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映画「嘘喰い」感想

嘘喰いを見たんだ。嘘喰いを。
嘘喰いは美しかった。
本当に横浜流星が守ってくれた甲斐があって、負け知らずの天才ギャンブラー斑目貘は生きて動いて喋ってた!予告から感じていたけど生きる斑目貘は彼以外には務まらないし、本当によかった。
ストーリーや過激さをだいぶ大衆化して軽くされていて、漫画で感じたような「超人感」やこの人はどうなってしまうんだ…?!というハラハラ感はもっと欲しいような気がした。多分、屋形越えに挑むに至っての説明である「弱冠15歳にして…」っていう部分がなかったからかも。あれなくていいの?
漁村の斑目貘は映画の斑目貘としてとてもチャーミングでよかった。あの猫っぽさといい悪戯っぽさ、人間臭さが出ていてそれは実写ならではだった。ラーメンを食べたところで、やはりこの人は人の子ではない斑目貘ではないのだな、と思い心を完全に切り替えたかも。本編の貘さんはカリカリ梅以外食わないのです。嘘「喰い」という希少価値が薄れてしまうので…。
東京(横浜)にいる斑目貘は私にとって色んな意味でよかった。ただ、梶ちゃんとの出会いの場面は原作再現でもよかったのでは?と思う。パチンコという大衆の合法ギャンブルから闇ギャンブルと違法の世界に飛び込む梶隆臣という図がいいので。これもまた貘さんのフード理論上飲み物もな〜と思ってしまう。
闇カジノの一件は本当に梶貘の絆の芽生えも可愛くて最高だった。この貘さんスキンシップ多くない?!梶ちゃんバグすな〜!生きるか死ぬかの大金、命まで賭けて勝つ、そのスリルに梶隆臣は再び活力を抱いたわけで、そういった梶隆臣の抱える大衆的でモブ的な悩みを快活に導く魔性の男である部分はもっと強調してほしかったな。やはり漫画で読む時に100%で味わう文章やナレーションとしての強さが映像で伝えなければいけない分物足りなかったかも。
斑目貘に茶目っけや人間臭さが加わった分巨大なミステリアスさや人間離れした悪魔的ギャンブルの才能がもっと見たかった。
鞍馬蘭子との接触は映画としては必要だったかもしれないが、横浜流星を筆頭に役者さん方が必死に原作を守ってくださった(という推測の域を出ないが)お陰で明確な関係の発展がない中でわざわざ接点を持たせた強制的な外圧を感じ、気味が悪かった。もちろん、人気女優と人気俳優が出演し、近しい雰囲気になることを望むファン層もいる、そして彼らにも満足感を感じていただきたいのは分かるが、わざわざヒロインをでっち上げ、ラブとも思わせぶりともとれない微妙な関係で明らかな青年以上対象の映画で少年漫画止まりのうだうだしたもったりとした時間を無駄遣いするくらいならそんなフラグだけ作らないでくれ!!!!!!
色ごとを含むか含まないかでストレスが生まれる人間がいるんだ。恋愛ならお門違いだよといって跳ね除けてくれよ!!!!!!強気で江戸っ子口調、少し押しに弱くて乙女気分な鞍馬蘭子なんかよりハードボイルドでクールな女組長だっていいだろ!!!!!!!!
ドライな関係の方がかっこよくて燃えることもあるだろ。凝り固まった中年の思考、邦画業界にこびりついたヘテロリレーションシップ、どれも気持ちが悪い。
でも乙女フラグを簡単にへし折っていく思わせぶりな斑目貘はとてもよかったです。
また、分かりやすさをとって会員権のために人を当たる斑目貘はやはり明け透けでギャンブルグズのようにとれてイマイチだった。いつどんなときも斑目貘の突拍子な行動は彼の手中で、あとから梶ちゃんがハッとするサポートでいいと思う。それくらいのショートスパンミステリーとロングスパンミステリーを混ぜ合わせてこそ嘘喰いの知略の魅力だと思うけど!
