ゴプニク流雪見酒という虚無『Симулятор Сидения у Подъезда』
春は花見酒、秋は月見酒、冬は雪見酒……移ろう季節を愛でながらお酒を楽しむのは日本ならではの文化ですね。
海外でも花見や月見に相当するイベントがありますが、アルコールに関する規制や取り締まりが厳しい国が多いこともあってか、日本のようにお酒を味わいながらのんびり自然を鑑賞することはないようです。
ところがこのお酒を片手に雪景色を眺めるという日本式雪見酒を描いたシミュレーションソフトがあります。それも舞台はロシアです。
ウォッカが無ければメタノールを飲むほど酒好きなイメージが強いロシアですが、意外なことに現在の平均アルコール消費量はフランスやドイツより少ないとのこと。反アルコール政策の浸透や健康意識の高い若者の増加から、2003年と比べてアルコール消費量が劇的に減少したと聞きます。
とはいえロシアの平均飲酒量やアルコール中毒者数は世界でも5本の指に入るほど多く、まだまだ飲兵衛のイメージが払拭できていないことも事実です。
そんな飲んだくれ大国ロシアの地でどのような雪見酒が繰り広げられているか……ちょっと興味ありませんか?
外に飛び出せウォッカを飲め
今回紹介するタイトルは『Симулятор Сидения у Подъезда』……ロシア語さっぱりわっかんねぇ!!
Google先生のお力をお借りしたところこのように翻訳されたので、ここではそれにならって以下『エントランスシートシミュレーター』と表記することにします。
さて、この『エントランスシートシミュレーター』で描かれている雪見酒は、セレブが温泉旅館で杯を傾けているような優雅で風情あるものではありません。むしろそれと真逆の庶民的な光景です。
具体的には“ゴプニク”たちが“フルシチョフカ”のエントランスで“スラヴ式スクワット”をしながらウォッカを飲んでいる姿が描かれています。
日本風に言うと、団地の出入口でヤンキー座りをしているDQNたちが缶ビール片手にウェーイと盛り上がってるようなものでしょうか。優雅とは真逆の絵面ですね。
それはさておき、ウォッカ片手に外へ出ると美し……いえ、庶民的な銀世界がプレイヤーを出迎えます。
しんしんと静かに降り積もる雪空下、二人の先客が見せる一糸乱れぬフルシンクロ千鳥足はどこか芸術的で、まるで特等席でバレエを鑑賞しているような気分に……これっぽっちもならねぇな!!
隣にはゴプニクたちが愛してやまないアディダス……ではなくアビボスのTシャツを着た男が、こちらと同じようにスラヴ式スクワットをしながら雪見タバコと洒落こんでいます。
マップは自動生成。起動するたびに新しい雪景色を楽しめます。
あまり代わり映えしないように感じるのは、どのマップでも必ずフルシンクロ千鳥足の酔っ払いどもがいるからでしょうか。
車のフロントガラスを突き破る針葉樹など、現実ではありえない光景に遭遇できるのも自動生成マップならではの味わいですね。
で、屋外に出たところで何ができるかというと……
ウォッカを飲む!(Qで飲酒)
タバコを吸う!(Rで喫煙)
罵倒する!(1〜5でよくわからないロシア語の台詞)
音楽を流す!(Hでタイトル画面のBGMを再生)
以上だ!
……ホントにこのぐらいしか操作できることが無いんです。
というのも、この銀世界を散策しようにもWASDで移動という概念が存在しません。
よくわかりませんがゴプニクたちにとっては雪原で走り回るよりも、全身アディダスコーデでスラヴ式スクワットをキメてから雪見ウォッカする方がクールなんでしょうね、きっと。
みんなでいっしょに雪見タバコ
クールなゴプニク流雪見酒&雪見タバコを描いた本編とは別に、DLCを購入すると最大20人でプレイ可能のオンラインモードが追加されます。
私も未知なるゴプニクたちと酒盛りするためにDLCを購入したものの、ロビーで部屋が立っている様子どころか人影すら見かけたことがありません。
ゴプニクたちが集まればこんな風に「みんなで仲良く相合タバコ♡」なんて楽しみ方ができるようですが……私だってみんなといっしょにシガレットゲームしたいよおお!!!!!
さて、本編との違いといえば「晴天」「NPC不在」「BGMおよびSE無し」「手ぶら」「飲酒・罵倒の削除」などなど……削られた要素が多すぎるというか、本編でできたことが視点移動(マウス操作)以外ほぼ何もできなくなっているという誰得仕様です。
そんな中、最大の特徴にして新たに追加された機能が「申し訳程度のチャット機能」と「WASDでの移動」です。そう、本編ではエントランスから一歩も動かなかったゴプニクがついにオンラインの雪原を駆け回るのです!
