7.11最高裁判決は「特例法手術要件撤廃」への舵を切った!
経産省トイレ裁判とは何だったのか?
~第1審判決から読み解いてみる~
はじめに
7.11最高裁判決は判決本文4,5頁、補足意見8,5頁という前代未聞の内容。分量の多い補足意見は「性自認にもとづく社会生活を送る利益を尊重すべき」という内容だ。しかも「性自認」の定義もなく、憲法にある「性別」=生物学的性別からの定義変更であるにもかかわらず、定義変更の根拠すら示していない。
また、判決本文は「健康上の理由から性別適合手術を受けていない」と記すが「健康上の理由に妥当性があるのか」が検討された気配が読み取れない。また「性衝動に基づく性暴力の可能性は低い」との精神科医の診断書を採用しているが、性暴力専門家の意見を聞いてはいない。
最高裁判決は、第2審判決を棄却し「(原告)の請求には理由があり、これを認容した第1審判決は正当である」としているので、疑問を解くには第1審判決に遡って検討するしかない、と考えて第1審判決を読んでみた。
1.経産省裁判を振り返る~認定した事実とは
一審判決を読む。要するにどういうこと?一審裁判までの経緯をみてみよう。
1998年(平成10) 原告、ホルモン開始!
2000年(平成11)原告、GIDの診断をもらう!
2001年(平成12)、2002年(平成13)、2006年(平成18) 原告、女性らしい顔に見えるよう美容整形手術をしたよ!一回の手術では済まないんだよ!
鼻・額・顎・えらなど顔の骨を削らなきゃだし、入院もしたよね!高かったよね!時間と金がかかったよね!でもこの手術をしなきゃ、女性の服を着ても男性が女装しているだけにしか見えないもんね?
2007年(平成19)~ 原告、プライベートで「女性としての生活」を送りはじめたよ!
公共の女子トイレも使用したのかな?Twitterではデパートとか公共施設の女子トイレにはとっくに出入りしていると言ってたみたいだけど、ほんと?本当なら犯罪だよ!
2010年(平成22) 原告、職場でも「女性として」勤務できるように要望を出したよ!
「女性として」勤務したい理由はこれ!
「私はGIDです。GIDだから男性器の手術をしたいのです。でも、手術をする条件として、手術後後悔しないために実際に女性として生活してみてそれに適応できるかどうか体験する(RLE)必要があるのです。手術をする前提で必要なことだから、職場でも実際の女性として扱ってください!」っていうわけ。
そうしたら、
「え?でも君が根拠として挙げているガイドラインでは、女性として生活するっていう条件、職場でもそうしろとは書いてないじゃん。職場でもそうしろと君が言う根拠は何なん?」ってA調査官が原告に確認したというわけ。
この前の年、2009年(平成21)9月から、原告は、はりまクリニックに月一回通い始めていたよ!
そして、2010年(平成22)3月 原告がはりまクリニックのZ8医師の診断書をA調査官に出して、(職場でRLEが必要な理由を)回答したよ!
要するに「ガイドラインに書いてあるのは最低限の基準という意味なので、職場で女性として生活しなさいと書いてなくても、ガイドラインを超えるぶんには全然OKなの。職場でも可能な限り女性として生活してみて『私生活でも職場でも女性として生きてみたら、すっげー快適!』ということだったなら、この人は男性器の手術しても大丈夫な人だということになる。そうなってから手術するのが望ましいあり方なんだよね」、「それにこの人は女性ホルモン入れてるから、女性に性暴力をはたらく可能性は低いと思うよ」って、Z8医師が太鼓判押したわけ。そして、原告も「1年以内ではなく、2、3年後には男性器の手術をする予定です」って言ったんだよね。
2010年(平成22)7月 原告、またまたGIDの診断書を(前とは別の)医師に出してもらったよ!
何で、同じ病名でもう一度診断書をもらう必要があるの?前にGIDの診断書を書いてくれた先生じゃ、経産省に対してパワー不足と思ったのかな?はりまクリニックのZ8先生はその道の権威みたいだもんね!
