要な形をそこから探すのでも問題無いようにも思われる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?