【テキスト版】巻2(5)少将乞請

【前回までのあらすじ】
平家討伐の陰謀がバレて、それに加わっていた者たちはみんな捕らえられた。西光法師や藤原師高らは斬首された。中納言藤原成親の命は、清盛の長男重盛がどうにか取りなして、斬首はまぬかれたものの、成親は清盛の邸に幽閉。成親の邸は大騒ぎになっている。今日のお話は、その成親の長男のこと。


成親の長男成経は、父親が捕らえられた夜には、後白河院の御所で宿直をしていた。そこに舅である平教盛から使いが来て「清盛入道さまより、必ずお連れするようにとのお達しです」と言う。平教盛は清盛の弟である。

成経は事態を察して、後白河法皇の近くにつとめる女房たちを呼び出し、「昨夜、何やら世間が騒がしいので、また延暦寺の僧兵たちが降りてくるのかと思っておりましたが、わが身にかかわる事でした。昨夜、父は斬られるはずだったそうなので、私も同罪でしょう。もう一度法皇さまにお目にかかりたいのですが、こんな身になりましたので気が引けます」と伝えさせた。

後白河法皇は「とにかくここへ」と返事をするので、成経は御前に伺うのだった。

法皇は涙を流すばかりで何も言わない。成経も涙にむせんで何も言えない。少しして、成経が退出すると、法皇はその後姿をずっと見送りながら、「末世というのはやりきれないものだ。これが最後、二度と会うことはできんかもしれぬ」と涙を止めることができないのだった。

成経は御所を退出すると舅の教盛のところに向かう。そこには成経の北の方がいて、お産間近であったのだが、今朝からこのかなしみが加わって、もう命が消えてしまうかのような気持ちになっていた。

成経も御所を出る時から涙が止まらなかったが、今、北の方を見て、なおさら悲しみが増すのだった。

成経の乳母が、「今まで殿の成長を喜びつつ、早二十一年、ずっとおそばを離れずにおりましたが、どのような目にお遭いになるかと思うと…」と泣く。成経は「そんなに嘆くな。教盛殿がおられるのだから、さすがに命ばかりは助けてくださるだろうから」となぐさめるが、乳母は人目も気にせず泣き悶えるのだった。

そうしている間にも清盛からの催促が何度もあり、教盛が「とにかく伺ってみないと何も始まりません」と言うので、一緒に邸を出る。保元・平治の乱以来、平家の人々は喜びと繁栄ばかりで、憂うことや嘆くことなどなかったのだが、この教盛だけは、つまらぬ婿のために、このような心配をしなくてはならなかった。

清盛の邸で取り次ぎを求めると、「成経は門の内に入れてはならぬ」と言われるので、成経を近くの侍の家に下ろし、教盛だけが門の中に入った。いつの間にか、武士たちが成経を取り囲んで警護している。あれほど頼りにしていた教盛と引き離されてしまった成経は心細かっただろう。

教盛は清盛に「わたくしがつまらぬ者と親しくなってしまったことは残念ですが、成経の妻である私の娘は、嘆きのあまり死んでしまいそうなのです。どうか成経をわたくしにお預けください。間違いなど決して起こさせはしませんから」と伝えさせる。清盛は「ああ、やっぱり教盛はわかっていない」と、すぐには返事もしなかった。

少しして、清盛は「新大納言成親卿は、この平家一門を滅ぼして天下を混乱させようと企んでおったのだ。成経はその長男。許すわけにはいかぬ。万が一、謀反が成功していたら、そなたも無事では済まなかったのだぞ」と伝えさせる。

教盛は納得がいかない様子でこう言う。
「わたくしは、保元・平治の時以来、兄上のお命に代ろうと努めて参りました。この先も嵐が迫ればお守りするつもりです。歳を取ってはおりますが、若い子どももたくさんおりますので、必ずやお守りするでしょう。にもかかわらず、わたくしがほんの少しの間、成経を預かることすらお許しくださらないというのは、わたくしのことを信用してくださっていないということ。そんな風に思われているのでは、俗世にいても仕方がありませんので、出家し、高野山に籠って一心に修行したく存じます。こんなつまらない現世にいるよりも、仏道に入る方がよっぽどいい」

清盛はその言葉を聞いて、「出家まで考えさせてしまったのはすまないことだ。それならば、成経をしばらく教盛に預けることにしよう」と言うのだった。

成経は、教盛が戻るのを待ちかねていた。清盛が会ってくれなかったこと、自分が出家する覚悟を告げて何とか成経を預かることができたことなどを話すと、成経は「ご恩によって命が延びました」と感謝しながらも「父、成親のことは何かお聞きになりましたか」と聞いてくる。教盛が「そなたのことを申し上げるのでやっとだったのだ、成親卿のことまでは気が回らなかった」と言うと、成経は涙を流しながら「わたくしが命を惜しむのは、もう一度父に会いたいと思うからなのです。父が斬られるようなことがあれば、わたくしも生きる甲斐がありませんので、同じ場所で処刑してくださるようにお伝えくださいませ」と言う。「今朝、重盛殿があれこれと説得していたので、しばらくは何とかなりそうだと聞いておる」と告げると、その言葉の終わらないうちに成経は手を合わせて喜ぶのだった。

そうして、二人が出かけた時のように車で邸に戻ると、女房や侍たちが集まって来て、死人が生き返ったかのように嬉し泣きをするのだった。


【次回予告】
清盛の無謀を、長男重盛が見事に止めます。誰も悪者にさせることなく、自らの名を上げる重盛の行動をお楽しみに。



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