【テキスト】スキマゲンジ第35回「若菜下」その3

前回のあらすじ。
紫の上は厄年でもあるので出家を強く願いますが、源氏の君は自分にとって紫の上がいかに大切かを語ります。

スキマゲンジ第35回「若菜下」その3。
深い苦しみ。

紫の上は、源氏の君がいない夜は女房たちに物語などを読ませて聞いて過ごします。それを聞きながら「こんな物語などにも、いろんな男や女が出てくるけれど、みんな最後には頼りになる人がいるのに、私は浮草のような人生だったわ。人とは違う人生だったけれど、ずっと悩みが尽きないまま終わってしまうのかしら。情けないものね」などと思い続けて、夜が更けてから眠りにつくのでした。

明け方から胸が苦しくなり、女房たちは「源氏の君にお知らせしましょう」と言いますが、紫の上はそれを制して、苦しいのを我慢して夜を明かすのでした。体も熱くなって気分も悪かったのですが、源氏の君も突然だと戻ってこないだろうと、何も知らせないのでした。

明石の女御から、紫の上の具合が悪い、という知らせがあります。源氏の君が心配で胸をどきどきさせながら、急いで行ってみると、とても苦しそうです。体に触れてみるとひどく熱が高いようすで、昨日用心するように話していたのにと源氏の君はおそろしく思うのでした。

何も食べず一日中側にいていろいろと様子を見たり嘆いたりする日々が続きます。たくさんの僧を呼んで祈祷もさせています。それでもとても苦しいようで、胸の痛みは発作が起きているのか耐え難い苦しみのようです。良くなる様子がまったくないので、朱雀院の50歳のお祝いの行事も中止されます。

そのような状態が1カ月続きました。試しに場所を変えてみようと、二条の邸に移してもみました。祈祷は特別のものをさせてもみました。紫の上は意識がはっきりしている時には「出家したいと申し上げていたのに…」と残念そうに言いますが、源氏の君は死に別れるよりも目の前で出家姿になられる方がつらく悲しいと思うので、引き留めることしかできません。たしかに、もう望みが持てないほど弱って、これまでかと思うことが何度もあって、源氏の君はどうしようかと思い惑っています。女三の宮の所にも行かなくなりました。琴なども全部片づけられ、みんな二条の邸に集まって、六条の邸は火が消えたようになっています。紫の上ひとりがこの邸をにぎわせていたのだとみんなが思うのでした。

明石の女御もやってきますが、紫の上は「お腹が大きいのだから物の怪が憑いたら大変です。早くお帰り下さい」と言います。明石の女御は、仏にも神にも紫の上のこころが美しく、罪も軽いのだとはっきりと言って祈っています。

僧たちがいくら祈祷しても、物の怪が出てくるわけでもなく、ただ日ごとに弱っていくので、源氏の君は、ただ悲しくつらく、心に余裕もない状態です。

そういえば、柏木は中納言になりました。帝の信頼も厚いのですが、女三の宮への思いはやむことがありません。宮の姉の二の宮を妻に迎えて大切にはしていますが、源氏の君が紫の上の看病で六条の邸を離れている隙に、顔なじみの小侍従の説得を続け、約束を取り付けてしまうのでした。

そして女房たちが出払ってしまった夜、柏木はついに女三の宮が寝ているところに忍び込みます。

女三の宮は眠っていましたが。急に抱き上げられ、物の怪にでも襲われたのかと見ると、源氏の君でもない知らない人です。人を呼びますが誰も近くにはいません。柏木もけしからんことまではするつもりがなかったのですが、宮の可憐さかわいらしさに自制心が失われてしまうのでした。

女三の宮は、源氏の君にどうやってお会いすればいいのかと、子どものように泣いています。柏木は、恐れ多く、気の毒だと思いながら、その涙をぬぐってあげるのでした。夜が明けようとしています。宮が「夢であってほしい。この夜明けの空に消えてしまいたい」とか細い声で言っているのを帰り際に聞いた柏木は魂だけがその場に留まってしまった気持ちです。

柏木は家に戻ってからも誰とも目を合わせることすらできず、恐ろしく、恥ずかしく、宮にとっても自分にとっても良くないことをしてしまったという思いで、外を歩くこともできません。宮と心を通わし合っていたのならともかく、そうではなく、しかもあれだけおびえていたのだから、誰かに知られてしまうかもしれない。そう思うと後ろめたく恥ずかしく思うので、参内することもできなくなってしまいました。

女三の宮の具合が良くないようだと連絡があり、源氏の君が宮の所にやってきますが、これといって悪い所はないようです。ただ、ひどく恥ずかしそうに目も合わせないので、「長い間来なかったからかな」と優しい言葉をかけています。宮は、こうして源氏の君が何も知らないことも申し訳なく苦しく思って、人知れず涙ぐむのでした。

次回スキマゲンジ第35回「若菜下」その4。紫の上が。女三の宮が。柏木が。源氏の君が。物の怪が。

誰も悪くはないのに。お楽しみに。


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