Q太郎のヤバジジイ感は再現度も込みでとてもよかった。変えざるを得ない点として森になっていたのも全く妥協できるし(廃ビルを壊す訳には行かないので)、傭兵の倒し方も原作忠実だった。すこし貘さんのフィジカルが上がっていて、でも迫先生のスペースで言及されていた斑目貘はかつて相当な暴をもっていた可能性が高いことを踏まえると美味しかった。貘さんの人懐っこさで言うと、もっと貧弱アピールがあっても可愛かったと思う。おんぶもシーンに入れてくれよ〜!
ロデムの再現度もとても良く、毎度ビジュアルは最高だったが、オタクが好きな「二面性のある強敵」という旨味がだいぶ抜けてしまっていて、あんなに素晴らしいキャラクターなのだからもっと見せ場があっても良かったのに、と思う。最初の傭兵はまだ序章なのだから、3人程度にしておいてもっとロデムとマルコの下だりが欲しかった。そして、さすがにあの短い場面だけでは初見の人に説明が不十分で不親切だった。廃ビルの一番の盛り上がりはQ太郎の嘘を暴くところなのだから、もっと時間をとってくれたらよかったのに〜。
無駄に鞍馬蘭子を挟もうとするせいで、斑目貘が豪勢なディナーを食べるし、マルコの社会性が急上昇するし、どれも余計なので高層ホテルの一室に当然のように泊まる斑目ファミリーの方がよっぽどよかった。
梶ちゃんの貘さんに対する信頼の揺らぎや、徐々に善性や悪性を超えた斑目貘の人間性に惹かれていく主観描写がなかったことでまどろっこしく一度離れて戻ってくることになり、もっと上手い運び方はなかったのか…と思ってしまう。アクションと心理戦、入り乱れる知と暴、静と動こそ見所なので、もっとうまく取り込んでくれてもよかったのに〜と思う。
余談だが、漫画と映画というスパンの違うスリルのジェットコースターをうまく融合した作品、キャラクターはその点とても優秀だったので、そういったことを参考にすればよかったのではないか?
あんなに法も倫理も外れた場所に連れて行くくせにどこか安心感を与える存在、それが梶隆臣にとっての斑目貘なので、もっとそのバディ感情に目を向けてもよかったのではないかと感じる。ギャンブル漫画なだけあって、それぞれの視点で見えているものが違い、そういった心理戦を含めて主観モノローグが足りなかった。
佐田国のオリジナルバックストーリーに関しては、大衆化されより親しみやすく、分かりやすくなっていて映画としては大正解だと思う。無理やり廃ビルと廃坑編を詰め込むためには必要なことであり、芯を通したまま作り上げてくださったと感じる。佐田国のキャラクターデザインも声も最高で、強さも信念が通っていた。目蒲立会人の再現度もまた同じく、アクションも含めて非常に満足感が強かったが、ボディーガード兼付き人の元研究員の彼女が少しノイズだったように感じる。佐田国の天命に命を預け、死を恐れない狂人の姿、それに静かに陶酔する目蒲という気味悪さがよかったので、やはり原作の過激さが惜しまれる。しかし、後味や大衆化を考えると二人の死に際はハードボイルドすぎるので難しい塩梅だと思う。嘘喰いは斑目貘の圧倒的勝ちの爽快さが必要であるものの、代償は常に大きく、負けは残酷なものなので、それを十二分に再現するには大衆映画化という名目は捨てなければならないのかもしれない。
ギャンブルにおける勝者の笑み、悪魔の微笑みはもっと強調されるべきであったと思う。デスハングマンがただのババ抜きにならないためにも、そういった賭け事の異常さを伝える一つのキーポイントであるし、緊張の空間に笑い声が響く異様な光景はさらに見たいので。