2010年(平成22)10月 職場での方針が決まったよ!
「(原告には)男性器の手術をする意志はあるんだよ。そのために女性として生活する必要がある。医師の診断書も出てるよ。だから、女子休憩室も使うし、女性の格好もするし、場所は限定的とはいえ女子トイレも使うし、乳がん検査も受けるし、みなさんの男女色別名札もこれを機に男女区別無しのものになったし。説明会で聞いて、みんなわかったかな?じゃ、早速来週から女性の身なりで勤務するからね!」てなわけ。
2011年(平成23)5月 「(2010年3月に「1年以内ではなく、2、3年後には男性器の手術をする予定」と言っていたが)、「あれから1年以上経ったけど、まだ手術してないようだね。してない理由は何なん?」とC室長が原告に聞く。
2011年(平成23)6月 A調査官の後任のB調査官が原告と面談してこう言った。つまり、「君、男性器の手術をして正式に戸籍も女性に変更したいという症例=GIDなんだよね。手術をする要件として女性としての実生活体験が必要だからと言われて今の職場でもそのように処遇をしてきたんだけど、このまま男性器の手術はしないし戸籍も男性のままだというのであれば、異動した時、異動先の女性職員たちに、この状態を説明してわかってもらわなきゃならんのよ(だって女性の休憩室を使うでしょ。限定的とはいえ女子トイレも使うでしょ)。『この人は、男性器の手術をしてなくて戸籍も男性のままのGIDです。手術前に職場でも女性として生活する必要があるからと医者が言うので、今、こういうふうな処遇で勤務しています。もうすぐ手術するって言ってますので、どうぞよろしく』ってね。いいかい?」てなことを。
2013年(平成25)1月17日 C室長と原告の面談。C室長が原告に対して「なかなか手術を受けないんだったら、もう男に戻ってはどうか 」と発言。これが国賠訴訟で訴えられることとなった。
原告の言い分は「GIDである私の人格の根幹を否定した!こんなことを言われたから、精神疾患になったし、病休を取る羽目になった!」
経産省側の言い分は、「もうじき手術するからという約束で、手術までの間、男性器があるままでも女性として一定程度処遇していただけ。なのに、2年半経っても原告は手術をしない。その上、女性の身なりで仕事を始めてからというもの、原告は仕事の締め切りも守れないなど勤務態度が悪くなった。それで勤務態度の改善のために面談した。その際に、『君、手術すると言ってもう2年半経つけど、手術する気配もないじゃない。なんで手術しないの?君がGIDという症状で、手術受けるために職場での実体験が必要だという医師の意見があったから、あくまで手術を受けるまでの間ということで暫定的に今のような処遇をしているんだよ。このままずるずる手術しない状態で勤務が続いたら、男性器があるまま戸籍も男性の職員が女性として職場にいることになって、無用の混乱を招きかねないよ。手術するのかしないのか早く決めてくれないかな』という話をした。ところが原告の態度は、『じゃあ、◯◯までに手術を受けます』とはならない。早期の手術も、具体的にいつ手術するかも考えていないのなら、手術を前提とした今の暫定的処遇も白紙に戻すという話にもなるでしょ。そういった一連の会話をする中で『なかなか手術を受けないんだったら、服装を男のものに戻したらどうか』という発言をした。これは、社会通念上、当たり前の話の流れだと思うが」
ここでツッコミを入れると…
え?原告は「手術を受けないこと」と「戸籍変更しないこと」がGIDの人の人格の根幹だと言っている? GIDは治療として早く手術を受けたい、男性器を取って晴れて戸籍も女性に変更したいという症状だよ!
「早く手術しろと言われた」「戸籍を女性に変えないんだったら、手術の要件として事前に女性として生活するという話もチャラになるから元に戻せば?(←考えれば当たり前のことしか言ってない)」と言われて、精神疾患になるなんて、GIDじゃないんじゃないの。GIDだったら、「私も早く手術したいんです」「早く戸籍も変更したいんです」のはずだよね?原告、他の病気では?