もちろんロシア男児に移動モーションなんて軟弱なものは存在せず、スラヴ式スクワットを維持したまま足跡ひとつ残すことなく、雪上を滑るように移動します。その姿はフィギュアスケーターのように美し……くもなんともねぇな!!
マップは本編と同じく自動生成。一見すると解放感のある広場ですが、実際はそこらじゅうに見えない壁が設置されているので想像以上に狭く、プラスチック製の虫かごに囚われた昆虫の気分が味わえます。
もちろん常識的に考えておかしな場所に遊具が設置されていることも。
しかも登れねぇし乗れもしねぇ!! 遊べねぇ遊具に何の価値がある!?
感想
一口に「シミュレーション」というゲームジャンルはその意味合いが広範囲に及ぶため、他のジャンルと比べて定義づけが非常に難しいです。
『Civilization』のようなターン制ストラテジーも、『SimCity』のようなミニスケープも、『ときめきメモリアル』のような恋愛ゲームも、『Farming Simulator』のような職業ゲームも、大まかに分類すればみんな「シミュレーション」のジャンルに当てはまります。近年では『Surgeon Simulator』のようなバカゲーもこのジャンルに数えられることがあって、もう何がなんだかわかりません。
それを踏まえたうえでこの『エントランスシートシミュレーター』をプレイするとどうでしょう。タイトル通り団地の“玄関(エントランス)”で“座り(シート)”こむゴプニクたちの“疑似体験(シミュレーター)”ということで、ジャンル「シミュレーション」と呼ぶに相応しい――例えるなら『Microsoft Flight Simulator』と似たリアリティに富んだ疑似体験ソフトのように感じます。
しかし『エントランスシートシミュレーター』には爽快感や達成感といったゲームならではの娯楽要素はこれっぽっちもありません。そもそも作中にルールや目標が存在しないので、クソゲー以前にゲームとして成立すらしていません。
アートとして何かを感じ取ろうにも、美麗なグラフィックや深みのある世界観なんてものは無く、作者の主張や心に訴えかけるメッセージ性などとも無縁です。
なんとかして学びを得ようにも、ステレオタイプのゴプニク像以外のものは一切描かれておらず、正直なところUnityでテキトーに作ったデモソフト感が否めません。
ゲームでもなく、アートでもなく、エデュケーションでもない。すなわち虚無です。ゲー無というより虚無レーションです。
50円というセール価格(定価100円)で購入したにも関わらず、その虚無っぷりに本気で返品しようかどうか考えたほどの虚無レーションです。
あまりの虚無っぷりに『Hiking Simulator 2017』が神ゲーに見えて、思わず「自分の意思で歩きまわることができるなんてすごーい!」とコウペンちゃん並に感激してしまったほどの虚無です。
同じ虚無レーションでも『One Dollar Simulator』の方が1ドル札を観察し続けることで悟りを得られそうな気がしてならず、哲学的かつ高尚な内容にすら感じたほどの虚無です。
残念ながら私はこの虚無レーションから何かを見出すことができず、「50円で虚無を手にいれる」という貴重な体験ができたこと以外は特に感想が思いつきません。強いて言えば「虚無レーション」というジャンルがあることを学んだぐらいでしょうか。
もしかしたらゴプニクたちの華麗な千鳥ステップや天才的スラヴ式ホバリング移動などから何かを感じ取る人もいるかもしれませんが……例えセール価格であっても人におすすめできるようなソフトでないことは確かです。
虚無という名の深淵をのぞき込みたい冒険野郎や虚無感に包まれたいというマゾヒスト、訓練された露製虚無愛好家以外は手を出さない方が無難かもしれません。
余談ですがこの虚無を世に送り出したKavkaz Sila Gamesは、『Toilet Simulator 2020』(トイレで用を足すだけの虚無)などをはじめに誰得な虚無レーションを大量に扱う虚無レーションマイスターでもあります。
どれも一発ギャグに似た寒いタイトルとそれを体現する虚無な内容でありながら100円~300円とお手頃価格なので、自分用だけでなくフレンドへのギフテロ贈り物にも最適です。
こんな記事に投げ銭なんかするより、いい感じの帽子とか山積みのレンガとか大量のフラフープとか本物のヤギとかを買ったほうがずっと有意義だぞ。