鞍馬蘭子がけしかけないと人主が動かなかった場面もまた嘘喰いという伝説を弱めており、原作で人主が嘘喰いだと騒ぎ出すことによるこいつ何者…?!という過去の見えなさも味わい深いので、評価は伸び悩む。
全般的に鞍馬蘭子(に限らず他人、)に手を貸してもらっている斑目貘という姿はずば抜けた頭脳と才能を埋もれさせ、人外的驚異が薄れるので、常に世俗からは離れてほしかったというのが願い。
しかしハングマンの終わり方や、映画嘘喰い、映画斑目貘なりの救いはあり、あれでもきっと原作に寄せてくれていたのだろうという背景が見て取れ、ありがたかった。
夜行妃古壱や目蒲立会人、その他立会人もとても再現度が高く動きもよかった。しかし、切間創一に関してはもっと勿体ぶってほしさもあり、わだかまりが残る。嘘喰いとして、そして斑目貘の人生を賭けた壮大なギャンブルとして、どうして彼が嘘を暴き続けるのか、そういったスケール感の全く異なる破天荒ギャンブラーの際限ない欲望と罪をテーマに描いてくれていたならば続く作品にて究極のクライマックス、屋形越えを果たしてもよいが、あくまで大衆向けにチープになりわかりやすくした嘘喰いの動機の次作品で我々の49巻分のゲームを冒涜するのは甚だ許し難い。
始めにかつての屋形越え、そしてラストに次編の匂わせで二度目の屋形越えを持ってくるのは映画としては優秀だが、斑目貘とお屋形様の間に蔓延る長い長い因縁の関係をあっさりと4時間やそこらで撮れると思っているならもう一度産まれ直して嘘喰いを読んだ方がいい。そもそも、お屋形様の名前をそう簡単に出していいと思うな。倶楽部賭郎に関してもそうだが、闇の組織であり表舞台にいては決して知り得ない深層なのだということを忘れるな。安易に近寄れるものではないということを知らしめて欲しい。これには、鞍馬蘭子が闇ギャンブルを仕切るほどの悪を牛耳る裏社会に住んでいる重圧感がヒロインバイアスにより欠けたことも一因となっている。また、佐田国に助言をし手助けをした草波も、癖の割に立場が小さく、元研究員と彼のどちらかだけでもシンプル構成でわかりやすかったのではないかと思う。そして、すこしでも思考力のある視聴者であれば、そういったチョイ役は原作ではさらに言及されるのでは?と予想はつくので、わざわざ映画にのみ登場する端役を作るのはノイズであり無駄なのではないか。キャラクターを絞り、それぞれの主観に深く入り込んだ方が、嘘喰いの人知を超えた知略のミステリーにのめりこめたと思う。
原作読破勢としては、惜しいところはありつつも、映画から漫画に移行したときのビジュアルの滑らかさは参入障壁を和らげ、横浜流星による斑目貘の魅力は地球上で最大限引き出されたので、軽い準備運動としての嘘喰いとして勧めることができる。
初見でも主に斑目貘と梶隆臣のバディストーリーに注目すれば、キッズプレート版としての嘘喰いは8割楽しめるし、なにより(ビジュアルの面で)目が嬉しいので軽いエンターテイメントとして見に行って欲しい。
最後に、こうして長い連載の月日にあまりにも見合わない注目度であったギャンブル漫画としての一種の極み、頂点の漫画「嘘喰い」を世の中に広く伝え、最大限嘘喰いと斑目貘を守り演じ切っていただいた横浜流星さん、そしてその他演者の皆様方、ビジュアルや小道具担当の方、原作を守っていただいて本当に心の底から感謝と敬意を申し上げます。ありがとうございます。
漫画嘘喰いを読めーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!