これが変だってことを例え話で言うと、こんな感じかな。
ある商品を買いたいという客が、商品購入後の返品は不可だから、買って後悔しないよう、お試しでしばらく無料で使いたいと言ってきた。メーカー側は、客が買う気満々で、しばらくの間のお試しならと考えて了解した。客はすぐに返事をするようなことを言っていたのになかなか連絡をしてこないので、メーカー側が「いつ購入を決めるのか」と聞くと「1年以内は無理だけど、2、3年後までには決める」と客は答えた。2年半経ってもまだ決めてくれないので、メーカー側は「購入する気がないなら、もう商品を返してくれ」と客に言った。すると客は「客である私の人格の根幹を否定した!こんなことを言われたから、精神疾患になったし、病休を取る羽目になった!」と損害賠償請求の裁判を起こしてきた、みたいな。
買う気があるというから、しばらく無料で使用を認めたんでしょ?いつまでも商品がタダで使えるとなったら、他への影響もあるから、とっとと買うかどうか決めてくれって言うの当たり前だよね。どうして「商品を買う気がないのか」「買う気がないなら商品を返せ」と言われて病気になるの?(実は、ずっとタダで使おうと思っていた図星を刺されて、逆ギレするしか手はなかったとか?)って話だ。
一審裁判までの経緯の紹介はここまで。
2、以上の経過を踏まえ着目したいこと~最高裁に問いたいこと
① 原告が真っ先に「顔の女性化形成手術」をしたのは何故か?「性同一性障害」は「性器への違和・嫌悪」ではなかったのか?
「顔の女性化形成手術」は骨を削ったりするもので費用も高額で入院も必要な体力のいる手術である。この時期に精巣の摘出・男性器の切除をすることは健康上、十分可能だったはずだ。
1審でも最高裁でもこの疑問を持たなかったのは何故?
② ①について確認していないということは、最高裁は「性同一性障害」及び「特例法」の主旨を理解していない、ということなのか
「特例法」制定は平成15年であり、それ以前の平成9年に「性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン」が策定されて、日本における性別適合手術が合法化された。ガイドライン策定過程では「男性から女性への性転換症の人では、ペニスの存在が、とくに勃起が不愉快で、ペニスを切ろうとして大出血した事例もある」など、性器への違和・嫌悪感をもつ当事者の訴えが取り上げられていた。特例法の成立過程を振り返れば「生殖腺などの切除は治療であり、生殖腺を切除した人がそのままの戸籍だと不便だから、改変後の身体にあう戸籍に変更する」のが特例法である。戸籍変更の要件を満たすために手術するのではなく、手術した人の性別を追認するための法律である。特例法の趣旨を理解していれば、「診断を受けた後、真っ先にすることが顔の女性化形成手術だということに疑問を持ち、原告に質問したであろう。
令和元年にWHOが「性同一性障害」を精神疾患から除外して病名も「性別不合」としたので「特例法第2条」が定義する内容が変質しているというなら、その事案について判決で触れるべきであろう。しかも第1審判決はWHOの定義変更以前のことである。
③ 「性同一性障害」の診断を「利用する」事例について
TVドラマにもなった『総務部長はトランスジェンダー』(文芸春秋/刊)の著者・岡部鈴氏は「当時はGID診断を利用していた。今は後悔している。単に女性として生きたい選択だ」と発言している。
彼も性別適合手術をしていない。この事例について最高裁はどのような判断をするのだろうか?
④ 診断書への信頼
1審判決で目を惹くのは、2度目の診断を出したはりまクリニックのZ8医師への信頼である。「Z8医師はこれまでに性別違和を主訴とする約6000人の患者を診察するとともに、日本精神神経医学会性同一性障害に関する委員会の委員として、ガイドラインの作成に関与してきた精神科の医師である。Z8医師は平成21日年9月から22年7月までの間、月に一回の診察をし、原告から養育歴、生活史、性行動等を聴取するとともに、原告が女性に対する強く持続的な同一感を抱いていることを確認し、除外診断を行った上で原告が『性同一性障害』であると診断した。『原告は持続的な女性ホルモンの投与を受け、フリーテストステロンの量が低下。性欲、性衝動の抑制をもたらしていると判断できる。このことにより、性衝動に基づく性暴力の可能性は低い』と診断した。
⑤ 診断書の信憑性について
身体疾患は血液検査や画像診断のような客観的基準に基づいて診断される。しかし、精神疾患は症状による診断であり、客観的基準はない。だからこそ『性同一性障害』についての研究が必要なのだが、果たして進展しているのだろうか?
はりまDrが述べているように『性同一性障害』は「自称」すなわち「主訴」=患者の訴え、から始まり、「ほんものとニセモノ」の識別は精神科医の手腕による(『自称性同一性障害と本物をどう見分けるか~』針間克己/雑誌『精神科(心療内科)』第18巻第3号2011年3月発行/科学評論社発行)。
⑥ 性別適合手術を受けていない理由
第1審判決は「原告は、職場において女性職員として勤務することを希望するようになった平成21年頃には、2~3年後に性別適合手術を受けることを考えていた。しかし、平成22年以降にこれまで治っていた原告の性器に係る部分の皮膚アレルギーが再発し悪化するとともに、平成25年2月以降は抑うつ状態による病気休職に入り、さらに復職後は過敏性腸症候群を発症するなどしたことから、現在に至るまで性別適合手術を受けていない」と記載。最高裁判決では、以上の理由を「健康上の理由」と記載したようだ。
だからね!なんで平成12年の段階で「顔の女性化形成手術」は出来ても「性別適合手術」は出来なかったの?
⑦ 「性衝動に基づく性暴力の可能性は低い」説について
犯罪心理学の藤岡淳子阪大名誉教授は「性暴力は性欲だけでは説明できない」「性暴力とは誰かを支配したい、強さや男らしさを誇示したい、という欲求を、性という手段で自己中心的に満たそうとするもの」と定義している(『性暴力』読売新聞大阪本社社会部/著、中央公論新社/刊)。
第1審・最高裁は性犯罪・性暴力専門家の見識も参考にすべきだった。そして防犯・犯罪機会論の観点にたって「男性器を保持する原告が、女子トイレを使用すること」を制限すべきであった。
第1審判決には「原告が私的な時間を女性として過ごすようになったところ、公共施設等の女性用トイレや女性用更衣室等を使用したことを原因として問題が生じたことはなく~」とある。ええ~使ってんのか!問題が生じないのは女性が我慢しているからだと思わんのか!「建造物侵入罪」に当たる可能性がある行為だ。性暴力とは接触型だけではなく、視線による侵入、覗き行為などの非接触型も含むものであることは言うまでもない。
3,まとめ
原告は「性同一性障害」の診断書を使い、ガイドライン第3版の「性別適合手術を実施するための条件である『希望する性別での実生活体験』」を根拠にして、「女性職員として処遇するよう」要求した。しかも、この要求は平成11年に最初の「性同一性障害」の診断を受けてから10年後のことである。10年間も「性器への違和感・嫌悪感」がなかったのか!健康上の理由で現在に至るまで、性別適合手術を受けていないというが、「健康上の理由」が生じていない段階で、「顔の女性化成形手術」は実施したにもかかわらず、何故、性別適合手術はしなかったのか?幾つもの謎は残ったままだ。
最高裁判決は「『性同一性障害』の診断はあるが、性別適合手術を受けていない男性を『女性』として処遇すべきである」という前例を作ったのである。9月27日、「特例法手術要件」の違憲論議が最高裁で審議されるというが、7.11最高裁判決は「手術要件撤廃」に向けて舵を切ったと判断していいだろう。
<追記>
以下はある医師による最高裁判決へのコメントを紹介したツイートである。「(男性の場合、性別適合手術は)体への負担はかなり小さいはずで、20年以上公務員として働いてきたAさん(原告)に耐えられないとは考えにくい。」最高裁はこういう意見も参考にして欲しかった。
https://twitter.com/wanitax/status/1686536190907072512
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