漫画嘘喰いの宣伝
悪魔的IQとずば抜けた才能をもつ負け知らずの天才ギャンブラー斑目貘、通称嘘喰いが再び超規模闇ギャンブルの世界に舞い戻り、国家規模のギャンブル仕切り組織「倶楽部賭郎」の頂点の座に立つために全てを賭けるギャンブル漫画の頂点、「嘘喰い」!
張り巡らされた伏線とイカサマの罠を掻い潜る嘘喰いの「知略」、そして黒スーツに身を包みド派手超人アクションを繰り広げる倶楽部賭郎の凄腕立会人たちの「暴」で闇に蔓延る悪人の嘘を暴け!
毒親の借金を抱え、パチンコや日雇バイトで生きる意味も無くし彷徨う青年、梶隆臣がまさしく生か死を争うギャンブルにのみ生き甲斐を感じる斑目貘に魅了され裏社会の奥深くへと誘われる。
超美麗作画で繰り広げられる緻密に計算されたゲームは49巻分もあっという間!嘘喰いを読め!!!!!

全て吐き出したのちの感想 総評
ギャンブル漫画、という人間の欲求の中でも限りなく有罪で禁忌的とされる危ない行為とそれを中心に渦を巻く闇社会に堂々と足を踏み入れる主人公斑目貘に、猜疑的な読者である私はある種ギャンブルをする心理の正当性(または、不当性)を求める側面を持っていた。なので、嘘喰いを通して徐々に暴かれる斑目貘の本性や巨悪に立ち向かう姿勢、所詮この世は暴力が蔓延りそれに支配されるほかないという絶望を抱きながら、しかし強大な暴力をもって強大な暴力を暴く、そんな信念が見えてくる部分が好きなのだ。
なので、映画嘘喰いにもこういったギャンブルとは一体なんなのか?どうして人は誘惑に魅了され、なぜ斑目貘はピアノ線一本の上を渡り歩いていくのか?という根幹的な疑問に触れるテーマ性があればよかったと思う。短く、伝わりやすくする面において超長編の全てを詰め込むことは不可能であり、全てを再現することのみが正解とは限らないが、せめて屋形越えを撮る気概があるのであれば、嘘喰いの軸となる価値観を触発するような魅せ方をしてほしかった。
映画嘘喰いの斑目貘は屋形越えにのみ焦点を置き突き進んでいく姿は、映画にするにあたって削らなければならないと理解できる部分もあるが、今ひとつ何かが足りないような感覚が全編通してあった。斑目貘とはとどまることをしらない人間の欲望の坩堝そのものであり、だれにも彼が目指す先の勝者の景色を見ることはできない。その果てしなさと大いなる謎を超えて全ての勝ちを実現して行く姿にこそ人は魅了され、いつのまにか虜になっているのであり、斑目貘を最大限描き切るのであればもっともっと際限なく鷹見へ登っていく姿勢が必要なように思える。人が演じるからこその人間味と、全てを超越する悪魔的才能をもっと融合し再構築することへの試みが見てみたかったのかもしれない。
漫画というメディアは時間支配権が読者にあり、十分な理解度に達するまで熟考するができるが、映画はそれらの大部分を一方的に提示し理解させる力が必要で、前途の感想でも述べたように、斑目貘を取り巻く人々の心理や魅せられ方に不十分さを感じた。この点においては、斑目貘を一番近くで観察し、読者と同じ立場でフラットに触れ知り合って行く梶隆臣の主観に焦点を置き、バディとして成長していく絆を中心に描いていく方向性も有りだと感じる。モノローグやナレーションといった特定の言語感覚による解説、作品を通して必要不可欠であるメッセージ性は文字や文章を通じて伝えるべきものもあり、文字と絵で構成される漫画作品を映像に起こす過程において、研究されるべきテーマであると感じる。
上記の映画と原作における相違点に関しては、この作品に限らず、映画と漫画という異なる媒体において題材をどう取り扱うか、といったメディアとしての文脈の違いが大きな要因となっており、必ずしも映画嘘喰いという作品がこのような点で欠落していたという意図ではない。むしろ、実写映像化というコンテンツとしてのねじれを経てどうやって現実世界、三次元で嘘喰いを再構築するかを研究し考察した上での今回の作品だったのだな、と思える。一本の映画として嘘喰いの魅了をピックアップし、アレンジの上で「切り抜き」をまとめたような感覚が近いのかもしれない。大衆化され多少薄味になり手軽にお求めやすくなった嘘喰いライト(版)であり、映画の後で漫画を読めばさらに嘘喰いの世界の奥深くまで潜れる、というようなジャンクなポップカルチャー化とも捉えられる。単体作品としては削ぎ落とされた場面が多く不親切な点もあるが、実写映像化の前提を踏まえれば、立場を原作に対して倒錯することもなく、むしろ芸術点においては最高の再現度を表し、世間に嘘喰いを広めるにあたってぴったりの温度感であったと言える。

芸術点★★★★★(5)
初見満足度★★★☆☆(3)
原作履修後満足度★★★★☆(4)
ストーリー再現度★★★★☆(4)
キャラクター解釈★★★★☆(4)
スリル★★★☆☆(3)
アクション★★★☆☆(3)
斑目貘(横浜流星)★★★★★★(6)
梶隆臣(佐野勇人)★★★★★★(6)
総合評価(F~S +) A-

パンフレットを読んだ後で

脚本変更の事情に世界情勢も関わっており、非常に大変な状況下での撮影だったのだなぁと改めて感じた。映画としてのテンポ感や緊張と緩和のためには、映画の蘭子のようなポップな役柄が必要だったと思えるし、総評と同じく、超緻密な計算づくしの長編漫画の序章をエンタメ映画としてプロデュースしたという点では成功し、納得と満足の中間のような安心感を得ることができた。それぞれのキャスティングや配役は本当に最高だったので、ぜひ今回では短くサマライズされてしまった各ストーリーも深く掘り下げられる次回作や短編ドラマなどどうにかして実写嘘喰いの世界の続編を見せてください〜!!よろしくお願いします!

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